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▼ 僕にはもうひとつ心臓があってね

赤司くんは、私には勿体無いくらい完璧な彼氏だった。

赤司くんはバスケ部の主将と生徒会長を兼任していた。誰よりも忙しいはずなのに成績はいつも一番で、だけどそれを鼻に掛けたりなんてしない。何でもそつなくこなして誰にでも優しい赤司くんは、彼女である私には殊更優しかったと思う。部活が休みの日はいつもデートに誘ってくれたし、お昼は出来るだけ一緒に食べようとしてくれていた。

赤司くんは私の自慢の彼氏だった。
ほんのついさっきまでは。



「別れてくれ」

淡々とした様子の赤司くんにそう言われた。昨日の放課後、「気を付けて帰るんだよ」と微笑んでくれた彼は、こんなに冷めた目をしていただろうか。
私は赤司くんの言葉に小さく頷いた。口を開けば嗚咽が漏れそうで、声は出せなかった。そんな私に赤司くんは、おや、と表情を変えずに首を傾げる。

「君はオレのことをかなり好いていたようだからもっと渋ると思っていたのに。案外あっさり身を引くんだな」
「……赤司くんの気持ちが私にないのなら、渋っても意味がないから」

声が震える。視界が滲む。だけど私は、絶対に涙は溢すまいと目に力を入れた。
私の返事を聞いた赤司くんは楽しげに目を細めた。それは違うよ、と口の端を吊り上げる。

「オレは君のことが好きだった。とても大切にしていたし、君と別れようなんて思ったこともなかった」
「は……?じゃあ何で、」
「何で別れようと思ったかって?簡単なことさ」

赤司くんの手が頬に添えられる。顔を覗き込まれて、そのとき初めて、赤司くんの左目が橙色をしていることに気付いた。

「おまえが僕には不要な存在だからだよ」

耳元で、冷たい声がする。










いつか赤司くんと別れる日が来るんじゃないか。それは付き合い始めた頃からずっと思っていたことだった。
私に赤司くんは勿体ない。私じゃ赤司くんには釣り合わない。いつか赤司くんと別れる日が来るとしたら、この関係を終わらせるのは赤司くんだろう。
それはきっと私だけじゃなく、私と赤司くんが付き合っていると知っていた人たち全員がそう思っていたに違いない。
私が赤司くんと別れたことは噂にはなったけど、一週間後には立ち消えた。誰も私に、どうして別れたの?なんて無粋な質問をしてくる人はいなかった。

私と別れた赤司くんは以前と何も変わらない。全校生徒の中で誰よりも多忙であるにも関わらず成績はやっぱり一番だったし、彼が率いていたバスケ部は全国大会を三連覇した。涼しい顔のまま何でもそつなくこなしていた彼は、相変わらず誰に対しても優しかった。もちろん元カノである私にも。

「なまえ、先生が呼んでいるよ」

付き合っていたときでさえ名字で呼んでいたくせに、どうして別れてから名前を呼ぶようになったのだろう。





***





みょうじなまえはオレにとって大切な人間だった。
オレはみょうじのことが好きだった。オレが忙しいせいでみょうじが寂しい思いをしていたのは知っていたから、部活がない日は一緒に出掛けたり、学校では出来るだけ彼女と過ごすようにしていた。
みょうじが笑うと嬉しかった。みょうじが悲しそうだとオレも辛かった。みょうじと一緒に居られるだけで幸せだった。
みょうじは本当に、オレにとって大事な人だった。



だけど彼女は、僕にとっては不要なものだった。
赤司征十郎は常に勝利しなければならない人間だ。そのためには無駄なものは切り捨てなければならない。貴重な休日をデートなんかに使ったり、彼女と過ごすために真太郎とのミーティングを断ったりするのは、はっきり言って無駄なことだった。
だから僕は彼女と別れることにした。僕の判断は正しかったのだろう。彼女と別れても部活にも私生活にも支障は来さなかったし、部活も学校生活も順調な日々を送ることができた。
ほら、僕の言った通りだ。彼女は僕には不要な人間だっただろう?



……本当にそうだろうか。










「あ……っ、かし、く」

声を掛けるのを躊躇うような、思わず口をついて出てしまったような。そんな声がオレを呼び止めた。オレは努めて冷静な顔を保ちながら、声の主を振り返る。

「……来ていたんだね」

僕と替わってから、オレが彼女と会うのは久しぶりだった。折角彼女から話し掛けてくれたんだからもっと気の利いた言葉を掛けられたらよかったのに、口から出たのはたったそれだけだった。
彼女は……、みょうじは、本当はオレに声を掛ける気なんてなかったのだろう。困ったように何度も瞬きをするみょうじの目は、決してオレの視線と交わらない。

「元気にしていたかい?高校はたしか……誠凛、だったかな」
「うん」

注意しないと聞こえないような音量でみょうじが返事をする。十中八九、今日この日にみょうじを呼んだのは黒子だろうと思った。付き合っていた頃はよく試合を観に来ていたみょうじは、別れてからぱったりと姿を見せなくなったから。
――バスケはよく分からないけど、赤司くんが好きなものだから好きになりたい。みょうじが昔そう言っていたことを思い出した。健気なことだと僕は歯牙にも掛けなかったけれど、オレはそう言ってくれたみょうじが本当に、大好きだったのに。

「……黒子くんに、決勝戦の相手は赤司くんだから観に来ませんかって誘われて。本当はこっそり観てすぐに帰るつもりだったんだけど、試合を観てたらやっぱりもっと近くで赤司くんの顔を見たくなって」
「うん」

今度はオレの返事の方が、掠れて小さくなってしまった。嬉しくて苦しくて、心臓が鷲掴みにされたように痛い。
みょうじが、オレの顔が見たくなったと言ってくれた。オレの意思ではないとは言え、自分を振った男の顔を。
話し掛けるつもりはなかったと弁解するみょうじは、オレの顔が見たかったと言ってくれたくせに、オレの顔をちっとも見ようとしない。

「迷惑、だったら……あの、」
「迷惑なんかじゃない」

僕はみょうじのことを不要な存在だと言った。オレにとって大切な人を、僕はいらないと切り捨てた。
たしかにみょうじは、オレがバスケット選手として勝ち続けるためには重要な存在ではなかったかもしれない。みょうじはバスケのルールもテクニックも何も知らなかった。マネージャーとして部を支えていたわけでもない。みょうじは別に、勝利の女神なんかじゃなかったけれど。

「オレもみょうじに会いたかった」

みょうじがハッとしたようにオレを見上げる。目を見開いて、オレの顔をまじまじと見つめる。

「…………赤司くん?」

確認するようにみょうじがオレの名前を呼んだ。そろそろと伸ばされた手が引っ込む前にその手を捕まえる。

「何だい、みょうじ」
「……あ、」

微笑みながらそう問い掛けると、目玉が零れそうなほど大きく見開かれたみょうじの目から、ボロボロと涙が零れ落ちた。そんなみょうじの目元を拭いつつ、掴んだままだった手をそっと引く。みょうじは少しの抵抗も見せることなくオレの方に体を傾けた。

トイレに行くと言ったままオレがいつまでも戻らなかったからだろうか。様子を見に来たらしい実渕たちを視界の隅で捉えたけれど、オレはみょうじの背に回した手を緩めることはしなかった。実渕たちがあんぐりと口を開ける。
彼らの絶叫で驚いたみょうじに突き飛ばされるまで、あと少しだけ、このままでいてもいいだろうか。

title/twenty


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