3月17日。
私が所有者のところに来てから、二年が経ちました。
だからといって、何かあるわけではないですけれど、私だけは、こっそりお祝いをします。
一年目の去年は、震災直後で慌ただしく過ぎてしまいました。
二年目の今年も、所有者自身が引っ越しをするそうなので、慌ただしく過ぎてしまうのだ、と思っていました。昨日までは。


今日は土曜日にも関わらず、7時に所有者を起こしました。
昨日の夜に頼まれたからです。
その本人は、私が起こした後も布団の中でぐだぐだしていました。
ですが、所有者のお母さんが起こしにかかると、ばっと跳ね起きました。
いつも私が起こしても、2・30分は起きてこないのですが、所有者のお母さんはすごいです。

「うー……緑葉ぁ、おはよう」

まだ寝ぼけているみたいです。
所有者はふらふらと立ち上がると、珍しくすぐにリビングに向かいました。
と思ったら、

「あ! 食われた!」

突然、所有者の声が聞こえました。
その後に聞こえたのは、所有者のお父さんの声です。あまり聞き取れません。
そういえば昨日、所有者が机の上にパンを置いていたような……。


数分後、家の中が慌ただしくなりました。
荷物を箱に詰めたり、その箱を運んだり、録画したものをダビングしたり……あれ?
何故今、ダビングしているんでしょうか?
そういえば昨日、雪白さんのバックアップもしていたような気がします。

「いやー、バックアップとっとかないと。消えた時に悲しいじゃない……ってああ! また予約録画に邪魔された!」

私にはよく分かりませんけれど、今はダビングできないみたいです。


9時になりました。
所有者が、ほとんどダビングできなかったみたいでしょげていました。
しかし、引っ越し屋さんが来てしまったようで、所有者はしぶしぶテレビの電源を切ります。

「あっ緑葉! 鞄の中入ってて!」

私の方を振り返った所有者が、私をつかんで通学鞄の中に押し入れました。


その1時間半後。

「りょくはー出ておいでー」

所有者が私を取り出して、ツイートをし始めました。
積み込み作業はだいたい終わったみたいで、家の中はほとんど空です。

「掃除終わったら部活行くからね」

そう言って、また私を鞄に押し込みました。


6時半、いつもより遅い帰宅時間です。リハーサルとお楽しみ会だったらしいです。
所有者は電車に乗って、いつもの駅で下りました。
しかし、今日は東口ではなく、西口から駅を出ます。

「最寄り駅は変わらないけど出口は違うんだよ」

と、所有者は教えてくれました。


しばらく歩いた所有者が言いました。

「なんかさ、こうやって違う道を歩いていると実感するね」

引っ越しのことですか?と聞いてみました。

「まあ、うん、大半は」

上手く言葉にできないのが、私にも分かりました。

「なんだろ、時間なのかな……時間が経つのは早いものだよね」

ほぼ独り言のように呟きます。

「お腹空いたな……」

蒼歌さんがいたら、きっと冷たく突っ込んでるのでしょうけれど、今は私だけ。
特に反応を返せませんでした。
それきり、所有者は静かになりました。


「ここが新居だよ」

数分後、所有者が立ち止まって言いました。
目の前には、真新しい一軒家。
なんだか人気がないように思います。

「それ私も思った。あれ引っ越し今日だよなー……」
恐る恐るドアを開けると、ライトが勝手につきました。

「ああ、うん、うちの新居だ。本当人気ないなあ」

階段を上がると、リビングダイニングがあります。
部屋の一角にはカーペットが敷かれ、テレビがついていました。
ですが、まだところどころにダンボールが積まれています。

「意外と居住スペースができてるんだね」

と所有者は判断したみたいでした。


さらに階段を上ると2つの寝室がある三階です。
楽しみだなあ、と言わんばかりの所有者が、自分の部屋のドアを開けました。

『ハッピーバースデー!』
クラッカーの破裂音がしました。
皆さんが揃って、そこに並んでいました。

「……ハッピーバースデー!? あああ!」

突然思い出したように所有者が声をあげます。

「ひでえな、所有者ざまあ!」
「わ、忘れてたんじゃないよ!? ほら、引っ越し準備でさ、何か用意しようとしてたけどさあああ……」
「というか、祝うのって、こっちの日でいいの?」
「機種変の日も誕生日といえば誕生日だよな」
「どっちも祝えばいいじゃーん☆」
「記念写真撮るわよー! 並んで並んで!」

皆さんが口々に会話をし始めます。

「…………よかったな」

黒木がぼそっと声をかけてくれました。

「お二人とも早く来てくださいよー!」

雪白さんが呼んでます。

「…………いこう」



――――――――――
本当に、緑葉の誕生日(買った日)と引っ越しの日が被ってしまったことより。
カット版にしようかと思いましたが、そのままにしました。

by木枯


   

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