▼ 舌先で転がす世界の行方
女の子なんてこれっぽっちも興味がなさそうな秀次に春が来た。
相手の子は気難し屋な秀次とは対照的に明るくて面倒見のいい性格なようで、防衛任務で学校を休みがちな秀次の面倒をよく見ているらしい。秀次に彼女ができたというだけでオレも弾バカも興味津々なのに、相手が相手だったため知らないフリなんて出来るはずがなかった。
秀次ってそういうタイプの女子は苦手だと思ってたんだけどなあ。
「秀次クンはみょうじちゃんのどこが好きなんですかー?」
「…は?」
何を聞かれたのかピンと来なかったらしい秀次は、珍しく呆けた顔をしたあとすぐに顔を真っ赤にしてオレの肩を思い切りど突いた。そのまま逃げ出そうとした秀次を隣の弾バカと一緒にニヤニヤしながら引き止める。
「な、なにをする…!離せ!!」
「はいはい落ち着け秀次。恥ずかしいのは分かるけどお前とみょうじちゃんが付き合ってるって結構有名な話だからな?」
「それにオレ、こないだお前らが二人で仲良く帰ってるの見ちゃったし」
「何だよそれめっちゃ見たかった…!そういや迅さんも秀次が可愛い女の子と手繋いで歩いてるの見たって言ってたな」
「ラブラブかよ。リア充爆発しろ!」
オレと弾バカに挟まれてからかわれた秀次は恥ずかしいやら何やらで怒りの矛先を迅さんに向けたらしい。「迅…!殺してやる!!」と言ったときの秀次は近界民と出くわしたときのような顔をしていた。
まあ迅さんは普段から秀次に嫌われてるし、今さらこんなことで恨みを買ったってどうってことはないだろう。
「なあ、三輪から告白したってマジかよ?みょうじじゃなくて?」
「どっ…どっちだっていいだろ!!」
「へー、みょうじと付き合ってるって認めるんだ」
「なっ」
「なあもうチューした?チューした?」
「やだ米屋クンがっつきすぎー。そんなんだから彼女出来ねぇんだよ」
「うっせー、それお前だけには言われたくねぇわ」
「まあ奥手な三輪が手を繋げたってだけでもだいぶ進展してるじゃん?ガキじゃないんだしキスもそのうち…どうした三輪?」
初心な秀次にキスなんて話題は早かったようで、秀次はオレたちの拘束から逃れようと抵抗するのもやめて完全に俯いてしまった。さすがにちょっとふざけすぎたらしい。
「わりぃ秀次、ちょっとからかいすぎた!弾バカが!!」
「は、はあ!?元はと言えばお前が先に」
「………す、なんて」
秀次の呟きにオレも弾バカも言い争いをやめて俯いたままの秀次を見つめる。
ギリッと唇を噛んだ秀次は、絞り出すようにこう言った。
「き、きすなんてまだ…結婚とか早いし、」
「は?結婚?」
秀次の言葉の真意が分からず、思わず弾バカと顔を見合わせた。キス=結婚という方程式が出来上がった理由は秀次自身にしか分からないが当の本人がこの調子だ。聞いたところで答えてはくれないだろう。けれどもその予想に反し、秀次は視線を泳がせて恥ずかしそうに口を開いた。
「ね、ねえさんがむかし、キスは結婚する人とじゃないとしちゃいけないって…」
「え?お姉さん、え?」
「みょうじのことは、その…好き、だが…。まだお互い学生だし責任とか取れないし、キスなんてまだ、」
「お…おう、」
秀次は思っていた以上に初心だった。そしてオレたちは思っていた以上に心が荒んでいるようだった。しゅ、秀次の純粋さが眩しい…。
「そうだよな…まだオレたち高校生だもんな……」
「オレの心はいつの間にこんなに汚くなったんだろ…」
オレたちどこで間違えたかな。目頭を押さえながらそう思ったときだった。
「秀次くん!」
「っ、なまえ…」
秀次がびくりと肩を揺らして振り返る。そして瞬時に嬉しそうな恥ずかしそうな、恋する少女みたいな表情で不貞腐れた様子の"彼女"を見つめた。
「もー、昼休みに昨日の数学教えてって言ったの秀次くんでしょ?時間無くなっちゃうよ!」
「わるい…今行く」
怒られているというのにみょうじちゃんに話しかけられたのが嬉しいのか、秀次の謝罪はちっとも申し訳なさそうには聞こえなかった。秀次の意識は目の前の彼女にのみ向けられていて、今まで一緒にいたオレたちはガン無視である。
「米屋くんたちはもういいの?」
「…ああ、そんなに大した話はしてないから」
「そっかあ」
みょうじちゃんはオレたちの会話を全く聞いていなかったようで、一瞬返答に詰まった秀次を特に問い詰めるようなことはしなかった。律儀にオレたちに会釈して秀次と一緒に歩いていく後ろ姿を見て、弾バカが「三輪いいな…」とぽつりと呟く。
オレもあんな彼女欲しいな。そう思ったのと、不意に立ち止ったみょうじちゃんが秀次の肩に手を置いたのはほぼ同時だった。
不思議そうに秀次が振り返る。みょうじちゃんが秀次に寄り添うように身を乗り出す。
あ、と間抜けな声を出したのはオレか弾バカか、それとも秀次だっただろうか。
「………っ!!?」
「責任取ってね?」
みょうじちゃんの唇が触れた頬を押さえ今にも卒倒しそうな秀次に微笑みながら、みょうじちゃんは本気なんだか冗談なんだか判断しづらい声色でそう言った。
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