※大学生大介と高校生ベクター幼馴染




「あーあ。せめてベクターが高校卒業してる歳だったらもっと遊べたのになぁ」
「そういう年齢なんだから仕方がねーだろ。さっさと帰ってレポートしてろ。ばーか」

 ファミレスから出て早々にこぼした大介の一言に、ベクターは重みのある一言を添えて返した。今までの楽しい時間を一瞬でつぶす言葉に大介は苦い顔をした。
 外はいつの間にか真っ暗で、駅の近くにある商店街は人と光でごった返している。暖かい場所にずっといた二人の体を冬の冷たい風が襲い、ぐっと体を縮こませた。

「寒いし、人うぜーし。さっさと帰ろうぜ、大介」
「ええー。久しぶりに会ったのに……」

 大介はまだ帰りたくないと渋ったが、お構いなしにさっさと駅へ向かうベクターを慌てて追いかけるしかなかった。



 隣の家の年上の男の子。それが幼いベクターにとっての大介だった。家が隣ということもあってか、ベクターと大介は一緒に遊ぶことがよくあった。しかし歳の差のせいで、大介といつでも一緒にいられるのは小学生までであった。ベクターが中学にあがる頃には大介はすでに高校生であったし、やっと高校生になったと思えば、大介はすでに大学の半分を終えていた。
 ベクターの隣の家は、すでに大介の家ではなく大介の実家となっている。大介の大学は自宅から通える距離ではなく、大学の寮で生活をしていると聞いたのはつい先ほどのことであった。
 どうして自分には教えてくれなかったのか。そう思ったが、ベクターは聞くことができなかった。縮むことのない歳の差が、大介にとっては負担だったのだろうか。鬱陶しがられていたのだろうか。優しい大介はいつも笑顔でいるが、その裏が読めず、時にはその笑顔が恐ろしく見える事もあった。
 本音を聞くことがとても怖かった。

「おばさんが、てめぇが帰って来なくって寂しいって溢してたぜ。てめぇが寮に入ってるなんて知らなかったから、俺はてっきり毎日女でもとっかえひっかえしてるのかと思ってたけどな」
「えっ!ベクターの中で僕ってそんなに腐ってると思われてたの!?酷いじゃないか!」
「ずいぶん会ってねぇんだ。これくらいあったら変わるだろ」
「酷いなぁ。僕って一途な方なんだけど。今の子とだって2年は続いてるんだよ」

 ベクターはまた同じように皮肉の言葉を言おうとしたが、口が開くだけでそこから声は出なかった。声どころか、何かを言おうということも考えられなかった。
 大介はベクターの様子に気づくことなく一人で話を続けた。相手のことを話す大介はとても楽しそうで、聞きたくなくても入ってきてしまう声にベクターはずぶずぶと心臓が飲みこまれていくような気分だった。
 ずっと会っていなかった幼馴染に会えて、表には出していないものの、ベクター自身嬉しかったはずだった。今まで知らなかった大介を知れて、嬉しいはずだった。

(嬉しい、はずなのに)

 ベクターは未だに痛む胸に爪を立てた。



 これでまた簡単には会えなくなるのか。
 ベクターは自分のことであるのに、他人事のようにぼんやりとそう思った。改札に定期券を通して自宅がある方向へ行くホームへ進もうとした時、後ろから「また機会があったら色々話そうね」という大介の明るい声が聞こえ、振り向けば大介は反対側のホームへ進もうとしていたのだった。
 一瞬目が合い、それに気づいた大介はもう一度ふり返って大きく手を振ってきた。
 こういう時は自分も手を振り返すべきなのだろうか。それともさっきのように冗談めいたことを返せばいいのだろうか。
 考えている間にもベクターの足は動きだしていた。人の流れに逆らって、ただ一心に大介の元へ走り、飛びこんだ。

「うわっ!」

 まさか抱きついてくると思っていなかった大介は少しよろけたが、しっかりとベクターを支えた。
 大介をしっかりと抱きしめるベクターの胸に、何か熱いものがじわじわとこみあげてきた。それは先ほどとは違って心地よく、さらにきつく大介を抱きしめる。

「ベクター。どうしたの」
「……」

 大介の優しい声に何も返せなかった。
 それより、間近に感じる大介を感じて、頭の中から何もかもが消える感覚がちかちかと点滅するように起きていた。それはとても心地よいものだった。
 しかしその感覚の中で、じわじわと中からこみあげてくるものを感じ、はっと我に返ったベクターは大介からすぐに体を離した。
 気まずいのか恥ずかしいのか、ベクターは自分でも分からなかったが、顔をあげることが出来ず、じっと足元を見つめた。
 どうすればいい。俺は一体、どうしたいんだ。
 自分が自分ではないような感覚に混乱していると、大介の手が俯いているベクターの顔に触れた。その途端、ベクターは弾かれたように口を開いた。

「帰る」
「えっ!?」

 それだけ言うとベクターは大介に背を向け、ホームへと走り出した。階段を駆け上がり、ちょうどホームに来た電車に飛び乗って大きく息を吐きだした。
 同時にぽろりと落ちた涙が床を濡らした。涙が出ている事に気づいた途端、糸が切れたかのように涙がぼろぼろと溢れ出ていく。拭っても拭っても涙は止まらず、ベクターの頬をするりと通って落ちていく。
 そうしてベクターはようやく気づいてしまい、笑った。自分は大介が好きだったのだと。そして、その初恋はこんなにもたやすく、悲しく終わってしまったのだと。



13/12/10
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