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傷付けるつもりは微塵もなかった。むしろ相手を傷付けたくなくて吐いた嘘だった。
それなのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。

「ごめんなさい」

そんなことを言わせたかったんじゃない。
そんな顔をさせたかったんじゃない。
本当にただ、傷付けたくなかっただけなのに。泣かせたくなんかなかったのに。

「西野、あの」
「わたしはっ、」

俺の言葉に被せるように西野が声を張り上げる。怒りではなく悲しみを滲ませた声に俺は思わず口を噤んだ。

「……わたしは、出水先輩の"西野"じゃない、でしょう?」

違う、そんなことない。そう言えたらよかったのに。
結局俺は何も言えず、西野が走り去っていくのを、ただその場に突っ立って見送ることしかできなかった。だって追いかけて行って、何と言えばいいのだ。これ以上何を言ったところで、西野が傷付いたことに変わりはないのに。





「出水先輩?」

西野に顔を覗き込まれてびくりと肩を揺らす。委員会の件で西野の教室までやって来たというのに、西野を前にしながら、意識は完全に教室の中に向いていた。

「わり、ぼーっとしてた」
「別にいいですけど…烏丸くんでも探してました?」
「いや、そういうのじゃないけど……」

後頭部を掻きながら言葉を濁す俺に、西野が不機嫌そうに目を細める。

「……もしかして、西野さん?」
「っ、」

果たして目の前の西野に、俺が今息を呑んだのは伝わってしまっただろうか。

「別れたって聞きましたけど」
「…別れたよ、うん」
「じゃあ出水先輩が気にすることないですよね?」

西野の言葉に曖昧な返事を返す。俺の反応が気に入らなかったのか、西野が眉を吊り上げた。西野が不満そうに口を開いた、そのとき。

「二人とも本当にありがとう。手伝って貰っちゃったごめんね」
「別にいいのに。西野ってば律儀だよね」
「お礼に二人が日直のとき手伝うから」
「いいって。女子にそんなの持たせられないだろ」

どくん、心臓が痛いくらい跳ねる。見たくないと思っているのに、俺は思わず声が聞こえた方に視線を向けてしまった。

「あ……、」

西野。思わずそう口に出してしまいそうになったけれど、彼女の両隣を歩く京介とトッキーの二人と目が合って思わず口を噤む。目が合った瞬間京介は思い切りこちらを睨んできた。それに怯んだ隙にトッキーは俺から西野を隠すように身体の角度を変えて、そのまま俺たちの横を素通りしていく。

「……出水先輩」

慌てて視線を目の前の西野に向ける。
分かってる。分かってるよ。
良かれと思って吐いた嘘は、沢山の人を傷付けた。自業自得。因果応報。身から出た錆。
今更どのツラを下げて、あの子に声を掛けようと言うのだ。

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