「やる」

 素っ気ない言葉と共に差し出された箱を前に、カイトは何も言葉が出なかった。
 遊馬から電話がかかってきたのはつい先ほどのことだった。突然理由を言われることもなく、ただ呼び出されたのだ。
 以前遊馬に連絡先を教えていたため、遊馬がカイトと連絡を取れる事はおかしい事ではなかった。だが、カイトは何もない時に遊馬から呼び出されるとは思っていなかったし、デュエルの誘いかと思えばどうやら違うようである。
 カイトは片手で突き出された箱と遊馬を交互に見た。中身は何か知らないが、カイトが遊馬から何か貰うような出来事は特になかったし、何かを貸した覚えもなかった。

「……なんだ、これは」
「クッキー」
「……ハルトの誕生日はまだ先だぞ」
「あーもう!いいから受け取れよ!」

 カイトは押し付けられた箱を両手で受け取った。
今日の遊馬はおかしい。いつもと違って口数が少なく、まともに目も合わせようとしない。何かあったのかと聞こうとしたが、遊馬はそれじゃあと言ってカイトに背を向けて駆けだしてしまった。

「あっ、おい待て遊馬!」

 その後をカイトは追った。遊馬の行動のわけが分からないのだ。突然理由を言われることもなく呼び出されたと思えば、用事はクッキーを渡すだけ。カイトは納得がいかなかった。

「なんで追っかけてくんだよ!」
「そういうお前はなぜ逃げる!」

 遊馬の元気がないようではなかった。カイトはクッキーの入った箱を落とさないように抱えて後を追う。カイトはただ、なぜ自分にこれを渡したのか聞きたいだけなのだ。

「はあっ……待てと…言っているだろう!」

 カイトはすぐ遊馬に追いつき、空いている手で遊馬の腕を掴んだ。遊馬はカイトに背を向けたまま手を振りほどこうとしたが、カイトが腕を強く握るとその抵抗をやめた。
 カイトは自分と遊馬の息が整ってから口を開いた。

「遊馬……なんだ、これは」
「……だから、クッキーだって言っただろ…」
「そうじゃない。どうしてお前はこれを俺に渡したのかと聞いているんだ」

 カイトがそう聞くと、遊馬は視線を泳がせて何も答えようとしない。口を開いたかと思えば、口をつぐんで難しい顔をしたり、小さくうめき声をあげたりの繰り返しだ。
 いつまでたってもはっきりしない遊馬に、カイトはだんだんと苛立ちを覚えてきた。遊馬は捕まえられてからもずっとカイトに背を向け、一向にカイトと目を合わせようとしない。

「今日のお前はどこかおかしいぞ。なぜさっきから目を合わせない」
「……」
「……っ!いい加減にしろ!遊馬!」

 とうとう何も言わなくなった遊馬に、カイトは耐えきれなくなった。掴んでいた遊馬の腕を強く引き、無理やり自分の方へ引き寄せた。遊馬の体はこちらへ向いたが、顔を背向けられては意味がない。箱を持っている手で遊馬の後頭部を押さえ、強制的に自分を見るように固定した。

「ばっ!カイト……!」
「なぜこれを俺に渡したかを聞いているだけだ。なぜ逃げる」
「カイト……近いって…!」
「言えば離してやる」
「お前もなんでそんなにしつこいんだよ!」

 遊馬の言葉にカイトは驚いた。というより、自分自身に驚いたのだった。言われてみればそうなのだ。カイトはただ遊馬から菓子をもらっただけであるというのに、そこに理由を求めている。遊馬を追い掛けて、捕まえてまで聞く必要がないというのに、なぜ自分は執拗にそこにこだわるのか。
 考える事に意識を持っていったカイトの隙をついて、遊馬はカイトの腕の中からするりと逃げ出した。それに気づいて遊馬に腕を伸ばしたが、その腕を見てまた驚く。
 自然と遊馬へ伸びた自分の手を見つめて混乱していると、少し遠い場所から遊馬の声がした。

「鈍いんだよ!バカイト!」
「ばっ……!」

 カイトは言い返そうと顔を上げたが、声は出なかった。もうどんどんカイトから離れていく遊馬の背中しか見えないが、その一瞬をカイトは見てしまったのだ。
 そして同時に全て気づいてしまった。遊馬がなぜこの箱を自分に渡したのか、そして自分がなぜその事にこだわっていたのか。
 どくどくと胸が鳴りだす。息苦しいほどに鳴り続ける胸を上から押さえるが、そこに集中する度に鼓動はどんどんと大きくなっていった。
 止まれ、止まれと思う度に、カイトの脳裏には、熱のこもった目で自分を見つめる遊馬の姿が離れなかった。



13/08/28
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