凌牙の妹の璃緒も目が覚め、遊馬は凌牙が再び復讐のためのデュエルをしないだろうと、前のように人を傷つけるデュエルなんてしないと思っていた。

「そう思ってたのに……何かあったなら言ってくれよ!俺達仲間じゃねーか!」

 凌牙の胸倉を掴んで壁に押しつける。激しい怒りを表している遊馬とは反対に、凌牙は無情にもその遊馬の瞳をただ見つめ続けた。
 遊馬達と同じ制服を着ている男子生徒は、凌牙につけられた痛みに呻きながら、散らばった自分のカードを集めるとその場から逃げ出した。
 その様子を二人は視界の端で見たが今はそれどころではない。遊馬は視線を反らすことなく凌牙を睨みつけた。だが、その瞳が潤みはじめた。緊張が切れ、凌牙の胸倉を掴みながら凌牙に頭を預ける。

「なんで……」

 遊馬の声は震えていた。泣いているのか、鼻をすする音が凌牙の耳に届く。それでも凌牙の表情は緩むことはない。

「なんで……人を傷つけたりすんだよ……シャークは、そんなやつじゃないだろ……?」
「……お前は優しいな」

 ふと、凌牙が遊馬を抱きしめ、頭を撫でた。驚いた遊馬が顔を上げようとしたが、凌牙に強く抱きしめられてしまい、壁しか見えなくなってしまった。
 顔が見たい。あの時は頭に血が上っていた為何も感じなかったが、凌牙のあのすすけた硝子のような目。思い出すだけで悪寒が走る。
 遊馬は凌牙の顔を見たい一心で凌牙の腕から逃れようと動くが、暴れるなと言われてさらにきつく抱き締められる。

「お前は仲間思いで、良い奴で……でも知ってるか?お前のその優しさが、時には人を傷つけるんだぜ……?」
「なに……ぐっ!」

 遊馬の頭を優しく撫でていた手が今度は遊馬の細い首を締め付けた。凌牙の腕に両手をかけるがびくともしない。首を絞められたまま壁に押し付けられ、余計に首が締まる。
 酸素を求めて口を開けるが、喉が締まっているために上手く呼吸が出来ない。だんだん頭がぼんやりと虚ろになってゆき、凌牙の腕を掴む手から力がなくなってゆく。

「俺はお前の仲間と同等なんて耐えきれねぇ。俺はお前をこんなに思ってるのに、俺じゃお前の特別にはなれねぇのかよ……?」

 苦しそうに眉間にしわを寄せた凌牙の顔が遊馬に近づき、唇が重なった。遊馬が驚く前に首にかけられていた手が離され、遊馬はその場に崩れて咳き込んだ。

「はぁっ……げほっ!がっ、はぁ!」
「誰それ構わず笑顔振りまきやがって……さっきのあいつはお前のことを何にも知らないくせにお前に話かけて……」
「しゃぁ……く?」

 遊馬の声は酷く枯れていた。喉も肺も痛い。それでも凌牙の名前を呼んだ。呼ばなければ凌牙がおかしくなってしまう、そんな気がしたからだ。
 しかし遅かった。顔をあげた遊馬の目に飛び込んできたのは、獣のようなぎらついた瞳でじっと遊馬を見つめる凌牙の顔であった。

「遊馬、好きだ。お前を愛してる」

 純粋にも似た狂気が混じった瞳はまっすぐに遊馬を捕えている。その目が、抱き寄せる腕が、鼻をかすめる凌牙の匂いが、声が、全てが一線を越え、遊馬の中で元に戻らないものへと変わってしまった。
 戻ることも捨てる事もできないならば。
 遊馬の腕がそっと凌牙の背中に回された。



13/04/05
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