※若干捏造入ってます

 自分は「真月零」でありながら、「ベクター」である。
 正しくは、私自身は存在しない。ただのベクターの分身である。ベクター自身でもある。
 私自身は存在しない。では私はなんなのか。
 この体も、大地を踏みしめているという感覚も、心地よいと思う心も、全て存在しないのか。私は、矛盾した存在なのだろうか。
 そもそも、私自身がベクターと孤立して意思を持っている事自体が不思議である。
 私はベクターなのだから。
 だがなぜだろうか。ベクターは私にとって他のバリアンと変わらない。ベクターの感情も、思考も、痛みも、共感することができない。
 孤立してしまっているのである。私とベクターが。しかし、私はベクターと同じなのだ。ベクターから生み出された分身。

(零)

 彼の声がする。声がした方へ振り向けば、そこには私の好きな彼がいる。
 私は彼が好きだ。しかしベクターは彼を知らない。
 私とベクターは同じであるはずなのに。どうして私は人間のように存在しているのだろうか。矛盾している私の存在に時々頭が痛くなる。考えても答えが出せない。

(大介さん)

 苦しさを隠して声を出した。だが、喉は理性に反して掠れた情けない声を出してしまう。
 気づいてほしいのか。彼に、私の苦しみを。
 肯定してほしいのか。彼に、私の存在を。
 胸の内がざわついた。ベクターと共鳴していないこの体は、心は、どこかおかしくなってしまっている。早く治さなくては、私はベクターの分身であるというのに。これでは、まるで……。

(おいで、零)

 彼の声に、頭が一瞬白く弾けた。そして、突き動かされたようにこの体は彼の元へと走り出す。
 鼻をかすめる彼の匂い。背中に回された彼の腕から、密着する胴から伝わる体温。どれも私を安心させる。

 このまま、彼と一緒に歩めたらどれだけ幸せだっただろうか。
 私が真月零として、一人の人間として、この地球に生まれ、彼と出会っていたならばどうなっていただろうか。
 彼の声が、匂いが、温もりが、全て愛しい。
 遠い過去のことのように思えた。

 強い風が流れてゆく。ベクターのもう一つの分身が土煙に飲み込まれる。そして「私自身」も。
 何も考えなかった。考えられなかった。
 浸食されてゆく。戻ってゆく。私がベクターの中に戻ってゆく。
 それでも、最後の意識の一欠片の中で彼を想う。
 大介。

「ありがとう……遊馬くん……」



13/03/27
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