辻ちゃんバカップルシリーズのこれと繋がってます。辻くんに彼女がいますので注意。





(12月24日 pm17:00)

【23日23:30ロサンゼルス発 ×××航空636便 25日6:25着】

スマートフォンの画面に羅列した文字を何度も何度も確認してから、犬飼澄晴は破顔した。朝は寒いだろう、此方はあっちほど暖かくは無いだろうからとカイロやブランケットをお気に入りのノースフェイスのリュックに詰めていく。必要なものを全て詰め込んだところで、犬飼は「あっ」と声を上げた。それからすぐに、あまり使っていない学習机の引き出しに眠る煌びやかに装飾された細長い箱を大事そうに持ち運びながら、それも丁寧にリュックに詰める。彼女が似合うと言ってくれた鮮やかなコバルトブルーのリュック。それを背負って家を出る犬飼の足取りはとても軽かった。―やっと、この時が来たのだ。と確かな喜びを噛み締めるように一歩一歩踏み出す。


(12月25日 am5:30)

「モールモッド四体、討伐完了を確認。」

朝日が昇るには、まだ早い。真冬特有の澄んだ冷気が瓦礫の埋まるこの街に漂っていた。オペレーター氷見亜季の透き通った声が耳に響く。それは防衛任務の終了を告げる言葉でもあった。

「あー終わったー!」

一番に声を上げたのは犬飼澄晴。トリオン体だから疲労感を感じる事は無いだろうが、思わずそんな言葉が飛び出すのは久々の夜勤だからだろう。昨日は終業式であり、今日から待ちに待った冬休みだ。そして、犬飼や辻にとっては大切な日でもあった。

「ひゃみさんがクリスマスケーキ用意してるみたいですよ」

本部への帰路を共にする辻がボソリ、と犬飼に向けて呟く。今日は何といったってクリスマス。本来ならば、昨日のイブにケーキを食べていただろうが二宮隊は昨夜から今の今まで防衛任務であったのだ。生クリームたっぷりの甘いケーキを朝から食べるのは重い気がするが、長い任務明けの青年たちが食べれない筈がなかった。

「あー……俺パスで!」

イベント行事が大好きな犬飼は喜んで申し出を受けるだろう、と安直に考えていた辻はこの言葉に驚いた。「辻ちゃんたち、甘い物好きじゃん。俺の分、桂木ちゃんにあげていーよ。」そう言ってニッコリと笑う犬飼の足取りがとても軽やかなもので、辻は訝しげにそれを見つめる。これは一応だが先輩という位置に該当する犬飼であるので口には出さないが、いつも厭らしく瞳を三日月形に描いて胡散臭い笑みを貼り付けたまま何かを企んでいるようなそんな表情を浮かべている。後輩である辻は犬飼をそう認識していた。それなのに。
今日の犬飼はどうだ。爽やかな清々しい笑顔で、まるで散歩が嬉しい飼い犬のように本部へ向かう犬飼は物珍しい。

「何かあるんですか?」

「んー……まーね。」

辻が呼び掛ければ既に先を歩いていた犬飼がくるりと振り返り、見た事も無いような嬉しそうな笑顔を向けてくる。そんな様子にすぐ後ろを歩いていた二宮も微かに眉を顰めた。誰もが、今日の犬飼の異変を感じ取っている様子だ。その異変の理由が知りたくて、辻は唾を呑み込む。何処へ行くのかと問いただそうとしたが、それは犬飼の「てか、辻ちゃん。自分の心配しなくていーの?桂木ちゃんにプレゼント渡しにいくんでしょ?」という言葉に遮られ聞けずじまいになってしまった。

「俺は本部長に提出する書類があるから、お前たちは先に戻っていい。作戦室に戻り次第、各自解散で構わん。」

威圧感ある二宮の言葉に、犬飼と辻は揃って「了解です」と答えた。まだ早朝という事もあり、本部の廊下は閑散としている。書類を提出しに向かった二宮の背中を見送ってから、残った二人も再び歩き始めた。任務が終わってからというものの、ソワソワと何処か落ち着きのない様子の辻。きっと頭の中はあの子の事でいっぱいなんだろう。顔を真っ赤にさせて困惑するそこそこガタイの良い男が、か細い女の子に翻弄される様を容易に想像出来た犬飼はほくそ笑んだ。そして今日の、しかも今というこの時が互いに特別な時間である事を犬飼は悟る。

「ああ、丁度良かったです。鞠香ちゃんの分のケーキが無いって焦っていた所なので。」

作戦室に戻り、机上のパソコン画面を睨んでいたオペレーターと一言二言交わした後にそんな言葉を掛けられた犬飼は「ちょっと、ひゃみちゃんー。なんか全然残念そうじゃないね?」とへらへら笑いながら換装体を解く。黒服を纏った大人びた姿から、いつもの私服である厚手のパーカーにスキニーパンツへと年相応に戻った犬飼は、どかりとソファーに座り込んでリュックの中からマフラーを取り出す為チャックを開き始めた。

「犬飼先輩は、残念そうにして欲しいなんて思っていないでしょう?」

氷見はデスクから立ち上がって犬飼の元へと歩み寄り、リュックの中から飛び出すあの豪奢なラッピングの箱をつんつんと軽く突きながらボヤいた。年頃の女子なら誰もが見覚えのあるだろうそのブランド特有のブルーカラー。そのブルーカラーを目敏く見つけた氷見は、小さく溜息を吐く。犬飼は「あ、バレちゃった?」と軽く舌を出した。女子である氷見は、犬飼がその箱を手渡す相手についてぼんやりと興味を湧かせながらも備え付けの冷蔵庫からブッシュドノエルを取り出す。そういった事柄に疎い辻だけが何が何だか分からずに、小首を傾げていた。

「辻くん。二宮さんが帰って来る前に、鞠香ちゃん呼んで来てよ。仮眠室で寝てるんでしょう?」

「……!!……ああ、うん。」

急かす氷見に何とも歯切れの悪い返事をした辻は、ゴソゴソと自身の鞄から可愛らしいテディベアの付いたそれを取り出す。マフラーを見つけたらしい犬飼は「頑張れ〜辻ちゃん」なんて軽々しい言葉を投げかけながら、ダウンジャケットとリュックを身に付けて作戦室を後にしようとした。去り行く先輩の背中に、辻は慌てて「待ってください……!俺も出ます!」とガタイの良い男子高校生には似合わないテディベアのそれを握り締める。「じゃ、ひゃみちゃん。メリクリ〜」ヒラヒラと手を振って作戦室から出て行く犬飼に続いて辻も出て行った。


(12月25日 am5:45)

「あ、犬飼くんだ」

本部の廊下を歩いて、ラウンジを通り過ぎようとした時に不意に呼び止められ犬飼は立ち止まる。声を掛けた本人は犬飼が気付いて此方に視線を移した際に、大きく手を振った。犬飼の後ろを歩いていた辻は、その相手が女子という事に気付いて慌てて犬飼の背に隠れるような動きを見せる。

「あっれー荒船隊じゃん。あ、荒船隊も夜勤明けだっけ?」

手を振り返した犬飼はラウンジに設置された椅子に腰掛けた四人を繁々と見つめた。今日という日が楽しみでたまらないといった様子の加賀美と眠そうに目を擦る半崎が対称的である。

「クリスマスキャロルを観るんだ、今から荒船隊の作戦室で。観るか?犬飼も。」

真顔ながらも楽しみにしているのが伝わる穂刈は、DVDのパッケージを犬飼に見せながら相変わらずの変わった口調であった。犬飼は「へえ、楽しそうだねえ〜」と弧を描いたように瞳でまじまじとDVDを見る。加賀美は今にも鼻歌を歌いだしそうな程に上機嫌で「この日の為にチキンとシャンメリーも用意してるの!」と声を上げた。それに対して犬飼がまた言葉を返そうとした時、今までだんまりだった荒船が口を開く。

「おい犬飼。お前、こんな事してていいのか?」

「……あれ?俺が急いでるのバレちゃった〜?」

荒船の言葉に頭上にはてなマークを浮かべるのは何も荒船隊のメンバーだけじゃなかった。隠れ切れない身を縮めて隠れたつもりでいた辻も、ポカンとした表情で犬飼の背を見つめる。「さっさと行けよ犬飼。」「わー荒船、口わるっ!」荒船のシッシッと追い払うような態度に、犬飼はケタケタと笑い声を上げた。

「悪かったな、呼び止めて」
「用事あったんだね。いってらっしゃーい!」

荒船たちのやり取りに穂刈と加賀美が慌てて声を掛ける。犬飼はリュックを背負い直してから「全然気にしてないから〜!みんな、メリクリ〜」と手を振ってその場を去ろうとした。犬飼が動いた事によって、女子(ここでは加賀美)から己を守る壁を失った辻は酷く狼狽えたような声を出して、恨めしそうに犬飼を見つめる。そんな辻の様子に犬飼は溜息を吐いた。

「辻ちゃんは早く桂木ちゃんのとこに行くこと!じゃあねー。」

ピシッと言い切った犬飼はスキップをしながら、本部の出口の方向へと消えていった。消えていくその背中を死んだような顔で見つめ続けた辻だったが、先程の荒船と犬飼の会話を思い出した辻は近くに女子がいる事も忘れて荒船に声を掛ける。

「荒船先輩。あの、……犬飼先輩がどこに行くか知ってるんですか……?」

先程まで全く口を開いていなかった後輩の声に、少しだけ目を丸くした荒船は「ああ、辻は知らないのか。」と呟いてジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し始めた。荒船の行動に興味深々な穂刈と加賀美は、荒船のスマートフォン画面を覗き込む。相変わらず眠そうにしている半崎は興味無さそうだ。

「犬飼の幼馴染み。俺はただの同級生同士ってとこだ。」

荒船はそう呟きながら、辻にも見えるようにスマートフォンの画面を傾ける。次の瞬間、辻の目に飛び込んできたのは一つのメールだった。

【差出人:みょうじなまえ】
【件名:帰国します】
23日23:30ロサンゼルス発 ×××航空636便 25日6:25着

この便に乗ります。澄晴くんが迎えに来てくれるみたい。お正月過ぎまではこっちにいるから、荒船くんも遊べたら遊ぼうね。


(12月25日 am7:00)

クリスマスの朝は、清々しい程に雲一つ無い快晴だった。換装体を解いた今感じる寒々しい空気に、犬飼はカイロを持ってきて良かったと安堵する。良いタイミングのバスが無いことを知っていたから、此処まではタクシーで来た。まだ朝という事もあり、空港は思ったより人が少ない。空港の展望フロアから見える着陸や離陸をしていく大型旅客機に犬飼は心を躍らせた。きっと彼女は今頃、入国審査を受けているであろう。一頻り旅客機を眺めたところで、犬飼は彼女が出てくるであろうゲートの前へと足を進めた。

きっと大荷物のはずだ、リュックで来て良かった。そう感じたのは、彼女が自身の身よりも大きく感じるキャリーバッグをゴロゴロと転がしながらゲートから出てきたからである。スカイプで頻繁に連絡を取っていたが、生身の彼女に会うのは実に半年振りであり、会うたびに見目麗しく少女から大人の女へと変化していく彼女に胸がグッと握り潰されるような感覚を起こした。

「なまえ」

今にもこの腕で抱き締めて可愛いその唇に口付けをしてしまいたい。犬飼はそんな邪な気持ちをなんとか抑えて、愛おしそうに名前を呼ぶ。なまえと呼ばれた女は、ゲートの前に立つ犬飼の姿を見つけた瞬間に顔を綻ばせた。

「澄晴くん……!!」

彼女―なまえの口から溢れた自身の名前に、だらしなく頬が緩む。夢じゃない。目の前になまえがいる。その事実だけで犬飼は幸せだった。明らかに上手く扱えていない大きなキャリーバッグを危なっかしく運ぶなまえは、早く犬飼の元へ向かおうと必死な様子だ。そんななまえの行動に再び心臓を掴まれたようなそんな感覚を起こした犬飼は、にやけながら彼女の元へ足を運ぶ。やっとのことで目の前にやって来たなまえは「澄晴くん!」ともう一度犬飼の名前を呼んだと思えば、人目も憚らずにその体にぎゅっと抱き着いた。こんな事が起こるなんて思ってもみなかった犬飼は目を丸くする。

「……あのー。なまえさーん?」

自身のダウンジャケットに顔を埋めるなまえの表情を犬飼は確認する事が出来ない。可愛い可愛い彼女の行動に戸惑いながらも、小さな背中に腕を回せば「……ごめんねえ、いきなり……、ずっと会いたかったから」とくぐもったなまえの声が腕の中から聞こえてくる。会って早々爆弾を落とされたような気分の犬飼は、この忙しなく動く鼓動を彼女になるべく悟られぬようにと、深呼吸をした。

「なまえ、顔上げて」

自身の腕の中にすっぽりと埋まってしまうなまえが愛おしくて堪らない。暫くしておずおずと顔を上げたなまえの頬は赤く染まっていて、涙目上目遣いというフルコンボにとうとう犬飼は我慢出来ずに額にキスを落とした。

「あんまり可愛いことしないでよ?止まらなくなるじゃん。」

「……止まらなくてもいいよ。澄晴くんの好きにして。」

彼女の体はこんなにも冷たいのに、真っ赤な頬に触れれば其処は灼熱を放っていた。理性の歯止めが効かなくなりそうな、そんななまえの言葉に犬飼は盛大に溜息を吐く。こんな事、彼女は自分にしか言わないという事を理解しているのに時折彼女の貞操観念の薄さに呆れてしまう。

彼女の可愛さにただただ悶えていた犬飼であったが、段々と人目が気になり始めて回していた腕を離した。それはなまえも同じなようで。今度は羞恥に耳まで赤くするなまえの頭を犬飼は優しく撫でた。

「おかえり、なまえ」

幼馴染みであったなまえが、両親の仕事の都合で渡米して二年。こうして盆と正月にだけ犬飼に会うため帰国するなまえであったが、これも今回が最後であった。

「ただいま、澄晴くん……ふふっでも今日はクリスマスだよ?」

柔和な笑顔を浮かべたなまえは、飛行機に乗っていたから私にクリスマスイヴなんてなかったのと嘆いてみせる。それを聞いていた犬飼自身も防衛任務でクリスマスらしいクリスマスをまだ何も体感していなかった。だからであろうか。なまえと過ごすクリスマスがとても特別な何かのように感じる。

「それもそうだ。……メリークリスマス、なまえ」

「メリークリスマス、澄晴くん!」

互いに頬を寄せながら口にした挨拶。何もかもが二人にとって特別だった。―なまえは正月が終わればまた戻ってしまう。しかし、今年は高校を卒業する年だ。卒業したなまえは日本へと帰国して犬飼と共に三門に住む予定であるのだ。もう少し、もう少し我慢すればこんな想いはしなくて済む。

犬飼は案の定、寒そうに手を揉むなまえの姿を見て自身の準備は完璧だと思った。なまえが以前に自身の部屋に置いていったもこもこした素材のブランケットとカイロを手渡す。思ってもみなかったのだろう。少しだけ驚いた顔をしながらも受け取ったなまえが「澄晴くんは優しいね」と犬飼が大好きな笑顔を向ける。この笑顔を見れる日々が来年からは続くのだと思うと、胸が熱くなった。なまえの手から大きなキャリーバッグを奪い取った犬飼がタクシー乗り場まで向かう。それをどこか他人事のように見ていたなまえが遅れてその後ろについて行った。

「荷物をウチに置いたら朝ごはんだね。なまえは何が食べたい?」

「うーん……澄晴くんと食べるならなんでも!」
「……あー!もう、無理。そんな可愛いことばっか言わないで」

他愛の無い会話を続けながら空港を出れば、相変わらず快晴の空が二人を迎えた。腕時計を見れば、まだ短針は八の字を指す手前だ。

「LAって卒業は五月とかだっけ?」
「うん、そうだよ。三門に戻るのは六月かなあ。」

「じゃあそれまでにオシャレなスーツ用意しとかないと。あ、なまえの家の近くのでっかいモールに一緒に行こう?俺がドレス選んであげる。」
「ん……?どういう事?」
「え、プロムの事に決まってんじゃん。なまえの卒業式、絶対行くし。俺以外の男がなまえをエスコートとか無理だから。」

まだまだ先の事に想いを馳せながら、タクシーの順番待ちをする二人の会話は続く。犬飼の独占欲に塗れた言葉にいっぱいいっぱいになるなまえはぎゅっと犬飼の袖を握った。そんな彼女に胸をときめかせながら、犬飼は本日のデートプランを考え続ける。
人気のパンケーキ屋さんは午前中に並べば、そんなにストレスなく入れるだろう。生クリームや甘いものが好きななまえはどんな顔をするだろう。三門駅前のイルミネーションが一望出来る良い場所もチェック済みだ。プレゼントはこの時に渡そう。彼女を喜ばせるプランを挙げればキリがない。全部こなせるだろうか、と頭に不安が過るが空港を照らす太陽と青空が眩しくて目を細めた。うん、きっと大丈夫だ。

「澄晴くん、タクシー来たよ。」
「……ああ。すみません、三門市まで。」

自身の手を引く目の前の彼女が太陽と同じくらい眩しい。時計を再確認すれば、やっと八の字を指す短針。大丈夫、まだクリスマスは始まったばかりだ。




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