タイトル : 未定
米屋との模擬戦でこてんぱんにやられた後。身支度を整えてブースから出ようとすると、出水からラインがきた。
『辻がいるからトリオン体で出てきた方がいいかも』
出水のラインに了解、とスタンプを押して、言われた通りトリガーを起動した。
ブースから出ると出水が言っていた通り辻くんがいた。私を見るなり目元を緩め、おつかれ、と微笑む。
「見事にやられたね」
「やだなあ、いつから見てたの?」
「途中からだけど。みょうじ、最後の方投げやりすぎだよ。もっと集中してたらあと一本くらい取れたんじゃないかな」
辻くんに指摘されて顔を歪める。集中力が続かないのはいつものことだ。分かってるよ、と言いながら、出来るだけ粗野っぽく見えるようにベンチに腰を下ろした。
「飲み物買ってこようか。何がいい?」
「コーラ。……あ、今財布持ってないや」
「いいよ、俺の奢り。代わりにあとで俺とも模擬戦してくれる?」
「うん」
辻くんがこちらに背を向けて自販機へと向かったのを見送りつつ、スクリーンに映し出された映像を眺める。今は米屋と出水が模擬戦の真っ最中だ。ぼんやりと画面を見上げていると、後ろから誰かに肩を叩かれる。振り返るとにっこり笑った犬飼先輩が私を見下ろしていた。
「……お疲れ様です」
「うん、おつかれー。みょうじちゃん今日も見事な絶壁だねえ。やっぱりトリガーの設定弄ってるでしょ」
「弄ってないです自前です」
ふぅん、と楽しげな相槌を返す犬飼先輩から顔を背ける。この人はいつもこんな調子だ。辻くんの前でこのネタで弄られたらどうしようといつも思うけどその辺は弁えているようで、このセクハラのような発言は未だに二人きりのときしか言われたことはない。
「髪の毛の設定弄ってるんだしそっちの方も弄ったら?これじゃあ辻ちゃんじゃなくたって勘違いしちゃうでしょ」
「……ああ二宮さんとか?」
「えっ、二宮さんもなの?」
「こないだ生身でお会いしたとき双子か?って言われたので。もちろん訂正しましたけど」
犬飼先輩が吹き出した。ケラケラとお腹を抱えて笑いながら私の隣に当たり前のように腰掛ける。
「で?辻ちゃんの勘違いは訂正しないの?」
犬飼先輩がニヤニヤと笑いながらそう言った。分かっているくせに。ある意味セクハラ発言よりたちが悪い。
「……気が向いたら」
生身のときより何十センチも短い毛先を摘まむ。少し引っ張っただけで摘まんだ毛先はするりと落ちた。
もしも辻くんが、私が自分の苦手な女子だと知ってしまったら。今みたいに普通におしゃべりしたり模擬戦したり、出来なくなるんだろうな。せっかく仲良くなったのに、他の女子みたいに避けられるようになるんだろうな。
そう思うと寂しくて、私はまだもう少し、他の女の子とは違うというこの生ぬるい優越感に浸っていたくなる。辻くんを騙していることへの罪悪感には気付かないフリをしながら。
***
長い髪は戦闘のとき邪魔だからってトリガーの設定を弄ってベリーショートにしたら、絶壁なせいで辻に男の子と勘違いされている話。