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お決まりの台詞で君を殺す

それからのオレの行動は早かった。渋滞にはまっていた実渕に犬のせいじゅうろうを預け、近くの店で自分のスーツとみやびが着るためのワンピースを購入した。制服のままでも年相応といった感じで十分かわいらしかったけれど、オレが選んだワンピースを着たみやびは子どもが背伸びをしているようで微笑ましかった。

「どこに行くんですか…?」

心配そうな顔をする彼女に微笑みかける。大丈夫、君はただオレの話に合わせていればいいんだから。微妙な顔をするみやびを連れて訪れたのは、父と約束していたレストランだった。

「征十郎、遅れるなら連絡を寄こしなさい」
「すみません、父さん」

自分でも驚くくらい明るい声が出た。もちろん父も気が付いたようで、オレの背に隠れるように立つ彼女を見て眉を顰める。睨み付けられていると勘違いしたみやびは怯えたようにオレのスーツを握りしめた。

「……そのお嬢さんは?」

びくり、背後にいる彼女の肩が大きく揺れる。それに気が付かないふりをして、彼女の肩に手を回した。

「オレの大切な人です」

みやびは勢いよく顔を上げたけれど、話を合わせるようにと言われていたことを思い出したのか無言で俯いた。怪訝そうな、呆れたような、父の何とも言えない表情を見るのはえらく気分がよかった。

「すみません父さん。だから見合いの話はお断りさせてください」
「――そうか」

思えばなぜオレはこのとき、父を丸め込めたと思ったのだろう。これがオレの犯した二つ目の罪である。





彼女がオレの前に現れたのはそれから数日後のこと。不安そうな顔をする彼女の隣には父が立っていた。

「こんなことだろうと思った」

不機嫌そうに父が言う。みやびは今にも泣き出しそうな顔で自分の爪先を見つめていた。

「見合いをしたくないからと無関係の者を巻き込むなど…恥を知りなさい」

どうやらオレの嘘はバレてしまったらしい。オレの視線に気が付いた彼女は申し訳なさそうに顔を歪めた。きっとオレとの関係を父に問いただされたのだろう。罪悪感に胸が軋んだ。

「どんな家柄の娘かと思って調べてみれば……それ以前にまだ高校生だと?どういうつもりなのか私に分かるように説明しなさい」

父の説教はほとんど頭に入らなかった。たしかに見合いをしたくないという理由から彼女を利用させてもらったけれど、彼女を侮辱する理由はどこにもない。巻き込まれただけなのに脅迫まがいなことを言われて侮辱されて。
彼女の頬を伝った涙が制服に染み込む。それを見た瞬間、頭が真っ白になった。

「……オレは彼女を愛しています」

驚きに見開かれた目がオレをうつす。彼女の頬を包み込むように目尻に溜まる涙を拭った。

「家柄も年も関係ありません。オレはこの子を愛しているんです」

自分よりずっと年下の少女を捕まえて何を言っているのか。苦々しげに口元を歪めてこちらを睨み付ける父の顔にはそう書かれていた。

「それじゃあお前はその子と結婚できるのか?」
「必要ならば今すぐにでも」

売り言葉に買い言葉とはまさにこのことだ。プライドの高いオレと父は自身が口にした言葉を今さら引っ込めることなどできなかった。
こうしてオレと、十も年下の高校生であるみやびの結婚が決まったのである。みやび本人の意思はどこにもなかった。
望まぬ形とはいえみやびは赤司家の人間になったのだ。父は彼女に理由もなく両親に会うことを禁じ、家にいる間は礼儀作法や家事などを叩き込ませた。結婚したことは学校でも噂になり好奇の目に晒された。元々少なかった友人たちはみんなみやびから離れていった。
愛のないその結婚はみやびから全てを奪った。夢も自由も人生も、家族も友人も。

「も、やだ……かえりたい…」

家では父から顔を合わせるたびに嫌味を言われ、学校では一人ぼっち。信頼できる人がいないその状況に耐えられるはずもなく、みやびは毎晩一人で泣いていた。あの子が泣いているのはオレのせいなのに、あの子から全てを奪ったオレには触れる資格すらない。慰めるどころか涙すら拭ってやれないオレはただドア越しに彼女の嗚咽を聞いていることしかできなかった。





「で、何だよいきなり呼び出したりなんかして」

お前に呼び出されるとかろくなことねえんだけど。そう言って眉間に皺を寄せる火神の前にはすでに空になった皿が積み重ねられている。これだけ食べさせれば十分だろう。本題に入るべく店員を呼んで空いた皿を片付けさせた。

「お前が教師になったと黒子から聞いたときは世も末だと思ったよ」
「おい」

苛立ったような声を上げた火神の声を無視してすっかり冷めてしまった紅茶に視線を落とす。水面に映る自分の顔は浮かない表情をしていた。実渕にも指摘されたがここ最近ずっとこんな顔をしている。原因なんて考えるまでもなかった。

「だけどまさか、こんな形で役に立つとはね」

火神が勤めている高校は知り合いが経営している学校だ。少しくらい融通はきくし、それにあの学校には高尾の妹も通っているらしい。直接会ったことはないが高尾や緑間の話を聞く限り明るくて面倒見がよく誰とでもすぐ打ち解けると聞いた。みやびと同い年だという偶然も利用しない手はない。

「来週オレの妻がお前のクラスに転入するんだ」
「へー…へ、妻!?おま、いつの間に…つか転入って、」
「最近結婚したばかりだよ。だけどまだ高校生でね…。今の学校では上手くいっていないようだから環境を変えた方がいいと思って」

オレの目が届かないところだからこそ、あの子に目をかけてほしい。そう告げると火神は何とも言えない顔をして返答を渋った。

「そりゃあ転校生には多少目は配るけどよ…オレは特定の生徒を特別扱いしない主義だ」
「だろうね」

ぺらり、伝票を火神に突き付ける。引き攣った表情に口角が上がった。

「引き受けないと言うなら自分で払え」
「てんめぇ…好きなだけ食えっつったくせに!」
「別にオレの奢りだとは言ってない」

しれっと返せば顔を歪めた火神は聞くに堪えないスラングを吐いた。給料日前で金欠なのは調査済みである。

「交渉成立、だね」

あの子のための環境はほとんど整った。あとは購入を検討しているマンションのコンシェルジュを黒子あたりに頼めば上々だろう。
火神から返ってきたのは舌打ちだけ。それに満足してもっと食べていいぞとメニューを差し出した。

title/水葬