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▼ 本音を隠したドルチェ

昼休み、迅からラインが送られてきた。

『明日は秀次に弁当を作ってくるように!』

「……?何これ」

思わず口に出してしまった私を不思議に思ったのか、嵐山が横からケータイを覗き込んできた。それからすぐに「いいじゃないか、作ってやれば」といつもの笑顔を浮かべる。

「ええ、私そんなに料理が得意なわけじゃないし……秀次に食べさせられるようなものは作れないと思うんだけど」
「やってみなくちゃ分からないだろう?迅には何か見えているからこんなラインを送ってきたんだと思うぞ」
「見えてるって?」
「みょうじの手作り弁当を三輪が喜ぶ顔とか」

嵐山の言葉にケータイを操作する指が止まる。
秀次とは長い付き合いだけど、私は未だに彼の笑顔を見たことがない。いつも浮かべている仏頂面は近界民と戦うときは憎悪に染まり、迅にからかわれるとしかめっ面になる。そんな秀次しか記憶にない。

「……秀次、喜んでくれるかな」

嵐山は一瞬だけきょとんとしたけど、満面の笑顔でもちろん!と言った。お弁当なんて作ったことないけど、秀次が喜んでくれるなら頑張ってみようと思う。





5時起きで作った人生初の手作り弁当は、何と言うかまあ、人様に見せても恥ずかしくないクオリティに仕上がった。冷凍食品は一つも使ってないし、特にこの卵焼きはすごく綺麗に巻けたと思う。それに彩りや栄養バランスだってきちんと考えた。本当は秀次の好きなものをたくさん詰めてあげたかったんだけど、迅からのラインの後たまたま出くわした二宮さんに秀次の好物を聞いたらざるそばだと言われたから断念した。さすがにお弁当にざるそばは入れられない。

「お、みょうじじゃん。秀次への弁当はちゃんと持ってきたかー?」

用もないのに本部にやって来たということは緊張している私をからかいに来たのだろうか。何て男だと憎々しげに思いながら軽い調子で話しかけてきた迅を睨み上げた。

「ちょっと迅、本当に秀次が喜んでくれるんでしょうね?」
「さあ、どうかな〜」
「何なの?何が見えてるの?秀次が喜んでくれるんじゃないの!?」
「どうかなあ〜〜」

迅が作ってこいって言うから作ってきたのに何それ……!怒りにわなわな震えながら拳を握ったけど、よく考えたら嵐山の口車に乗せられたから作ってみようと思ったんだった。そう思い至ってハッとする。もしかしてあのラインを送ってきたときの迅には、私が嵐山と一緒にいたことや彼の口車に乗せられることまでお見通しだったんじゃないだろうか。

「……秀次が喜んでくれなかったらどうしよう」

ぽつりと呟いたちょうどそのとき、タイミング良く蓮ちゃんからラインがきた。秀次が作戦室に来たらしい。「今から行く」と返事を打ちながら迅の隣をすり抜ける。

「みょうじ」

挨拶もそこそこに三輪隊の作戦室に向かおうとした私を迅が呼び止めた。正直今は緊張しすぎて迅と会話する余裕がなかったのだが、無視するのも気が引ける。くるりと振り返ると、柔らかい笑みを浮かべた迅が私を見つめていた。

「大丈夫だよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「……うん」

からかうんじゃなくて励ますために来たんだったら、最初からそう言ってくれればよかったのに。





三輪隊の作戦室に着くと、出迎えてくれた蓮ちゃんは「太刀川くんのところに行ってくるわね」と言って秀次と二人きりにしてくれた。ここまで来る道中に心構えはしたつもりだったが、いざ本人を目の前にすると緊張する。

「ごめん秀次、ちょっといい?」

ドキドキしつつ、資料を読んでいた秀次に声を掛ける。秀次は突然の私の訪問に小首を傾げたけど資料をテーブルに置いて頷いた。

「あのね、お弁当作ってきたんだけど……お昼持ってきてる、かな」
「弁当?」
「秀次のために作ったの」

でも秀次がお昼持ってきてるならいらないよね、と慌てて付け加えた。秀次が喜んでくれるならと思って作ったけど、いきなり「お弁当作ってきたの」なんて押し付けられても迷惑じゃないだろうか。そう思うととても怖くて、私はお弁当を入れた紙袋をもじもじと弄った。

「そ、それで……ええと」
「……いただきます」
「えっ……えっ、いいの?」

自分から言ったくせに素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな私に秀次は怪訝そうな顔を向けたけど、すぐにふいっと視線を逸らす。

「今日は昼食を持ってきていなかったので」
「うん…、うん……!」

どんな理由であれ、秀次が受け取ってくれるという事実が嬉しかった。何だか泣きそうになりつつ秀次にお弁当を差し出すと、なぜか身を乗り出して私の左手を掴んだ。

「しゅ、秀次……?」

恥ずかしいやらびっくりしたやら。秀次に掴まれた手を引っ込めようとしたけど秀次の手はびくともしない。秀次はじっと私の左手を凝視している。

「……手」
「手?」
「怪我したんですか」

秀次の指先が私の人差し指をなぞった。絆創膏越しだったけど怪我した部分に触れられるのは何だかぞわぞわして不思議な感じがする。

「大したことないよ」

そう言ってやんわり秀次の手を解こうとしたけど、秀次は私の手を離そうとはしなかった。それどころか片手で貼ったせいで皺が寄っていた絆創膏をべりっと剥がされる。朝切ったばかりの傷は出血が止まっていなかったようで、じんわりと血が溢れてきた。

「切り傷だ」

秀次がぽつりと呟いた。傷口から視線を上げた秀次に探るような視線を向けられる。

「包丁で切ったんですか」
「べ、別にそんな大した怪我じゃ」
「みょうじさん」

秀次が咎めるように私の名前を呼んだ。秀次の顔がどんどん怖くなっていく。とうとう堪えきれなくなって、私はテーブルに視線を落とした。
秀次が疑っている通りだ。これはお弁当を作っている最中に包丁で切ってしまったものだった。

「普段包丁なんて握らないから……手が滑っちゃって」

やだなあ、すごく格好悪い。秀次に呆れられちゃったかな。私はただ、秀次に喜んでほしかっただけなのに。

「……今度から気を付けてくださいよ」

溜め息と共に私の左手が解放された。もっと小言を言われるかと思ったけど、秀次はそれ以上何も言わずに新しい絆創膏を貼ってくれた。



お昼には少し早かったけどお腹が空いていたのか、秀次はすぐにお弁当を開けて箸を付けた。卵焼き、ほうれん草のおひたし、豚の生姜焼き。秀次に喜んで欲しくて一つ一つ頑張って作ったおかずが秀次の口の中に消えていく。秀次は食べる手は止めなかったけど美味しいとも不味いとも言わなかった。口に合うならいいんだけど、私が見てるからって無理して食べてたらどうしよう。

「お、おいしい?」
「……ふつうです」

素っ気ない返事だったけど、そう言いつつ食べる手を止めない秀次にホッとした。どうやら不味いわけではないらしい。喜んでくれているのかはよく分からないけど、私が作ったものをもりもり食べる秀次を見ていると何だか幸せな気分になった。



***



太刀川さんのところに行ってくると言って出ていった月見さんが、なぜか迅を連れて戻ってきた。

「よー秀次、お疲れさん。絆創膏、役に立っただろ?」
「……おまえ、みょうじさんが怪我するのを分かっていてあんなことを言ったのか」

昨日の夕方、用もないのにわざわざ本部までやって来た迅に「明日は絆創膏を持ってるといいことあるぞ」と言われた。誰がおまえの言うことなんて聞くかと素通りしようとしたが、みょうじさんに関係することだと言われると無視出来ない。迅に言われた通りに行動するのは癪だったが、みょうじさんが怪我をするのかもしれないと思い絆創膏を持っていくことにした。結果的に絆創膏は役に立ったが、みょうじさんが怪我することが見えていた迅には、みょうじさんがいつどうやって怪我をするのかなんてお見通しだったはずだ。弁当を作らせるのをやめさせれば、みょうじさんは痛い思いをせずに済んだだろうに。

「まーたそんなこと言って。みょうじの手作り弁当は美味しかっただろ?」
「……ふつう、だ」

嘘だ。俺のために作ったのだというみょうじさんお手製の弁当はとても美味しかった。顔に出さないように気を引きしめるのが大変で、素直に美味しいと言えない天の邪鬼なこの口は「ふつう」だなんて思ってもいないことを言ってしまったけれど。それでも嬉しそうな顔をしたみょうじさんを直視出来ず、がむしゃらに弁当をかきこんでしまった。もう少し味わって食べれば良かった。

そんな俺の些細な後悔ですらお見通しらしい迅は俺に睨まれても可笑しそうに笑うばかりで何も言わない。結局迅の思い通りに動いてしまったのだと自分自身に腹が立ち、舌打ちを溢して迅から視線を逸らした。

title/秋桜


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