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チョコより甘いバレンタイン

最近見始めるようになった料理番組で、バレンタイン特集が行われていた。
バレンタインかあ。赤司さんは会社の人からいっぱいもらってくるんだろうな。義理より本命の方が多いんだろうな。きっと学生の私にはとても買えないような、高いチョコなんだろうな。
一人で考えて一人で落ち込みながら、手際よく作られていくガトーショコラをぼんやりと見つめていた。『誰でも簡単!』なんて表示されているけれど私には絶対作れない。仮に作ったとしても赤司さんが食べてくれるとは思えないし。

「無難に既製品買ってこよう……」

そう決めてチャンネルを変えたはずだった。それなのに私はなぜ、高尾さんのお家でエプロンを付けているのだろうか。

「みやび、粉ふるってくれる?」
「は、はいっ」

先日テレビで見かけた料理人のように手際よく手を動かしながら高尾さんが指示を飛ばす。私のせいで高尾さんの手作りクッキーがとんでもない味になったらどうしよう。ここは慎重に…慎重に……。

「みやびちゃーん、粉ふるうくらいでそんなに緊張しなくても大丈夫だって」
「ちょ、兄貴!今日の台所は神聖なる女子の領域なんだから入ってこないでって言ったでしょ!」
「んなこと言われても緊張してるみやびちゃんがかわいくてつい」
「赤司さんに殺されてしまえ」

私の料理の腕を知っているはずなのに、高尾さんは一緒にクッキーを作ろうと誘ってくれた。私が作ったものなんてとても食べられるものではないと、何度も断ったのに。策士家な彼女はお兄さんに携帯を借りて赤司さんに直接連絡してしまったのである。

『今日は高尾の妹とクッキーを作るんだって?』
『え、』
『楽しみにしてるよ』

なんて言われてしまっては断ることもできない。高尾さんめ、こうなることが分かっててなんてことをしてくれたんだ。
と、口から出かかった悪態は赤司さんの嬉しそうな顔を見て飲み込むほかなかった。最近の赤司さんは私が作ったものでもとりあえず一口は食べてくれるようになったのである。昨日なんて特においしくもまずくもない、味の薄いスープを完食してくれた。火神の特訓の成果かな、上手になったね。その言葉を思い出してしまえば、私に残された答えは「頑張ります」の一言だけだった。

「上手じゃんみやび!じゃ、それを少しずつこっちに入れて」
「少しずつって何g…?」
「そこまでしなくていいよ!みやび緊張しすぎー」

そんなこと言われましても…!お菓子作りなんて初めてだし、そもそも料理が壊滅的な私が足を引っ張るのは目に見えている。高尾さんがこのクッキーを好きな人にあげるつもりだったらどうしよう。クッキーと一緒に自分の気持ちを伝えるつもりだったら。クッキーが美味しくなくて高尾さんが振られでもしたら私は、

「……何を考えてるのか知らないけど、みやびに任せてるところは味には全然関係ないから大丈夫」
「えっ」
「材料を量ったのも混ぜてるのも私なんだから。みやびは私に言われたとおりに動いてるだけでしょ?」

大丈夫、失敗なんてしないよ。そう宣言した高尾さんはかっこよすぎた。


***


「征ちゃんったら、今年もたくさんもらったわね」
「いいなー赤司!しばらくチョコ買わなくてもいいね!」
「欲しいならあげるよ」
「マジ!?おーい永ちゃん、赤司がチョコくれるってさー」

女性社員からもらった紙袋二つ分のチョコを葉山に押し付ける。葉山は全部くれるのかと目を輝かせたけれど、実渕は信じられないと言いたげな視線をオレに向けた。

「そんな目で見ないでくれ。こんなにたくさん持って帰ったらみやびが悲しむだろう」
「それはそうだけど、でも……」
「こう言っては失礼だけど、彼女たちのことはどうでもいいんだ」

オレはもう既婚者だと、彼女たちは知っているはずだけど。この量を見るとどうも下心が詰まったものばかりみたいだ。最近になってようやく新婚生活を楽しめてきているというのに、みやびが悲しんだり怒ったりするような火種を自ら持ち帰るようなことは極力避けたい。

「オレはみやびからもらえればそれだけで十分だよ」

それに手作りを貰えるみたいだしね。そう付け加えれば実渕は、惚気は結構と呆れたように息を吐いた。



ところが帰宅したオレを待っていたのは手作りクッキーでもみやびの得意気な顔でもなかった。しょんぼりとした顔で出迎えられ、バレンタインのチョコですと手渡されたのは既製品。
オレが女性社員からもらったチョコを一つも持って帰らなかったと知っても嬉しそうな顔をするどころか落ち込む一方だった。

「どうかしたのか?」
「別に何も……」
「そんな顔で言われても説得力がないよ」

高尾の妹と作ったクッキーはどうしたのだろう。彼女が一緒に作ったのだから大失敗なんて起こらないはずだ。多少焦げたってオレは気にしないからきちんと持たせてほしいと、高尾の妹にも頼んだのに。

「……クッキー、上手にできたんです。ほとんど高尾さんがやったから当たり前なんですけど」
「ああ」
「だけど帰る途中、警察官にぶつかっちゃって……」

みやびの話によると、警察官にしてはえらくだらしないガングロの男とぶつかって転んだらしい。その拍子にクッキーが入った紙袋を体の下敷きにしてしまい、中身が砕けてしまったのだ。怪我はないようだがせっかく作ったクッキーが砕けてしまったことがショックだったらしく、楽しみにしていると言っていたオレに何と詫びようかと落ち込んでいたようだ。
それにしてもガングロのだらしない警察官、か。知り合いによく似た男がいるのだけれど他人の空似だろうか。

「ちなみにその警察官の髪は青色だったか?」
「えっと…はい」

決めた。青峰コロス。

「砕けたものは渡せないので急いで既製品を買いに行ったんですけど……すみません」
「気にすることはない。それよりそのクッキーはどうした?」
「あとで食べようと思って、ここに……」

テーブルの隅に置かれていた可愛らしくラッピングされた袋をみやびが差し出す。話に聞いていた通り、元々ハート型だったのであろうそれは見事に砕けていた。

「これは……まだ新婚だというのに不吉だな」
「だから私が食べ、」
「だけど美味しそうだ。ありがとう」
「え…!?だ、だめです赤司さん……!」
「"赤司さん"?」
「あっ」

しまった、と言いたげな顔をするみやびに一歩近づく。自分の身に何が起こるのか察したらしいみやびはすぐに後退ったけれど、その小さな背はすぐに壁に当たってしまって。

「いつになったら慣れてくれるのかな、みやびは」
「あ、う…」

真っ赤に染まった頬に手を添える。名前といいキスといいそろそろ慣れてほしいところだ。まあこうやって恥ずかしがるみやびも十分可愛らしいのだが。
みやびの唇に自分のそれを重ねる。何度も何度もその柔らかさを堪能するように唇を食んでいれば、腰を抜かしたみやびはズルズルとその場に座り込んでしまった。

「ハート型が砕けたのはたしかに不吉だが、そんなことを気にするほどオレは女々しくないよ」
「っ……?」
「いい食べ方がある」

砕けたクッキーをみやびの唇に押し当てる。みやびはこれから何が起こるのか分かっていないのだろう。素直にそれをくわえたみやびの唇に、オレは再び噛み付いた。

「ふ……っん、」

彼女の口からクッキーを奪う。息継ぎの暇を与えずに深いキスを落としていれば、どちらのものか分からない唾液がみやびの口の端から溢れた。それをぺろりと舐めとって、何度目なのか数えるのも億劫になるほどのキスを落とす。唇を解放してやる頃にはみやびはくたりとオレの肩に頭を預けていた。

「まだバテられては困るよ。こんなに残っているのに」
「ま…待ってくださ、っ!」

最早クッキーなんてキスのためのただの口実だ。彼女の唇を貪ることに夢中になっていたオレはすぐにクッキーの存在なんて忘れてしまった。