※遊び人×真面目くん



クラス一の秀才。
いや、学年一だったかもしれない。
とにかく、勉強がよくできるやつ。
教師からは気にいられているし、学級委員長まで務めている。
まるで絵に描いたような優等生。
その彼が、怪しげなホテルに男と二人で入っていくところみたのは、先週の土曜日のことだった。



(あれはぜったい委員長だったよなあ)
委員長こと、吉乃知哉くんとおれは特に親しいわけでも何でもなかった。
というか、どちらかといえば遠ざけられているぐらいだ。キャラが違いすぎて。授業中に騒いで注意されるようなグループに紛れているものだから、よく横目で睨まれることもある。
おれの連れは皆、吉乃のことをクソマジメガネとかそんなひどいあだ名で呼んだりしている。まあ、確かに細かいことをちくちくとうるさく言ってくるので、うぜえなと思うときも多々。
不真面目なやつがとくに多いこのクラスで、吉乃は少し浮いていた。だから、彼はいつも一人でいた。

「おい、都田ーおまえ今日合コンだかんなー」
教室内に響き渡りそうな声でおれに言う。合コンか。なんかめんどくせえな。
「あーまた?」
「またって!何だよ乗り気じゃねえじゃん」

最近付き合いわりーぜ、とおれの取り巻きが口々に言った。合コンではろくな女に出くわさない。大概が一夜限りのお付き合いで終わり。彼女なら途切れなくいたが、果たしてそれも「彼女」なんて呼べる存在なのかどうか。いままで本気で人を好きになったことは一度だってなかった。
こんな乱れた生活いつまでも続けられないな、と自分らしくないことを思いながらラブホテルを出たところで、彼を目撃した。
おれが泊まっていたところから離れた別のホテルへ、吉乃は何だか金持ってそうな男(推定50代)と消えていった。
こんな場所一番毛嫌いしてそうな、ありえない人物を目撃してしまい、おれはしばらく呆然と立ち尽くしていた。

吉乃がホテル?
しかも、男と。
これはとんだスクープじゃないか。

そして、今日。
彼はいつも通り、自分の席に座り、何やら難しそうな本を広げている。いったいあれは何だったんだ。
(見間違い、なんてことねえよな)
おれとしたことが、あっけにとられて証拠を残すのを忘れてしまった。写メでも撮っとけばよかった。だが、あれは間違いなく委員長だった。
「ありえねえ……」
「あ?何が?」
吉乃の背中に視線を送りながら、呟いていた。隣でだれかが反応したが、無視した。その日一日、おれはずっと吉乃の様子を伺っていた。

(あんな真面目そうな顔して、やることやってんのか)
それも男とだなんて。
クラスのやつから無理やり連れてこられた合コンの最中も、ずっとうわの空だった。「ねえ、なんか歌ってよー」といかにもぶりっ子そうな声の女に言われたが、これも無視した。



あの目撃事件から三日。
吉乃は相変わらずだった。勉強をそつなくこなし、教師に当てられた問題に何の迷いもなくすらすらと答えていた。おれもおれで、すぐに言いふらしてやろうと思ったが未だ実行には至っていなかった。「実はあいつ、ホモらしいぜ」なんて言ってやれば、彼はたちまちいじめの標的になりそうだ。いや、確実になる。ただでさえ、十分嫌われているというのに。それはそれで面白いかもしれないが、おれはこの秘密を一人占めしている状況を思いのほか楽しんでいた。
この三日、吉乃に気付かれないように、じっくりとその様子を観察し続けて気付いたことがある。
吉乃は、意外と整った顔してる。



両手首に怪しい痣を見つけたのは、次の日の体育のときだった。
長袖のジャージを着ていた吉乃が、バスケットボールを高く上に弾いたところをたまたま見ていたら、その痣が目に入った。これまたスクープだ。吉乃はどうやら、拘束プレイがお好みらしい。
この秘密を一人占めするのもいいが、そろそろだれかと共有したくなってきた。だれに言おうかと考えるまでもなく、行動に移していた。

「委員長ーちょっとお話しがあるんだけど、」

放課後。教室から出て行こうとしていた吉乃を呼び止めた。何、と心底面倒くさそうな声が返ってくる。
今日も変わらずクラスのやつに、どこかに連れまわされそうになったが、どうにか全部断った。

「だれもいないところがいいな。あ、体育館裏とかどう?」
「……」

いかにも定番な場所を提案すると、目の前の彼がわかりやすく、顔をしかめた。

「ふざけてんなら帰るから」

おれの前をすっと通り過ぎる。

「待てって。まじで大事な話しなんだって。な?ちょっと来て」
「お、おい…っ!」

吉乃の腕を振りほどかれないぐらいの強さで掴むと、半ば強引に彼を教室から連れ出した。教室に残っていたクラスメイトたちが「都田が委員長いじめてんぞー」と、茶化していた。

「……何なんだよ」
「何だと思う?」

体育館裏にやってきた。ここならだれにも邪魔されない。
おれを睨みつける吉乃に、にこにこと笑顔を作って質問に質問で返す。楽しくて仕方なかった。こんなに気分が高揚するのは久々だ。
「試験前なんだ。早く帰りたいんだけど」
「まあ、そう言わずにさ。委員長、ちょっと袖捲ってみて?」

小首をかしげてお願いすると、吉乃が一瞬、「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした。無表情なやつだと思っていたが、意外と顔に出やすいようだ。

「意味がわからない。人のこと、からかうのも大概にしてくれ」

やっぱり帰る、とおれが連れてきた道を引き返そうと後ろを向いた。

「おまえ、先週の土曜日どこにいた」
「!」

後ろ姿に少々大きめの声で問う。
歩き出していた足がぴたっと止まった。あまりにもわかりやすい反応に、おれはますます気持ちが昂ぶってくる。

「おれもその日たまたまあの辺で泊まっててさあ。結構いいホテル多いよな、安いし」

学生にはぴったりだと言いながら、吉乃に近付く。後ろから華奢な肩に腕を回して耳元で呟くように、こっそりと言った。

「あのオジサンと何してたの?委員長」
「…っ、っ!」

眼鏡の奥の瞳に、動揺がみえた。
やばい。これは結構いける。

「まさかあの真面目な委員長が、ラブホでオジサンと密会だなんてなあ。おれびっくりしすぎて倒れちゃいそうだったよー」

あはは、と笑ってみせる。
吉乃は表情をなくして、固まっていた。見間違いかと疑ったがどうやらこの反応を見ていると、やはり本人だったようだ。
「なあ、さっきからだんまりじゃん。何かしゃべってよ」
「…っ、離せ…!」
やっと口を開いたかと思えば、そんな言葉だった。
「だから何してたかちゃんと話してくれたら帰してやるって」
「何でそんなこと…っ」
「言わないなら、みんなにバラすよ。吉乃委員長は実は男好きでした〜って」
「な、っ…っ」

吉乃が焦った顔でおれを見た。
いっつも人を見下したような顔して、冷静気取ってるこいつが、柄にもなく取り乱している。こんな顔するのか。面白い。

「そんな、人に言えないようなことしてたの?委員長ってばやらしいなあ」
「……、…」
「見えちゃったんだよなーさっきの体育んとき。あのオジサンに縛られたの?その手首の痣」

吉乃は下を向いたまま何も言わない。覗き込んでみたら、焦るどころか今度はいまにも泣きそうに顔を歪ませていた。しかも、さっきから身体が震えている。なんか可愛いかもとか思ってしまった。おれは大体にして鬼畜なやつだ。

「……吉乃くーん」
「……」
「あれ?泣いちゃった?」
「…っ」

かろうじて涙は出ていなかったが、もう一言でもとどめをさせば、泣き出しそうな雰囲気だった。こんなに簡単に取り乱してくれるとは予想外だった。

「試験前かーそうか、そういえばそうだったな。でもまあ一日ぐらい勉強しなくてもいいよな。吉乃くんは頭良いんだしさ」
「……」

とりあえずおれの家に行こうか、と小声で囁く。彼の瞳が不安げに揺れた。



「い、いやだっ…!」

家に連れてくるやいなやベッドに押し倒した。制服のボタンに手をかけたところで、吉乃は声をあげた。

「まあまあ。あのオジサンにやられてると思って」
「どけよっ、帰る…っ」
「ていうか、あれ、どういう関係なの?付き合ってるとかないよな」

年離れすぎだよなーと笑いながらも手は止めなかった。さっきから会話がひとつもかみ合わない。ボタンをはずす時間がうっとうしくなって「めんどくさいから破っていい?」と聞いたら、ついに泣き出してしまった。
「…っ、…ふ、」
「ちょっと吉乃くーん、泣かないでよ」

まだ何もしてないのに。

「な、んで、こんな…」

僕が何したっていうんだよ、と蚊の鳴くような声で言った。

「だって委員長が悪いんじゃん。おれの質問にちゃんと答えないから」
「っ、……」
「なあ、いっつもどんなことしてんの?何なら縛ってやろうか?」

ちょうど制服のネクタイがあるよ、と言って自分のつけていたネクタイを引き抜く。吉乃はただ涙を流して黙っていた。

「や、っあ!やめ…っ、やめて…!」
「やめてって。何それ超かわいー」

下着を脱がし、全裸にした。
肌が白い。それに、見た目以上に細い。両足を割り開く。おれの肩にのせて恥ずかしい部分を丸見えにしてやった。
すでに硬く立ち上がったおれのものを、すぼまった場所に押し当てると吉乃はひゅっ、と喉を鳴らした。

「や、…やだっ、!やめて、ほんとに…いやだ…っ」
「そんなこと言われてもなあ。おれももうこんなだし、」

ちょっと我慢して、と言って無理やり中に入ろうと足を抱えこむ。吉乃は身体を震わせながら、ぐすぐすと子どもみたいに泣き出した。
「う、ぅう、ぁ…やだ、やだ…っ」
「……」
(あー、うるせえなあ)

泣き顔を見下ろしながら、そんなひどいことを思っていた。最中に嫌だ嫌だと本気で泣き出すなんて、おれが今までやってきたやつの中で初めてだ。でも、嫌がられて当然といえば当然だった。だって、これは間違いなく強姦だ。

「うぅ、う…っふ、ぅえ」
「……。あーもう、わかった。もうやめるから泣くなって」

いい加減うざくなってきて、気持ちが萎えてしまった。持ち上げていた足を降ろす。吉乃は裸のままおれのベッドの上で縮こまって、さらに泣いた。

「…っ、っ…ぅ…」
「吉乃くんいつまで泣くんですかー」

おれはとっくに服を整えてベッドから出ていた。
このまま家から放り出してやろうかと本気で考えたが、いつまでも泣いている吉乃が少し哀れにも思えて、やめた。
「おまえさあ……ほんとにあのオッサンとなにしてたの?」
真面目な顔して実はとんでもない淫乱でした、という展開を期待して、犯してやったらどんな反応するのか見てみたくなり家に連れてきた。なのに、結果が大泣きされて中断だなんて。そりゃあ気持ちも萎える。
「…、てない……」
「は?」
「な、なにもっ…してない……」

ラブホに入って何もしてないだと?
なんだそれ。じゃあ何で。

「じゃあ何であんなとこいたんだよ?」
「……っ、う…」

吉乃は観念したように、嗚咽混じりの声で話し始めた。
どうやら、吉乃は昔から男しか好きになれないことに、人知れず思い悩んでいたらしい。あの辺はゲイバーとかそういった類の店もあるから、勇気を出して自分の悩みを聞いてくれる人を探しに出かけた。
キョロキョロと辺りを見回していたら、例のあのオッサンに声をかけられ、優しく「あそこで一緒に話そう」と言われてついていってしまったようだ。話す気なんて最初からなかった変態オヤジは、若い吉乃を前にしていやらしい視線を送り続けた。が、純粋な吉乃はそれに気付くことはなかった。あっという間に両手が縛られていて、気付いたら下半身をむき出しにされていたとか。それから、今日みたいにまた大泣きしたらオヤジは吉乃の様子にビビって解放してくれて、ことなきを得た……という展開。

「なあ、……吉乃くん、『警戒する』って言葉知ってる?」
「う、うるさい…っ」

頭が良くて、秀才と呼ばれている委員長がこんなに無防備で危ないやつだったなんて。

「そんなんじゃ、またいつ襲われるかわかんねえな。まあとりあえず」

しばらく、おれのものになっておいたら?

吉乃は驚いた表情のあと、顔を真っ赤に染めた。

end


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