二十万打 | ナノ
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▼さよならをとじこめて

四年半前の近界民侵攻の後、家族と共に県外に引っ越していった名前が三門市にある祖父母の家に遊びに来ているらしい。俺が防衛任務に行っている間に両親と共に挨拶に来たという名前は大層大人っぽくなっていたそうで、母さんから「蒼也も会って来なさいよ」としつこく言われた。何も知らないとは言え実に能天気なことを言ってくれる。今さら、どんな顔をして名前に会いに行けと言うのだ。


***


それはまだ、俺たちの世界にボーダーも近界民も存在していなかった頃のこと。中学に上がった頃から距離が出来ていた名前が珍しく俺のクラスまでやって来ると、なぜか緊張したような面持ちでこう尋ねた。

「ねえ蒼也くん、今度の日曜日って暇?」

まるでデートにでも誘うようなセリフにクラスメイトたちが一斉に好奇の目を向けてくる。何だかむず痒いような感覚を抱きながらも、名前と出掛けることに抵抗はなかったから俺は素直に「空いてるが」と返した。

「よかった。じゃあ大学近くのコンビニ前に10時集合でもいい?」
「…何でお前と出掛けるのにわざわざ集合場所を指定するんだ」

俺と名前の家は徒歩3分くらいの距離に位置していた。俺が名前の家に迎えに行けば済む話なのに、どうしてわざわざ集合場所を指定されなければならないのか。怪訝に思ってそう尋ねれば、名前はなぜか困ったような顔で肩を竦めた。

「えーっと…まあ、一緒に出掛けるのが私だけじゃないから?」
「は?」
「私の他に女子と男子が2人ずついるんだけど、それだとバランス的に男子が1人足りないから蒼也くんを誘って来てって頼まれて」

人数が足りないなんて建前だ。俺を誘って来いと名前に言ったやつが俺に好意を持っていて、だが仲良くもないのに二人きりで会うのは可笑しいから、男女三人ずつ揃えて遊びに行こうと計画を立てたのだろう。そんなことが分からないほど、俺は察しが悪くはなかった。

「……ふざけるな」

言葉では言い表せないほど腹が立った。
名前が学校で話しかけてきたのは久しぶりだったから、柄にもなく嬉しいと思った。だってこいつは廊下で俺とすれ違っても無視することが多いのに、どうしても用事があるときは「風間くん」と他人行儀で呼ぶのに。今日に限って「蒼也くん」と呼ばれ、日曜日は暇かと尋ねられれば誰だって名前と出掛けるのだと思うだろう。相手が名前だから出掛けてもいいと思った、のに。
何だか裏切られたような気分だった。

「知らないやつらとなんて出掛けられるか。俺は行かないからな」
「し、知らない人ばっかりじゃないよ…!去年蒼也くんと同じクラスだった子だっているし、それに蒼也くんと仲良くなりたいって子もいて」
「だがそいつは自分では誘いに来ずにお前に頼んだんだろう?その時点でたかが知れている」
「そ…っ、そんな言い方しなくてもいいじゃん!相手の子の気持ちも考えてよ!」
「じゃあお前」

じゃあお前、俺の気持ちは考えたか?
冷たく言い放つと名前は目を見開いて、そしてくしゃりと顔を歪めて「最低」と呟いて教室から出て行った。最低なのはどっちだと、舌打ちを零して頬杖をつく。

そしてやってきた、日曜日。
突然空に大きな黒い塊がいくつも現れ、三門市は化け物で覆い尽くされた。
名前は出掛け先で近界民に襲われ、大怪我をした。同じクラスの友人たちと一緒にいたらしいが、逃げ遅れた名前が一番酷い怪我を負ったらしい。

「名前ちゃん、怪我が酷いらしくて痕が残るかもしれないって」
「っ、」
「女の子なのに、可哀想ねえ」

俺が変な意地を張らずに名前の誘いに応じていれば名前が逃げ遅れることも、傷痕が一生残るような大怪我を負うこともなかったかもしれない。あの日名前が泣きそうな顔で言った最低だという言葉が頭から離れず、結局俺は名前の見舞いにすら行けなかった。
名前はいつの間にか引っ越してしまった。連絡先は、知らない。知っていてもおそらくメールすらしなかったと思う。こんな薄情な幼馴染みを、今さら名前が受け入れるとは思えなかった。受け入れてほしいとも思わなかった。


***


名前が三門市に来ていると聞いた次の日の朝、ケータイに知らない番号からの着信が入っていた。ボーダー関係者であれ大学の友人であれ、俺に電話を掛けてくるような人間の番号は登録されている。知らないやつか間違い電話だと思い、掛け直すことはせずに本部に向かった。



「あ、いたいた。風間さーん!」

周りに人がいるというのに気にも留めず、迅が廊下の向こうから大声で俺を呼び止めた。急用なのか珍しく慌てた様子の迅に怪訝に思いつつ、足を止めて迅がこちらにやって来るのを待つ。

「何だ、お前がこっちにいるのは珍しいな」
「さっき一般人を保護したからさ」

そう言った迅はなぜか「早く医務室に行って」と、今しがた自分が走ってきた廊下の先を指差した。

「風間さん、行かないと絶対後悔するよ」
「はあ…?お前が保護した一般人が俺と何か関係があるのか?」
「大アリだから言ってんの!俺が保護した子から風間さんが見えてさ、風間蒼也って人と知り合いなのって聞いたら、幼馴染みって言ってたから」
「…!」

ぞわりと背筋が粟立った。迅がその後も何か言っていたようだったが、構わずに医務室に向かって走り出した。

駆け込んだ医務室は一番奥のベッドだけが周りをカーテンで覆われていた。音を立てないよう慎重にカーテンを開け、ベッドの上で眠る幼馴染みを見つめた。特にこれといった怪我はないように見えたが、布団の上に無造作に置かれた腕に大きな傷痕を見つけて思わず顔を顰める。聞いていたとおり、あの日の怪我は痕として名前の体に残ったらしい。

「ちょっと風間くん何してるの…!?そのベッドは一般人の子が寝てて、」
「…記憶は、もう消しましたか」

ベッドサイドに置かれていた名前のものらしいケータイを手に取る。暗証番号も設定されていない無防備なそれを少し弄れば予想通り、電話帳に俺のケータイの電話番号が登録されていた。

「ええ、特に怪我もなかったみたいだし…。もしかして風間くんの知り合いだった?」
「……いいえ」

名前が初めて近界民に襲われて死にかけたときも、そして今回も、俺は名前の傍にいなかった。
会いに行かなければ俺が後悔すると迅は言った。あいつはきっと、名前の記憶が消される前に俺に会いに行ってほしかったのだろう。そうしなければ俺と名前は一生あの頃に戻れないと、迅には見えていたのかもしれない。だがもうこれ以上後悔することはないように思った。

――電話帳を一件消去しますか?

「あとで歌川を寄こします。あいつに送らせてください」

不思議と悲しみや戸惑いはなかった。今までと何も変わらない。俺は名前の傍に居なかったことに後悔し続け、名前は俺の連絡先を母さんから教えてもらったことすら覚えていない。今までと同じように、近界民に恐怖することのない平和な世界で生きていく。

そこに俺がいない、だけだ。

title/サンタナインの街角で


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