「いいねー平日の昼間は人が少なくて」
「有名人が仕事サボってデートとは良い度胸してるな」
「あ、これじゃバレるかな」
「バラしてやろうか?」
「スキャンダルになってそのまま結婚もいいね…」
「てめぇの頭はご都合主義か」
「いたっ」

 軽くどつかれた頭をわざとらしく撫でてベクターを見つめるが、そんな大介を無視してコーヒーを一口飲んだ。最初は慣れなかったこの苦みが、今では美味しいと感じる。

「ここね、僕が学生だった時に放課後よく寄ってたんだ」
「へぇ」

 突然一人語りを始めた大介に冷たい返事をした。そんな対応は日常茶飯事なので、大介は気にすることなく話を続ける。

「ここで勉強したり、友達と長話しちゃったりもしたなぁ」
「最後に来たのはいつ頃なんだ」

 ずっと一人で話し続ける大介が少し可哀想に見え、ベクターは特に気になっているわけではなかったが、そう質問した。
 するとふっと大介の顔から笑みが消えた。しかし、すぐに笑顔を作り、いつだったかなと言いながら視線をそらした。
 ベクターは大介の顔を見逃さなかった。いつも頭に花でも咲いているんじゃないかと思うくらい能天気な人だと思っていたため、普段めったに見せない暗い顔がなんだか恐ろしいものに見えたのだった。

「……悪い、いらねーもん聞いたか」
「え?何が」
「いや……お前が、ちょっと辛そうだった、つーか」

 らしくない事を言っていることに気づき、やっぱりなんでもないと話を終わらせた。人間に敵対している自分が人間のことを心配するなんて。いや、でも大介は違うというか、特別というか…。
 自分の中で葛藤をしていると、大介が少し笑いながら息をはき、コーヒーをソーサーの上に置いた。

「ちょっと恥ずかしい話だけどね。最後にここに来たのは、好きな子に告白した時なんだ」
「……へぇ」
「それで、フラレたんだ」
「お前が?」

 大介の表情から予想はしていたが、正直意外だった。昔の大介はもしかしたら今と違っていたのかもしれない。それでも、そこまで大きく変わることはないだろう。つまり、大介には少なくとも魅力があったであろうと考えられるのだ。
 その女性に見る目がなかったのか、単純に大介のアプローチが足りなかったのか。少し考えたが、楽しいことではないので考えるのをすぐやめた。

「すぐにフラレたってわけじゃないんだ。最初は良い返事を貰えたんだけど、一ヶ月もしないうちに、もう耐えられないって言われちゃって…」
「耐えられないって何が」
「周りに、だよ。自慢じゃないんだけど、その時から僕はデュエルの大会でよく活躍しててね」
「ああ、なるほどな……。お前のファンからの嫌がらせか」

 そこまで聞いてすぐに察した。醜い女の嫉妬。それに耐えられなかったということなんだろう。
 ベクターの答えに、大介は小さく頷いた。

「今でも時々思うんだ。あの時、自分のことで精一杯だったのに、どうして他人と付き合おうなんて思ったのかなって。僕がもう少し大人だったら、彼女の事を守れたんじゃないかなって」
「別にいいだろ。もう終わったことだ」
「……ああ、そうだね」

 話を無理やり終わらせると、大介はコーヒーに手をつけた。当時の傷がまだ癒えていないのか、大介の顔はいまだ陰ったままである。
 大介がいつもと違うのは調子が狂うが、自分以外のことを考えている大介を目の前にしているのはもっと調子が狂う。というより、まったく面白くない。

「お前にはもう俺がいるだろ」

 ぶっきらぼうに小さく発した言葉は、大介にも届いていた。がちゃんと大きな音が鳴り、驚いて前を見ると、大介がコーヒーカップを持ったまま口をぽかんと開けていた。先ほどの大きな音は、コーヒーカップとソーサーがぶつかった音のようだ。衝撃でコーヒーが少しテーブルに散っている。
 何か言おうと口をぱくぱくとさせるが、顔を真っ赤にしてうなだれ、額に手を当てた。

「それはズルイよ…」
「あ?何がだよ」

 それより前髪コーヒーに浸かってるぞ。と言うと、大介は慌てて顔をあげたが、それが嘘だと気づくとベクターに声をあげて笑われた。釣られて大介も笑うが、仕返しにベクターの両頬を伸ばしておいた。怒るベクターを見て笑う顔に影はなかった。



13/06/17
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