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すきときらいとうそほんと

『あなたのことが好きだったので』

二宮のあの一言のせいで一睡もできないまま朝を迎えた。顔を洗うときに鏡で見た自分の顔は想像以上に酷くて、誤魔化すために普段は適当な化粧を必死に頑張った。だけどやっぱり他人から見ても今日の私は酷い顔をしていたらしい。開発室に向かう廊下でばったり会った東さんは私の顔を見るなり心配そうに眉を顰めた。

「天野?どうしたんだその顔。昨日二宮とそんなに飲んだのか?」
「いえ、二日酔いではなく単なる寝不足で…」

上手く働かない頭でそう答えたあと、ん?と首を傾げる。
東さんは今何と言っただろう。聞き間違いでなければ二宮と言わなかっただろうか。

「……二宮、って」
「おまえがあんな時間に一人でどこかに行こうとしていたから、せめて目的地まで送ってやろうと思って追い掛けたんだ。そうしたらほら、二宮と一緒にいたから」

言い訳の余地がない。顔を引き攣らせた私とは対照的に、東さんはニコニコと嬉しそうに笑った。

「いやあ、まさかおまえたちが一緒に酒を飲む日が来るなんてなあ。さすがのおまえも二宮の誕生日は無下にはできなかったか」
「…たんじょう、び?」
「うん?」
「昨日って二宮の誕生日だったんですか?」
「…ますます驚いた。誕生日だと知らなかったのに二宮と飲みに行ったのか?」

東さんが目を丸くしてそう言った。私はもう何と言ったらいいのか分からなくて、頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。

「ああ、だから……」

自分の誕生日だったから、二宮はこの日だけは飲み会に行かないでほしい、と言い続けていたのだ。日付が変わる前に一杯だけ付き合ってほしいと言っていたのは、お酒が解禁される20歳の誕生日に、私とお酒が飲みたかったから?

『ねえ、知ってた?私があんたのことずっと嫌いだったって』

……罪悪感で押し潰されそうだ。誕生日だというのに二宮の誘いを無視して、雨の中長時間待たせて、挙げ句の果てにあんな暴言まで吐いて。二宮は私に断られるたびに何を思っただろう。どんな気持ちで私を待っていたのだろう。
嫌いだと言われたとき、あいつはどんな気持ちになって、何を思って私のことを、好きだと言ったのだろう。

「天野?どうした、二宮と何かあったのか?」
「……どうしよう東さん。私昨日、二宮に嫌いだって言っちゃいました」

頭上で東さんが、うわあ、と声を漏らした。至極真っ当な反応である。私は頭を抱えたまま、膝に顔を埋めた。

「それなのにあいつ笑って、私のこと…」
「好きって?」
「っ、」
「なるほど。さっき寝不足だって言ったのは、二宮に告白されて色々と思うところがあったからか」

息を飲んで東さんを見上げると、東さんは相変わらず笑顔を浮かべたまま、私と視線を合わせるように廊下に膝をついた。

「だけどどうしてそこまで悩む必要があるんだ?おまえは二宮のことが嫌いなんだろう?その場ですっぱり振ってやればよかったじゃないか」
「そ、れは」

それはそう、だけど。でも突拍子が無さすぎてその場で何も言えなかったし。あいつ自身も何事もなかったかのように家まで送ってくれたし。
嫌いだと言われた直後に告白する意味とか、嫌われているのを知っていて好きで居続けるなんて頭可笑しいんじゃないかとか。あんなSっ気がありそうな顔して実はMだったのかとか。いろいろ考えていたらいつのまにか朝になっていて、それで、

「その場で二宮を振らなかったのは、おまえにも何か思うところがあったからじゃないのか?」
「…思うところなんて、何も…。ただ突然過ぎて、咄嗟に言葉が出てこなかっただけで」
「本当に?」

東さんは聞き分けのない子供に言い聞かせるように、私としっかり目を合わせて、そう言った。

「天野はいつも言い訳ばかりだな」
「……っ、」
「自分と向き合わないのはおまえの悪い癖だ。今回の二宮とのことも、おまえが射手をやめたときも」

視界が歪んで、東さんの顔が見えなくなる。
喉から引き攣ったような声が漏れて、耳の奥で酷い耳鳴りがした。

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