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▼ 彼のみぞ知る

中学時代はそれなりに仲が良かった私と彼は高校進学と同時に疎遠となった。お互いに忙しかったということもあったけれど、たぶん一番の理由は彼の興味が私から完全に失われたためだと思われる。もう私のことなんて忘れてしまっただろう。
だから携帯の画面に赤司の名前が表示されたときは自分の目を疑ったし、挨拶もそこそこに本題に入られたときはナチュラルすぎて話に付いていけなかった。

『試合の関係でね、今東京にいるんだ』

彼が何を言いたいのかは何となく理解した。その先を口にしようとしない赤司に代わって、久しぶりに会いたいなあと告げてみる。じゃあ今から会いに来い、と返されたけれど、それが本気なのか冗談なのか私にはさっぱり分からなかった。赤司の考えなんて私のような一般人に分かるはずがないのだ。



「遅い」

指定された場所に辿り着いたのは電話から一時間半後のことだった。冬だというのに汗だくになって息を切らす私とは対照的に涼しげな表情を浮かべた赤司は、私の頭から爪先までじろりと視線を向けると思い切り息を吐く。

「何だその格好は」
「急いでたから、着替える暇がなくて…」
「言い訳はいい。髪もそんなにぼさぼさにして、なまえは本当に女子力がないな」

僕を待たせたらどうなるか分かってるね?なんて物騒なことを言うからジャージのまま慌てて家を飛び出してきたというのにどうして文句を言われないといけないのかな。ここまで走ってきた私を労ってくれても罰は当たらないと思うんだけど。

「……ねえ、文句を言うためだけに私を走らせたの?」

ムッとしながらそう尋ねる。久しぶりの再会なんだから、元気そうで安心したとか可愛くなったねとか言ってほしかった。いや、ジャージにぼさぼさ頭のこの姿を見て可愛くなったは無理があるか。

「そんな訳ないだろう。ちゃんとなまえに用事があったんだ」
「へー」
「へーじゃない。そもそも僕がお前に用事があるというより、なまえの方が僕に用事があるはずだ」

偉そうにベンチにふんぞり返る赤司は、いつものポーカーフェイスはどこへやら何かを期待するような表情で私を見上げている。私が赤司に用事?何か約束でもあっただろうかと首を捻るものの全く思い浮かばない。何度も言うようだけれど赤司から連絡をもらったのは本当に久しぶりなのだ。卒業以来初めてとも言える。
言わずもがな、心当たりなんて全くなかった。

「何かあったっけ?」
「は?」
「いや、だから何か…」

言いかけて、口を噤む。不機嫌そうに歪められた赤司の顔が私の残りの寿命を表していた。やばい、よく分かんないけど地雷踏んだかも。

「お前は…この期に及んでよくもまあぬけぬけと」
「えっ!なんかごめん」

立ち上がった赤司は記憶していたよりも身長が伸びていた。いや、身長は最後に会ったときと大して変わっていないかもしれない。凄まじい威圧感が赤司を大きく見せていた。

「今日は何月何日だ」
「はっ!きょ、今日は12月20日であります!!」
「そうだ。それじゃあお前のそのちっぽけな脳みそから今日が何の日だったか絞り出してみろ」

今日…今日は何の日だっただろうか。赤司がここまで怒っているのだからとても大切な日だったのかもしれない。そう、たとえば誰かの誕生日とか…。

「あ」

私はとんでもない人の誕生日を忘れていたのかもしれない。さあっと血の気が引いていくのが自分でも分かった。

「あ、あの…赤司様」
「その様子だと思い当たる節があるみたいだね」
「はい、あの…何と申し上げていいか」

中学一年生の赤司の誕生日。私は日付が変わった瞬間に赤司に誕生日おめでとうメールを送った。それは決して意図してやったことではなかったけれど、赤司にとっては初めてで、特別で、そして何より嬉しかったらしい。ありがとう、本当に嬉しかったと、朝一番でお礼を言われた。部活で疲れているであろう赤司にとって夜中に送られてきたメールは迷惑なものだっただろうと思っていた私は、そこまで喜んでもらえるなら来年も送ってあげるよ、と約束したのだ。

二年生のときも三年生のときも、20日になった瞬間にメールを送った。その度にお礼を言われて、また来年も送るねと約束して。
そうして訪れた、今年の赤司の誕生日。私はその約束をすっかり忘れてしまっていたのだった。

「言い訳があるなら聞こうか、なまえ?」
「すっかり忘れてましたごめんなさい!!」

分かりきっていたことだけど、誕生日メールをあんなに楽しみにしていた赤司がこの程度の謝罪で許してくれるはずがない。ごめんで済むなら警察はいらないとピシャリと返された。
赤司の背後には警察よりもっと大きな組織が付いてそうだけど。あれ、私これから先どうなっちゃうんだろう。日本から追い出されたりとか臓器を売り払われたりとか馬車馬のように働かされたりとか、

「ど…どうしたら許してもらえますか……?」

このままだと私の人権がなかったことにされかねない。今から言い渡されるであろう処遇に怯えながら赤司を見上げる。先程まで不機嫌そうな顔をしていた赤司は、私の怯えた顔を見たからか幾分か機嫌が良くなっているように思えた。

「そうだな……。来年も再来年も、これから先ずっと僕の誕生日を祝ってくれるなら許してやらなくもない」
「なーんだそんなこと!全然大丈夫だよ!」

赤司様も人の子だった。こんなに慈悲深い人だったなんて……!鬼とか悪魔とか思っててごめんね!!
何とかこれからも普通の暮らしができそうだ。小躍りしそうになりながらそう思っていたのに。

「もちろんメールや電話なんかじゃダメだよ。なまえが僕の元まで直接言いに来るんだ」
「はっ!?」
「出来ないと言うなら…そうだな……」
「いえ、喜んでお伺い致します!!」

私たちは"それなりに仲のいい友人"だったはずだ。付き合っているとか親友とかならいざ知らず、ただの友人が遠く離れた地に住む友人の誕生日を祝うためだけに出向かなければならないのは可笑しくないか?そうは思ってもチキンな私にそのことを口にする勇気なんてなくて。

こんなのは序の口で、これから先あれよあれよいう間にただの友人から彼女へと格上げされていくのだけれど。このときの私にそこまで予知できるはずがなく、それは赤司だけが知る私の未来なのである。

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