×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

  二宮と元射手のエンジニア

タイトル : 身を尽くし





努力は報われると信じていた。
頑張って頑張ってがんばって。たくさん頑張ったけど、元から持っていたセンスや才能は努力なんかじゃ補えなかった。

二宮は私が持っていないものを全部持っていた。上層部にも一目置かれるほどのトリオン量、頭の回転や飲み込みの早さ。
二宮は射手としてのセンスも要領も良かった。私が何カ月もかけて身に付けたものを、あいつはたった数日で習得した。新人の腕試しにと東さんから提案された二宮との模擬戦は、2対8というボロ負けに終わった。あちゃー、みたいな顔をした東さんと、二宮から向けられた冷めたような視線は今でも脳裏にこびりついている。

私は射手をやめた。報われないと分かっている努力は、頑張っても続けられなかった。



***



トリガーのメンテナンスをしてほしいと頻繁に私の元を訪れるのは、大体が太刀川や米屋のように風呂に水没させただの寝惚けて踏んだだの、トリガーの扱いが雑な隊員たちである。ちょっとやそっとの衝撃では壊れない作りになっているから心配はいらないけど、私自身トリガーを弄るのは好きだし、彼らもメンテナンスを口実に開発室に入り浸りたいだけなのだ。美味しいお菓子もお茶もあるし、口煩い師匠や隊長から避難するにはもってこいの場所だろう。
今日のお客様は最近トリガーの調子が悪い気がすると訴える犬飼だった。犬飼も結構頻繁にメンテナンスにやって来る。と言ってもこの男、ただ私の元に駄弁りに来る口実が欲しいだけで、実際にトリガーの調子が悪かったことは一度もない。

「ね、みょうじさんはどう思います?」

犬飼が私に意見を求めたのは、つい最近攻撃手から狙撃手にポジションを変更した荒船についてだった。荒船が攻撃手から狙撃手にポジションを変更したのは村上に負けたからだという噂が狙撃手の間でまことしやかに囁かれているそうだ。狙撃手界隈の噂話であっても社交的で顔が広い犬飼にはポジションの壁なんてあってないようなものなのかもしれない。

「どうだろうね。本人に聞いてみたら?」
「えー、無理ですよそんなの。さすがにデリカシー無さすぎでしょ」
「へえ、デリカシーなんて言葉知ってたの」
「ひっどい!俺を何だと思ってるんですかみょうじさん!」

ごめんごめんと笑いながら、解体してしまったトリガーを再び組み立てていく。正直荒船の話は他人事には思えなくて、どう思うかと聞かれても、返答に困る。

「ずっと攻撃手としてやってきたのに、後から始めたやつに負けたからってやめるかなあ」
「それはその人次第でしょ」

誰だって負けるのは悔しい。それが自分より経験の浅い相手だろうと、うんと強い相手だろうと。敗北というのは今まで自分の積み上げてきたもの全部が無駄だったように思えて、悔しくて辛くて、苦しくなるのだ。

「……ここにいたのか、犬飼」

不意に背後から聞こえた、今一番聞きたくない声に肩が跳ねた。振り返る気にはなれず、ただただ手元の作業に集中しているフリをする。

「もうすぐ任務開始の時間だ。時間を見て行動しろといつも言っているだろう」
「すみませーん」

二宮にそんな態度を取ることができるなんて貴重な存在だ。悪びれた様子のない犬飼に感心しながら最後のネジを締め終えた。

「ほら、出来たよ」
「さすがみょうじさん!ありがとうございまーす」
「調子が悪そうならまた持ってきていいからね。任務頑張って」

後ろに立つ二宮のことはわざと無視して散らかしていた工具を片付ける。荒船の話を聞いた直後だし今は二宮と話す気にはなれない。だけど天然と言うか人の気持ちがイマイチ分かっていないと言うべきか、私の中に燻る黒い感情に未だに気付かない二宮は、なまえさん、と私を呼んだ。だから名前で呼ぶなって何度も言ってるだろ。舌打ちしたくなるのをぐっと堪えて、何?と素っ気なく返した。

「昨日、出水と模擬戦をしたというのは本当ですか」
「昨日?ああ、出水がどうしてもってうるさかったから」
「俺の誘いは断るのに、どうして出水と」

思わず、はあ?と言ってしまった。あまりの態度の悪さに犬飼が心配そうな顔をしているが、今更取り繕うことはできない。バン!と工具入れの蓋を閉めて二宮を振り返った。

「何で私があんたと、」

そう言い掛けて、やめた。何年も前の話を蒸し返そうとするのは私の悪い癖だ。未練がましいにもほどがある。一つ息を吐いて、口をついて出そうになった言葉を頭の隅に押しやった。

「そろそろ時間じゃないの?」

無理矢理話題を切り替えれば、空気を読んだ犬飼がわざとらしく声をあげて「そうだそうだ、早く行きましょう」と二宮を急かしてくれた。さすが犬飼、出来る男だ。今度ジュースでも買ってやろう。

「なまえさん」

犬飼に背を押されながら二宮が振り返る。

「今度俺ともお願いします」

二宮はいつもそうだ。私が射手をやめたのはもう何年も前の話なのに、未だにこうやって自分と模擬戦をしてほしいと言ってくる。いつだったか「なまえさんはどうして射手をやめたんですか」と言われたときは、怒りを通り越して泣いてしまいそうになった。

私が射手をやめたのはおまえのせいだと。そう言ってやれば、あいつはどんな顔をするのだろう。



***
出来のいい後輩にコンプレックスを抱いて射手をやめた主人公と、何も知らない二宮の話。主人公は21歳です。