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あの日死んだ恋の骨

「お待たせしました。本日のデザートとコーヒーです」

店員さんは私と望ちゃんの前にショートケーキとコーヒーを置くと、「ごゆっくりどうぞ」と言い残してキッチンへと戻って行った。その後ろ姿を見送って、私は自分のショートケーキを望ちゃんの方へそっと滑らせる。

「なあに優衣、いらないの?さっきまであんなに楽しみにしてたじゃない」

そんなこと言われても、メニューに書いてあった本日のデザートが、まさかショートケーキだなんて思わなかったんだもん。そう口にするのは子どもっぽいかなと思って、私は不思議そうに首を傾げる望ちゃんに事実だけを告げる。

「ショートケーキってあんまり好きじゃなくて」
「そうなの?知らなかったわ。甘いものなら何でも好きなのかとばかり」
「……まあちょっと、嫌な思い出があってね」

とは言いつつ口の中は甘いものを欲していたので、普段より2倍程多い量の砂糖をコーヒーに入れることにした。
望ちゃんは私がショートケーキを嫌う理由が気になるようで、何か言いたげな顔でじっと私を見つめた。だけど私が頑なに口を開かなかったせいか、すぐに諦めてくれたらしい。そういえば、と別の話題を口にしたので、私はこっそり安堵の息を吐いた。

「あなた、二宮くんって知り合いだったかしら」

今しがた安心したばかりだと言うのに、どうして立て続けに触れてほしくない話題が投下されるのだろう。何も知らない望ちゃんを責めても仕方がないことは分かっているけれど、思わず恨みそうになってしまう。

「……二宮くん?」

白々しく聞き返した声が裏返る。誤魔化すように咳払いを一つして、私はコーヒーを一口口に含んだ。

「うちの学科の二宮は女子だけど…」
「別に知らないならいいのよ。ほら、優衣はボーダーじゃないけど、太刀川くんとか来馬くんとか、ボーダーに所属している人たちと仲が良いでしょう?もし二宮くんとも知り合いだったら、優衣も誕生日会に呼ぼうかなと思って。彼、来週誕生日なのよ」

そうなんだ、と打った相槌は、今度は普段通りの声色だったと思う。私は小さく息を吐いて、カップをソーサーに戻した。

「その、二宮くん?は私とは面識がないし、私が行っても邪魔になるだけじゃないかな」
「…まあ、彼あんまり人付き合いが良い方じゃないし、知らない子を連れて行ってもお互い困っちゃうかしら」
「そうだよ。ほら、早く食べて。この後本屋さんにも行かないといけないんだから」
「急かさないでちょうだい。誰かさんのせいで2個もケーキを食べないといけないんだから」

おかげさまでカロリーオーバーよ。望ちゃんはそう言って唇を尖らせた。拗ねたような仕草ですら絵になるのだから、美人って本当に恵まれていると思う。



***



初恋の相手は幼馴染みの男の子。なんてよくある話だけど、私も例に漏れず、隣の家に住む「まさくん」のことが、小さい頃から大好きだった。まさくんの方が私のことをどう思っていたのか、今となっては知る術もないけれど、何だかんだと世話を焼いてくれていたので、嫌われてはいなかったと思う。

……訂正。本当は私のことが嫌いだったけど、ずっと我慢してくれていたのだ。

まさくんが私のことなんか好きじゃないのだと気付いたのは、まさくんの10歳の誕生日。
まさくんの誕生日には、お母さんと一緒にショートケーキを作るのが毎年恒例の行事だった。お母さんが出来上がったケーキを箱に入れてくれたので、私はそれを落とさないようにしっかり抱えて、隣の家に向かう。

まさくんの家には先客がいた。顔は知ってるけど名前は知らない、まさくんと同じクラスの男子が数名と、それから玄関先に出ていた、私の大好きな幼馴染み。男子の一人がサッカーボールを持っていたので、おそらくまさくんを誘いに来ていたのだろう。

「おまえ、2組の宮内だよな。何、ご近所さんなの?」
「お隣さん同士なの。ね?」

同意を求めるようにまさくんに問いかけたが、何故かまさくんは黙ったままだった。私はどうしたんだろうと内心首を傾げたけれど、まさくんが今から遊びに行くのであれば先にケーキを渡してしまおうと思って、玄関先から動こうとしないまさくんの元に向かった。

「それ何?ケーキ?」
「うん。まさくん今日お誕生日だから」

何の気なしに答えたその言葉に、一人の男子がぷっと吹き出した。何が可笑しいのかとまさくんのお友達とまさくんの顔を交互に見やる私を余所に、彼らは伝染したように一斉に笑い出す。対照的に、まさくんは見たことがないくらい怖い顔をして地面を見つめていた。

「そっかあ、まさくんお誕生日なんだあ。おめでとう、まさくん!」
「ていうか二宮、おまえまさくんって呼ばれてんの?ウケる」
「もしかしなくても、おまえら付き合ってるわけ?」

明らかに悪意を持ったからかいの言葉だった。まさくんは何も言わなくて、私は一人でオロオロしながら、まさくん、と彼の拳に手を伸ばす。と、次の瞬間、私は勢いよく突き飛ばされて、地面に強かにお尻を打ち付けた。その拍子に手から落としてしまったケーキの箱が、まさくんの足元でひっくり返っている。幸いにも中身は散乱していないけれど、きっと箱の中で無残な姿に変わり果てているだろう。

「……っ、な、に」

何が起きたのか分からなくて、私は呆然とまさくんを見上げた。今までまさくんから突き飛ばされたことはなかったし、もちろん乱暴なことなんてされたことがなかった。どんくさい私が転んだり尻餅をついたりしたら、まさくんは呆れたような顔をしながら手をさしだしてくれた。
こんな風に、怖い顔をして見下ろされたことなんて、なかった。

「まさ、く」
「その呼び方、やめろ」

怖い顔のまま私を見下ろして、聞いたこともないような冷たい声で、まさくんは言う。

「嫌いだ。お前も、その子どもみたいな呼び方も、毎年馬鹿みたいな顔して持ってくるケーキも」
「っ、」
「何もかも全部、嫌いだ」

まさくんの冷たい言葉がナイフのようにぐさぐさと突き刺さる。何か言わなければと思っても言葉が出てこない。それでも懸命に口をこじ開ければ、開いた口からは嗚咽が漏れた。

「……おい、何をぼーっとしているんだ。行くんだろう、公園」
「えっ、あ…ああ」

尻餅を付いたままの私の横をすり抜けて、まさくんは友達と一緒に居なくなってしまった。まさくんたちの足音が遠ざかるにつれて、涙がじわじわと滲んでくる。

「匡貴?どうし……どうしたの優衣ちゃん!」

まさくんがいつまでも家の中に戻って来なかったためか、それとも一連の騒動が聞こえたのか。まさくんのお母さんが玄関から顔を出して、泣きじゃくる私を見て慌てたように私の前で膝を付いた。

「優衣ちゃんどうしたの?匡貴に何か意地悪なことを言われたの?」

まさくんのお母さんにエプロンの裾で目元を拭ってもらいながら、私は首を横に振る。嗚咽を何度も繰り返しながら、私は「ごめんなさい」と呟いた。

「おばさんごめんなさい、わたしケーキを落としちゃったの」
「あらあら、優衣ちゃんが折角お母さんと作ってくれたのに残念ねえ。でもほら、箱に入ったままだから、大丈夫よ」
「でも、」
「ちょっと崩れちゃったかもしれないけど、味は変わらないわ。匡貴も喜ぶと……」

おばさんが優しい言葉をたくさん言ってくれたけれど、私の涙はちっとも引っ込まない。だって知っているのだ。私が作ったケーキなんて、まさくんは喜ばない。私のことなんて、まさくんは大嫌いだから。

いつまでも泣き止まない私の手を引いて、おばさんは私を隣の家まで送ってくれた。お母さんはおばさんに謝罪と感謝の言葉を何度も告げて、泣き続ける私と、崩れたケーキの箱を受け取った。

その日、夕飯を食べたあと、まさくんにあげるはずだった崩れたケーキを食べた。味見をしたときはあんなに甘くて美味しかったのに、何故だかすごくしょっぱくて。
私は、ショートケーキなんて二度と食べたくないと思った。

title/花洩


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