タイトル : 君の運命にはなれない
同じ委員会に所属する一つ年下のみょうじは華奢で可愛くて、典型的な女の子らしさを持っていた。弟を下僕だとしか思っていなさそうなうちの野蛮な姉とは大違いだ。あ、この子好きだわ。そう思うのに時間はかからなかった。
脈はあると思う。だってこないだの委員会で当番の二人組を決めるとき、出水先輩と組みたいから変わってもらっちゃいましたとか言われたし。これ絶対脈あるよな！？って槍バカに聞いたら、告れば？とGOサインをもらった。
委員会の当番で顔を合わせるときに告白しようかと思ったが当番はまだ二週間も先の話だ。善は急げとも言うし思い立ったが吉日とも言う。その日本部に寄らずまっすぐ家に帰った俺は、姉貴から可愛らしい便箋を分けてもらった。
『みょうじへ
いきなりこんな手紙書いてごめん。
みょうじのことが好きです。よかったら返事を聞かせてください。
放課後、中庭で待ってます。
出水公平』
翌朝、誰にも見られないうちにみょうじの靴箱に手紙を忍ばせようといつもよりずっと早い時間に家を出たが、ここで一つとんでもないことに気付いた。みょうじのクラスは知ってるけど、出席番号とか知らないし。どれがみょうじの靴箱かなんて分かるはずがない。困った。
「出水先輩？何してるんすか、ここ一年の靴箱っすよ」
「げっ、京介！」
嫌なやつに見つかってしまった。みょうじにラブレターを書いてきたなんて知られたら絶対バカにされる。何でもねーよ！と慌てて手紙を後ろに隠したが、目敏い京介にはすぐに「ラブレターですか？」と指摘された。
「ちがっ……ちげーし！」
「あれ、違うんすか？てっきりラブレターを書いてきたはいいけどどの靴箱に入れればいいのか分からなくて困っているのかと」
「すみません京介さまみょうじの靴箱がどれか教えてください」
「みょうじっすか？みょうじは……ええと、たしかこれっすね」
てっきりバカにしてくると思った京介は案外普通で、あっさりとみょうじの靴箱を教えてくれた。念のため上履きを確認するとたしかに「みょうじ」と書いてある。間違いない。
俺はみょうじの靴箱にラブレターを滑り込ませた。どうか色好いお返事が聞けますように。
「お、お待たせしました、出水先輩……！」
放課後。俺の前に現れたのは知らない女子だった。彼女の手に握られているのはたしかに、俺が今朝みょうじの靴箱に滑り込ませたラブレターだ。
「わ、私もずっと出水先輩のことかっこいいなって思ってて……。私でよければ、よろしくお願いします」
呆ける俺のことなど露知らず。名前も顔も、存在すら知らなかった女子が深々と頭を下げる。なんだこれ。どうしてこうなった。
「えっと……あのさ、言いにくいんだけど」
言いかけて口をつぐんだ。俺の言葉に顔を上げたみょうじは不安そうに俺を見つめている。
ごめん、俺が本当にラブレターを渡したかったのはあんたじゃないんだ。なんて、言えるはずがなかった。
「……お、おれさ！ボーダー隊員だから結構忙しくて、それで……ほら、何て言うか。デートとか出来ないかも、なんだけど」
違う、そうじゃない。そういうことが言いたいんじゃない。だけどどうしたらいいか分からない。俺はみょうじの靴箱にラブレターを入れたはずだ。京介が間違えた？京介がわざと違う靴箱を教えた？そんなはずはない。だって入れる前に上履きを確認した。たしかにみょうじと書いてあった。それじゃあこれは一体、
「私たちを守ってくださってるのに文句は言いません……！防衛任務、頑張ってください！」
本当にラブレターを渡したかったみょうじみたいに華奢なわけでも可愛らしいわけでもなく、どこにでもいそうな平凡な女子だったけど、この子普通にいい子じゃん。そう思うと、先ほどまでどうしようどうしようとぐるぐる考えていたことがどこかに吹っ飛んで、ただ今は罪悪感で死んでしまいそうだった。
「え、ええと、あの」
「みょうじー！」
どうにかして弁解しようとした俺に被せるように、頭上から佐鳥の声が降ってくる。反射的に顔を上げると、佐鳥とトッキーと京介が、二階の窓から顔を出していた。佐鳥がぶんぶんとこちらに大きく手を振っている。
「俺たちもう帰るけど、みょうじはどうするー？」
「先に帰っててー！」
みょうじと呼ばれたその女子は、佐鳥に向かってそう叫んだ。みょうじ。みょうじ？
「……みょうじ？」
「はい？」
試しに呼んでみると、佐鳥たちに手を振っていたみょうじが振り返る。ああなるほど、そういうことか。
彼女の名前はみょうじなまえ。あのクラスにはみょうじという名字が二人いたのだと、俺はこのとき初めて知った。
***
ラブレターの送り先を間違えた出水が訂正出来ずにそのまま付き合うことになる話。主人公は烏丸たちと同じクラスで佐鳥とも仲良しです。