■ 愛されないのばら
「今日も来てる…!」
あの日以来、朝起きると必ずバルコニーにはあの人からの贈り物が届いていた。今日は花冠である。少し歪んでいるように見えるそれはおそらくあの人の手作りなのだろう。子どものようにはしゃぎながら、窓に挟んでいた手紙が無くなっていることを確認してさらに頬を緩める。バルコニーに出て庭先を見てみたけれどやっぱりあの人らしき姿は見当たらなくて、それでもあの人が私のことを忘れていないというただそれだけの事実が何よりも嬉しかった。
***
あの吸血未遂事件から、かえでは僕と距離を置いているように見えた。一緒に食事はするけれど自分からすすんで僕と二人きりにはなろうとしない。そのことをテツヤに愚痴ると自業自得だと蔑んだような視線を向けられた。そう、自業自得なのだ。僕には彼女の行動に文句を言う資格はない。かえでが許してくれるまで自分からは話しかけない方がいいだろう。
だから僕には、かえでが眠っている間に彼女の部屋のバルコニーに花をプレゼントすることくらいしかできなかった。ちなみにここ2、3日はバルコニーの窓に彼女からの手紙が挟まっている。手紙の内容からして僕だということは全く気が付いていないし、それにどうやら森で助けたのは僕ではなく小さい頃自分を助けてくれた"恩人"と同一人物なのだと思い込んでいた。いやそうなんだけど。間違ってはいないんだけど。
そんなもどかしい状況が一週間ほど続いたある日。驚いたことに、かえでが自ら僕の元を訪れた。
「赤司さんは万能って本当ですか?」
気まずげに視線を逸らしたままかえでが尋ねてくる。誰に聞いたのかは知らないけれど間違いではない。その問いかけに肯定の言葉を返せば、かえではようやく顔を上げた。
「何でも?本当に何でもできますか?」
「まあ…肉体が朽ちた人間を生き返らせろ、とかいうのは無理だけど」
肉体がまだ残っていたら可能だと言えば、かえでは眉間に皺を寄せてそんなことは頼んでいないと怒ったように言った。たとえ話だったのに。
「花を枯らさないようにしたいんです。できますか?」
「ああ」
目の前に置かれた見覚えのありすぎる花々に無反応を装いながら、ナイフで切りつけた指先から流れ落ちる血を花一つ一つに垂らす。一瞬真っ赤に染まった花たちはすぐに元の色に戻った。
「…これで本当に枯れないんですか?」
「大丈夫だよ、僕の血は生き物に永遠の命を与えることができるんだ。傷つけたりしない限りこの花たちが枯れることはない」
「へー…」
花冠を持ち上げて光に透かすように眺めながらかえでが不思議そうに呟く。僕は何も知らない振りをして花瓶を持ち上げた。
「これ、どうしたんだい?」
「…えっと、」
僕の問いかけに恥ずかしそうに頬を染めたかえでは、僕の気持ちなど知らずに残酷な言葉を吐いた。
「わたしの…初恋の人、から…だと…思い、ます…」
花冠を胸の辺りまで下ろしたかえでがごにょごにょと呟く。かえでの顔はまさに恋する乙女そのもので、彼女にそんな顔をさせているのは僕であるはずなのに全くいい気持ちがしなかった。
「…そう」
聞いたのは僕なのに、彼女への返事はどうしようもなく冷たいものになってしまった。
今すぐこの花瓶を床に叩きつけて割ってしまいたい。その花冠を踏み潰してしまいたい。これは僕からのプレゼントなのだと大声で叫びたいのに。
ある意味吸血衝動より厄介なその衝動を懸命に堪えながら、持っていた花瓶をそっとテーブルに戻した。それからかえでが持っている花冠をそっと取り上げて、彼女の頭の上に乗せる。
「!」
「似合うよ」
彼女の言う"初恋の人"であるはずの僕には、この程度のことしかできない。
title/サンタナインの街角で
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