17回目の特別な朝は別段いつもと変わらずに、母親の「ごはん出来たわよー!」の声で目が覚めた。むくり、と起き上がり窓の外を見れば冷たい風に木々があおられている。…あー、寒そう。学校行くのやだなぁ。モソモソと布団の上で、温もりの無い制服へと腕を通す。


「なまえー!誕生日おめでとー!」

寒い、寒い。心の中で延々と呟きながら、校門を潜り抜けて足早に教室へと向かう。少しだけ息を切らせながら足を動かしていると、吐息が白く染まっているのに気付いてウンザリした。やっとの思いで自身の教室に辿り着き、ガラリと扉を開ければ教室に広がる温風が肌を撫でる。暖かさを感じると同時に、耳に飛び込んで来たのは友人の祝福の言葉。―ここで私は初めて今日が自身にとっての特別な日である事を自覚した。

「わ…!びっくりした…ありがと、…」

ドサッとカバンを机に置いて返事をする。まさかこんなに早く祝われるとは思わなかったので、何とも締まりのない顔で友人を見つめた私。何故か得意げな顔した友人はガサゴソと自分のカバンから何かを取り出し、私に手渡した。どうやらプレゼントのようで、可愛らしい包装と装飾が目の前を踊る。

「もー!!なまえ!もっと嬉しそうにしてよー!」

「えっ…すっごく嬉しいよ?ありがとね…!」

煌びやかな包装をじっと眺めていると、不満げな友人の声が降ってくる。慌てて言葉を返すが、「本当にー?」なんて疑い深い目で見られて思わず苦笑した。実に友人は鋭い。空想癖だったり、うわの空でいる事のある私をよく知っているのかこんな言葉を投げかけられるのは初めてではなかった。

「…どーせ、アイツの事でも考えてたんでしょ?」

「…!!ち、ちがうよ…!」

ふて腐れたようなそんな顔で私を見る友人の口角がニヤリと企んだように上がるものだから、慌てて弁解する。友人がアイツと呼んだ人物…―考える事が多いのは確かだ、が。今は断じて考えていなかった。本当に本当だ。

「ねえ?もう告白しちゃったらー?いけるよいける、なまえならいける。」

「ちょっと、待って。なに適当に言ってんの!」

ニヤニヤ胡散臭い笑顔を貼り付けた友人が私の肩をポンポンと叩いてくるので、反論と共にその腕を払う。友人は事あるごとにこうして私をからかっては楽しんでいるが、私としては全然楽しくない。教室の中でも目立つ方ではない私が、あんなに人気者でよく友人たちに囲まれているような人間とお近づきになるのは無謀な事なのだ。

「おーい!米屋ー!」

「は…?!ちょっと、バカ…?!」

クラスの中心人物である米屋くん。そんな人とお近づきするなんて無謀なのに。この友人はどうしても私と米屋くんとの間を取り持ちたいらしい。…そんなの、無理にきまってるのに。

「あー?何だよー?」

緊張して目さえ合わせられない事、この子は知ってるはずなのに。バカバカ、米屋くん来ちゃったじゃない!?と心の中で慌てふためきながら隣にいる友人を恨めしげに見た。傍に米屋くんを感じる。聞こえる声がいつもよりずっと大きくて、初めてこんなに近くにいる事に気付いた。

「あ、米屋ー!この子ね、今日誕生日なんだよー!」

「…!?ちょっと…!!」

呼び止めたと思いきや、友人はあり得ない問題発言を米屋くんにかまし私は完全にパニックになった。どうしよう、どうしよう。ていうか、いきなり良く知らないクラスメートの誕生日なんて言われても困るだけでしょ?!一体この子は何を考えてるんだ。

「おっ!マジで?みょうじさんおめでとー!」

パニックになってる私に向かって米屋くんはニカッと笑って。聞き間違えじゃないのか、ってくらい私に都合の良い言葉が耳に響く。…う、嘘…。米屋、くんが、私の名前…しかも、おめでとうって言われた?!

「…へっ…わ…あっ…!あああ、あ、ありがと…っ!」

何か返さなきゃと振り絞った言葉は何とも情けなく、自身の性格が嫌になる。「ちょ、動揺しすぎだろ」とケラケラ笑う米屋くんが私を見てる。―夢、じゃないんだ。目を擦っても、瞬きをしても、目の前には確かに米屋くんがいた。

「みょうじ、」

「な、なに…?!…うわっ?!!」

笑顔を浮かべていた米屋くんの表情が真剣なものへと変わる。私の名前を呼んだ米屋くんの視線が、イヤってほど体に突き刺さった。なんだか只事ではない何かが起こっているようで。一瞬なんだろうけど、この時間が永遠のように感じる。私が米屋くんから視線を外せないでいると、彼が学ランのポケットから何かを取り出して私の冷えた頬っぺたにくっ付けた。途端に頬に熱を感じて何とも間抜けな声が飛び出る。何が起こったのかさっぱり分からず目を見開けば、さっきまで真剣な顔をしてた米屋くんがイタズラの成功した子供のように無邪気に笑っていて。頬に感じた熱と、魅力的な彼の仕草に冷えたいた体温が上昇していく。

「わりいわりい!」

米屋くんが顔の前で手を合わせて軽く頭を下げた後に、今度はそれをきちんと私の手のひらに乗せてくれた。温かいその正体はホットココアの缶。手のひらに乗せる瞬間、米屋くんの大きな男の子の手が私の悴んだ手に触れる。たったそれだけなのに、心臓が跳ね上がった。

「はい、誕生日プレゼント」

私の大好きな笑顔を浮かべた米屋くんが、熱を帯びた缶を指差してそう言う。良かったねーなんて暢気に言ってる友人の言葉が右から左に通り抜けてゆくくらいに、私は動揺していた。あの、米屋くんが。クラスでも活発で中心人物、あのボーダーにも入ってるらしい米屋くんが私にくれたもの。私は神々しいものを見つめるかのように、まじまじとホットココアに視線を落とした。手が、震える。

「んじゃっ!みょうじ、オレ席に戻るわ」

なんで?どうして米屋くんが?

頭の中に浮かぶ疑問符は募るばかりなのに、手をヒラヒラ横に動かし席に戻ろうとする米屋くんがパンク寸前の私の頭をぐしゃりと雑に撫でるものだから、一向に疑問は解決することは無かった。―あれだけ寒かった筈の体は一気に熱を持ち始めるし、特別な日と感じる事のなかった17回目のこの日が輝いて見える。これもそれも、後ろ姿さえもカッコいい彼の所為だ。



*ミルさんへ


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