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それでも愛してるをきみに

「これでよかったかな」
「あ…りがとう、ございます」

素っ気なく差し出されたココアの缶を両手で包み込む。素っ気ないのはいつも通りだから全然気にならないはずなのに。
胸につかえたようなこの妙な違和感は、赤司さんとこんなに一緒にいるのが初めてだからだろうか。

「…寒くないか」
「え…だ、大丈夫です」
「そうか」

会話は続かない。ベンチに座る私と赤司さんの間は人が一人座れそうなくらいの間隔が空いていた。
他人の距離だ。私たちの距離を的確に表している。

「…そういえば、転校の話だが」

唐突に始まった話がまさかの転校の件だとは。缶を握る手に力を入れて背筋を伸ばす。もう何と言われても首を縦に振らないといけない。そう思っていたのに。

「君が嫌がっていたからそのままにしている」
「え…」

淡々とそう告げられたことに驚いて隣に座る彼を見る。赤司さんの視線は構ってほしそうに自分を見上げるせいじゅうろうに向けられていた。

「あ…明日からいつも通り、学校に行っていいんですか…?」
「明日は土曜日だけどね」
「……」
「明日は高尾の妹と会って来るといい。ずっと心配しているみたいだから」

意地悪なのか優しいのか、今日の赤司さんはよく分からない。

「君は何か言いたいことはないのか」
「言いたいこと…?」
「何でもいいよ。オレと離婚したいとか、もう顔も見たくないとか」
「!?」
「君の経歴に傷が付かないように細工することなんて造作もない」

小さく笑いながら赤司さんが缶コーヒーに口を付ける。それは赤司さんと喧嘩したあの日見た自嘲的な笑い方だった。
赤司さん、は。

「…はい」
「……」
「赤司さんがそうしたいならそうしてください」

驚いたような顔をしたのは、今度は赤司さんの方だった。

「なぜオレの意見を聞く」

珍しく戸惑ったような顔でそう言った赤司さんの声は、表情と同じく困惑しているように聞こえた。想像していなかった赤司さんの反応に私まで困惑してしまう。私は何か可笑しなことを言っただろうか。
しばらく無言で見つめ合っていると、赤司さんはぎゅっと眉を寄せて口を開いた。

「オレは君から全てを奪った」
「……」
「夢も自由も人生も、家族も友人も。君から全部奪ったんだ」

君に嫌われても仕方のないことをした。赤司さんはそう吐き捨てながら苦しそうに笑った。

「それなのに君はまだオレの意見を聞くと?とんだお人好しだな」
「……たしかに赤司さんと結婚したことで、家族と会えなくなったし友達もみんないなくなりました」

特に決めていなかった将来の夢は考える必要はなくなった。赤司さんの実家で向けられた、私を監視するような視線は息が詰まりそうだった。
私はずっとこのままなんだろうと思った。なんてつまらない人生なんだろうと。

「それでも赤司さんはちゃんと、くれたじゃないですか…!」

学校が上手くいっていなかった私のために新しい学校を用意してくれた。そのおかげで気さくで優しい友達ができたし、自分の友人まで紹介してくれた。
私への負担を少しでも減らそうと、お義父さんの反対を押し切ってまで実家を出て二人で暮らすことを提案してくれた。家族だって。

「結婚、したんだから…。私の家族は赤司さんでしょう?」
「…っ!」
「だから…だから、そんなに寂しいこと言わないでくださ、っ!」

赤司さんが握っていた缶コーヒーが音を立てて地面に落ちた。
私の手の中の、まだ蓋を開けていない缶も。私の膝の上を転がって、ぼとりと地面に落ちる。

「……君を解放してあげられる、最初で最後のチャンスだったのに」

耳元で声がする。体から火が出ているみたいに熱くて、心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

「冷たくしたり興味がなさそうな態度をとったり」
「……っ」
「君に対して酷いことをたくさんしたのに、それでもオレを許してくれるの?」
「あ、かし…さ」
「そんなことを言われると勘違いしてしまいそうになる」

赤司さんに抱きしめられたのは、これが初めてのことだった。


***


オレのことなんて嫌いになってほしかった。
嫌いだと、みやびがそう言ってくれれば。手放せるきっかけになると思ったし、そうなれば彼女の今後の人生に何の汚点すら残すことなく元に戻してやれると思った。それなのに実際に嫌いだと言われれば勝手に傷付く。そうなることを望んでいたはずなのに。

「…みやび」
「…っ!」
「もう離してあげられそうにないけど、本当にいいのか」

腕の中でみやびが身じろぐ。突き飛ばされることを覚悟して閉じた目は、背中に回された頼りないそれに再び開くことになった。

「…名前、」
「……」
「わたし、赤司さんは知らないんじゃないかなって思ってました」
「……名前を知らないのはみやびの方じゃないのか」

ずっと言いたかった。君はいつまでオレのことを"赤司さん"と呼ぶのかと。

「…征十郎、さん」
「…っ」
「飼い犬と同じ名前だから、何だか呼びにくくて」
「……うん」

目頭が熱くなる。
それを悟られないようにもう一回呼んでほしいと告げれば、みやびの口から再びオレの名前が紡がれた。そして。

「……お前のことじゃない」

自分が呼ばれたと勘違いしたバカ犬は嬉しそうに尻尾を振りながらしきりに吠えていた。

title/サンタナインの街角で