愚者の滓
高尾さんと二人で各クラスの出し物や出店を見て回ったが、どのクラスも作りが凝っていて見ているだけで楽しい。パンフレットを開きながら次はどこに行こうかと高尾さんに尋ねようとしたけれど、それよりも先に他の人が高尾さんに話しかけていたためそれは叶わなかった。
「高尾さん、少しいいですか」
高尾さんに話しかけたのはクラスメイトの男子だった。クラスの出し物に何か問題でもあったのだろうか。シフトを代わってほしいとか、そんな話だろうか。そんな私の予想は大きく外れていた。
「少しだけでいいから、一緒に回ってほしいんですけど…」
そう言った彼は顔だけでなく耳まで真っ赤にして、それでも目はしっかりと高尾さんを見つめていた。まさかの展開に何も言わない隣の彼女に視線を向ける。高尾さんは無表情に彼を見つめ返していた。
「私がアンタと回ったらみやびはどうなるわけ?一人になっちゃうじゃん」
「え!?いや、私のことは気にしないで……」
たしかに私の友達は高尾さんくらいしかいないけれど、私のせいで他の人が高尾さんと時間を共有できないのは申し訳ない。だけど高尾さんがそう尋ねるのは予想通りだったのか、彼は背後に立っていたもう一人の男子の腕を引いて隣に立たせた。
「俺にもコイツがいるから、四人で回りませんか!」
30分……いや、20分でいいんで!
必死にそう訴える彼から視線を外した高尾さんが私を振り返る。どうする?と聞かれたけれど決める権利は私にはないように思ったため決定権は高尾さんに譲ることにした。
「……別にいいけど」
「え、マジで!?」
「だけど15分ね」
あとご飯奢ってくれる?にこやかにそう尋ねた高尾さんに、彼女は敵に回したくないとしみじみと思った。
「……なんか、ごめんね」
隣を歩く田中くんがぽつりと呟く。少し前をツンとしながら歩いている高尾さんと、そんな彼女に必死に話しかけている例の彼。何と言うか、女王様と犬みたいだ。
「何となく分かると思うけど、アイツ高尾さんのこと好きでさ。少しだけでもいいから文化と祭は一緒に回りたいんだってうるさくて」
お互い、巻き込まれちゃったね。田中くんはそう言って私にたこ焼きを差し出した。高尾さんはたしかに奢ってと言ったけれどこの人には言ってない。断る私に彼は小さく笑った。
「アイツが迷惑かけたお詫びだから。ほら、あっちで座って食べよう」
こういうとき高尾さんならきっと上手に断ることができるのだろうが私にはそんな能力はなくて。何度もお礼を言いながらありがたくたこ焼きをいただいた。
「………おいしい」
「ホント?俺にも一つちょうだい」
「あ、うん…」
たこ焼きの入ったパックを差し出すと、田中くんがつまようじを摘まむ。そのまま彼が口に運ぼうとして―――。
「っ!?」
あともう少し、というところで急に腕を掴まれた。強い力で腕を引かれてたこ焼きが入ったパックが足元に引っくり返る。こんなことするなんて、一体誰だろう。顔を上げた私は驚愕することになる。
「……なん、で」
掴まれた腕は振りほどこうにもびくともしない。何で、どうして。どうして貴方がここにいるの?
「何をしているんだ」
いつもの無表情にどこか怒りを滲ませた赤い髪の彼を見上げる。私の腕をこれでもかと言わんばかりの力で掴んでいたのは、泊まりがけの出張で留守にするのだと言っていたはずの赤司さんだった。
「行くぞ」
赤司さんに腕を引かれて田中くんから引き剥がされる。赤司さんの歩くペースは私よりずっと早くて、小走りにならないと足がもつれて転んでしまいそうだった。そんな状態なのだから振り返ることなどできるはずがない。
引きずられるようにその場をあとにする私を、背後から高尾さんが呼んだような気がした。
title/水葬