自分の為に泣いてくれる人がいるやつは幸せだろうな。自分のことのように泣いて、怒って、心配してくれて。
 他人の心配をするやつはなんの見返りも求めていない。ただ純粋に、相手を思う心がそうさせているのだろうか。
 俺には分からない。他人のために泣いたり、怒ったりするやつのことが。何のメリットもない。なのにどうして。

「なんで、お前は」
「心配するに決まってんだろ!シャークの馬鹿!」

 遊馬の大声がびりびりと耳の奥を震わす。痛い。それと一緒に、先ほど負った傷が痛んだ気がした。
 いつから、なぜなんて覚えていない。気付けば毎日が荒れ果てていた。
 適当なやつに喧嘩をふっかけ、顔も名前も知らないやつらを拳で殴る。身体中に怪我をつくる時もあった。
 そんなときは必ず遊馬が俺を怒鳴り、最後に泣きながら抱き締めてくる。

「……シャーク…もう止めてくれよ…」
「……遊馬」

 遊馬はどうしてこんなことをするのだろうか。
 遊馬はどうしてこんな俺を心配してくれるのだろうか。
 遊馬が何を考えているか分からない。お前が俺と違う遠い存在のように思えて、余計分からない。 遊馬が何を考えているか分からない。遊馬が遠くに感じるのに、お前の腕の中にいると凄く心地良いんだ。欲しいものが手に入った、そんな高揚感が全身を走る。

「アストラル…お前も何か言ってくれよ」

 遊馬は少し顔を上げてそう言った。しかし返事はない。そこにアストラルはいないからだ。
 そこにというより、アストラルはもういない。ずっと前に消えてしまった。
 俺がアストラルを見ることができなくなったわけではない。本当にいないのだ。
 もういないのに、遊馬はいまだに存在しないそいつに話しかける。
 どうして。急にお前の前から姿を消して、お前を一人にしたあいつがそんなに大事か。俺ならお前に触れられる、側にいてやれる、守ってやれる。
 それなのに、どうして遊馬は俺を見てくれない。どうして俺を抱き締めながら、いないあいつを探すんだ。
 どうすれば遊馬は俺を見てくれる。前のようでは駄目だ。変わらなければ、自分を変えなければ。そういえばどうして遊馬は俺を抱き締めているのだろうか。
 ふと視界に自分の手が入った。手が血で赤くなっている。自分のものではない。これは喧嘩した相手の血である。 そうだ、俺はまた知らないやつと喧嘩して、傷だらけになって遊馬と会って、そしたら遊馬は顔を真っ青にして、怒鳴って、泣きながら心配してくれたんだ。
 遊馬は俺が傷つけば俺を見てくれる。例えそれが一時的なものであっても。それがどうしてかさえ分かれば、あとは何をすれば遊馬が俺をずっと一生見てくれるか分かるだろう。

「遊馬」
「シャーク?」
「悪い、迷惑かけた」

 軽く唇にキスをすると、遊馬は顔を真っ赤にして口をもごもごしだした。視線も左に行ったり、右に行ったり落ち着かない。照れているのだろうか。可愛い。
 遊馬を俺だけのものにするにはこんな痛みに負けていられない。また明日、傷を作らなければならないのだから。



13/06/25
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