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君の残像に溺れて融解

感情が読み取れない目に足が竦む。そんな私などお構いなしに、赤司さんは修造さんに小さく頭を下げた。

「お久しぶりです、虹村さん」
「お、おう…」
「妻がお世話になりました」

赤司さんのとんでもない発言に私と修造さんの動きが止まった。私から結婚云々の話を聞いていなかった修造さんは突然のことに言葉も出ないようで、赤司さんに連れ去られる私を無言のまま見送った。
どうして赤司さんがここにいるのか。赤司さんと修造さんは知り合いなのか。聞きたいことはたくさんあったけれど、口を開いても出てくるのは言葉にならない空気だけで。

「………は、」

絞り出した声は掠れて聞き取りにくかったけれど、赤司さんには聞こえたらしい。私の腕を掴んでいる手がぴくりと動いた。

「は……はなし、」
「少し黙っていてくれ」

冷たい声に背筋が凍る。赤司さんの冷めきっているであろう目が怖くて、彼が振り返る前に俯いた。
まだ赤司さんと顔を合わせる心の準備ができていない。ただ赤司さんに手を離してほしくて、この気まずい時間を終わらせてほしくて。

「話を聞いてほしいんだ」

そんなに真剣な声で言う話なんて、聞きたくなかった。

「やっ…」

赤司さんの手を振り払おうと力を入れる。赤司さんが宥めようとしたのは分かったけれど、私の頭には彼から離れることしかなくて。

「いや、聞きたくない!」
「みやび、」
「離して…っ!嫌い、赤司さん嫌い!」

赤司さんの手から急に力が抜けたのと、私が思い切り手を引いたのはほぼ同時のことだった。
世界が反転する。最後に見えたのは赤司さんの、珍しく焦ったような顔だった。
そういえば名前、初めて呼ばれたかもしれない。こんな状況なのにそんなことを思いながら、私は水の中に沈んでいった。





私は犬を飼っていた。ゴールデンレトリバーのオスで、名前をせいじゅうろうと言う。
せいじゅうろうの散歩は私の仕事だったけれど、ヤツはかなりのやんちゃ坊主だったため私はいつも振り回されてばかりだった。
あの日もそう。

「せいじゅうろう!」

私の手からリードが離れる。隙をついて走り出したせいじゅうろうが向かったのは、きっちりとスーツを着込んだ若い男性の元で。
何を仕出かすのか容易に想像が出来た私は慌ててヤツを追いかけた。だけどせいじゅうろうが私の言うことを聞いたことなんて一度もなくて。

「だめ、やめてせいじゅうろう!」

せいじゅうろうに飛び掛かられた男性がしりもちをつく。私の悲鳴などお構い無しに、せいじゅうろうは押し倒した男性に楽しそうにじゃれついていた。

「こらっ、せいじゅうろうやめなさい!せいじゅうろう!!」

どうにかせいじゅうろうを引き剥がしたときには、彼のスーツは砂と涎まみれになっていた。血の気が引く、というのはまさにこのことを言うのだろう。何も知らない私から見てもそのスーツが高級なものだということは一目瞭然で、未だに彼に飛び掛かろうとするせいじゅうろうを押さえ付けながら必死に謝罪を繰り返した。飼い犬が仕出かしたことは飼い主がきちんと責任を取らなければならない。だけど彼はクリーニング代はいらないと言う。
尚も食い下がる私に彼は付き合ってほしいところがあると言った。細くて長い指がリードを握る私の手の上をゆるりと滑る。

「オレは赤司征十郎だ。君は?」

高級なスーツはすっかり汚くなってしまったのに、そう名乗った彼は品の良さそうなオーラを身に纏っていた。
私と赤司さんの出会いは偶然で、それ以上になるはずはなかったのに。

title/水葬