大介は零の体をぎゅっと抱きしめ、零の胸に顔を埋めて横になっていた。
 大介が珍しく零に甘えている事には理由がある。それは大介の自宅に届いた無数の手紙であった。
 それはいわゆるファンレターというものだ。問題は、それが事務所ではなく大介の自宅に届いたことである。プロデュエリストという立場上、そういった出来事が起きることは大介も理解していた。

「……大介」
「みっともないよな……大の大人が、こんな事で……」
「誰でもあんなものが送られてきたなら、怯えてしまうのが当然だと私は思うが」

 大介の頭を抱きしめながら零はそう言った。そして目だけを部屋の床へと向けた。
 その先にはいくつかの白い封筒と大量の写真。大介ばかりが映っている写真の山で、真っ白な紙に書かれたファンの声がちらちらと顔を出している。
 その中に一枚だけ、大介と零が一緒に映っている写真があった。それは他の写真と違って手が加えられていた。大介と零の間を引き裂くように黒い線が走っていたのだ。それも写真の裏に凸凹が出来るほど強く、何度も引かれているのである。そして零は真っ黒に塗りつぶされていた。その写真は、手紙を送ってきた人物から大介へ向けられた異常なベクトルを強く表している。

「零……やっぱり、僕たちは一緒にいてはいけない……。僕と一緒にいると、いつか君が傷ついてしまう……だから、」
「大介」

 大介の言葉を遮るように強く名前を呼んだ。そして大介を抱きしめていた腕を離し、頬に両手を添えてしっかりと目を合わせる。
 自分より年上の恋人の顔はひどく疲れきっており、それを見て零は眉間に皺を寄せた。

「ひどい顔をしている」
「……そうか」
「何が恐ろしいんだ?私に全て吐きだしてくれ。私では、聞くことでしかあなたの力になれない。だから……頼む」

 零がじっと大介の目を見つめていると、大介は頬に添えられた零の手を握り締めた。そして震えながら息をはき、ゆっくりと口を開き始めた。
 時間をかけて語られた大介の心の内は、全て零への危害の恐れだった。涙と嗚咽を混ぜながら辛そうに話す大介の背中を時々さすりながら、零はそれを静かに聞き、全て受け止めた。
 大介は、零に危害が加わる前に離れてしまう方が良いのではと言い出したが、それに対して零は反対した。それでは手紙を送ってきた相手の思い通りになってしまう。何より、思い合っているのに離れなければならないことの方がつらい。そう伝えると、大介は少し心配そうにしながらも零の言葉を受け止めた。

「どうしてあなたはそんなに優しいんだろうな」

 安心して眠ってしまった大介の髪を撫でながら、零は小さな声でぽつりと呟いた。乾いた涙の後を優しく指で愛おしそうに撫でる。くすぐったそうにしながらも起きない様子を見て、零はベッドを降りて写真の山へ足を向けた。
 隠し撮りをされた大介の写真。その中で異様な存在感を示している写真を拾い上げた。真っ黒に塗りつぶされた自分と、大介の間を走る黒い線が引かれた写真。それを制服のポケットにしまい込み、部屋のドアを開いて一度立ち止まった。
 ドアの隙間から見た大介はいまだに眠ったままである。それを見て、零は安心して目を細めた。

「待ってろ大介、俺がてめぇの心配事を消してやるからよぉ」

 口端を釣り上げて不気味に笑うと、零は静かに部屋のドアを閉めた。



13/04/13
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