「…、……き、ゆき、友紀!」
「っ、あっ、あ…え?」

「何ぼうっとしてんだよ」と笑われた。
さっき届いたメールの内容が怖くて、そればかりに気をとられてしまった。
いまは、隼人の家でふたりきり。
あの、隼人のともだちはいま、ここにはいない。

「友紀、おまえ最近なんかずっとうわの空だなあ。具合でも悪い?」
「え、…う、ううん、平気だよ」
「ほんとか?」
「っ、」

隼人がテーブル越しにぼくの顔を覗き込む。慌てて頷く。
握り締めた手の震えには、ぜったい気づかれちゃいけない。
隼人に知られたら、ぼくはもうおしまいだ。

「何かあったら、おれにすぐに言えよ」
「……うん、わかってるよ」

「じゃあ続きな、」と隼人がペンを片手に教科書を開く。
授業についていけないぼくを見兼ねて、隼人はこうしてたびたびぼくの先生役になる。

だけど、せっかく教えてもらったことが、ひとつも頭に入ってこなかった。


『昨日のユキのイキ顔さあ、佐原に送っていい?絶対喜ぶと思うんだよね。どう?』

撮られた写真はいつのまにか現像されて、あのひとの家で保管されている。
やめてって何度も言ったけど、隼人のともだちはいつも笑って「やめるわけねえじゃん」とはぐらかすだけだった。

隼人はぼく以外のひとにもやさしいから、友達もたくさんいる。
初めてあのひとをみたとき、いつもと違う感じがした。上手く言いあらわせないような、気持ちが。
ぼくは隼人に「あのひとと会うのもう嫌だ」と一度言ってみたことがある。
隼人は「そんなこと言うな」と、笑ってぼくを宥めた。

「やさしくて良いやつだよ」と言った。
「おれらのことを話しても軽蔑しなかった」って。
ほんとうはぼくは、隼人とのこと、ふたりだけの秘密にしておきたかった。でも、あのひとは、隼人の一番のともだち。「おまえの次に大事だ」って言ってた。だから話したんだって。


(でも、なんで、なんで?)

どうしてぼくには、あのひとが「やさしくて良いやつ」に見えないんだろう。
ぼくが変なのかな。ぼくが、勘違いしてるだけなのかな。

勉強が手につかない。隼人に気づかれたくなくて振動を消した携帯電話は、いつまでもずっと光り続けてる。こわい。こわかった。

「は、隼人……」
「ん、どうした?」
「……やっぱり…ちょっと調子、悪いから…また明日、来ていい?」

ちゃんと目をみて言えなかった。
「大丈夫か?」と大げさに心配する隼人に、無理やり笑顔を作ってみせる。
家まで送ると言ってくれたけど、断るしかなかった。ほんとうはずっと、隼人とだけ一緒にいたいはずなのに。
ぼくは、隼人に嘘ばかりついている。

玄関を出ようとしたとき、隼人にキスされた。
驚いて、突き放してしまった。隼人が不思議そうな顔をしたあと「ごめんな」と謝った。

悪いのは、ぜんぶぼくのほうなのに。




「遅いよ、もうちょっとであの写メ送りつけるとこだった」

もしかしたら、いまは隼人よりぼくの方がこの家によく来ているかもしれない。
すぐに開いたドアの先に、あのひとが立っていた。
ぼくのことを「ユキ」と呼ぶ、あのひとが。

「……、ご、めんなさい…」
「はは、うそうそ。ほら入りなよ」
「……」

腕を掴まれて、部屋へと招かれる。
ここに来て、されることはたったひとつだった。

「さっきまで、佐原といた?」
「…っ、な、なんで……」
「んー?いや、なんとなく。メール、すぐ返ってこなかったし」


メールの返信は3分以内。
電話は、5コールまでに出る。

できなかったら、いままでのことを、写真つきで隼人に話すと脅された。
こんな約束、隼人とすらしたことない。
それに、まだ……

「……なあ、ヤッてねえよな」
「…っ、」

いつも通りに服を脱がされて、ぼくひとりが裸になった。
ひどく高圧的な声がする。答えられずに、顔を背けてベッドに押しつけた。

「おい、」
「っ、!」

このひとの前で拒否することは許されない。強い力で肩を掴まれる。目の前に、こわいひとがいる。目を合わせたくないのに、こわい顔で見つめられて動けなくなってしまった。

「あいつと何もしてねえのかって」
「……、…」
「さっさと答えろよ」
「っ、…し、……してない…なにも…」

泣いても無駄なのはわかっていても、涙は枯れてくれなかった。

ぼくが初めて身体を繋げた相手。
それは、隼人じゃない。
恋人なのに、ちゃんと好きで付き合ってるのに。ぼくは、隼人以外のひとと初めて繋がってしまった。

「……なら、よかった。相変わらず良い子だねえ、ユキは」
「…っう、っ…」

先ほどまでの低い声が嘘みたいだった。不気味なほどやさしい手つきで、頭を撫でられた。
この笑顔と、残酷な言いつけでぼくを縛りつける。
このひとに従えば、隼人から嫌われなくて済む。だからぼくが我慢しなきゃ。
これは、ぼくが、だいすきな隼人と一緒にいるための代償だ。

そう、だいすきな隼人と。

「ほらユキ、舐めて。おれのコレ、だいすきだもんな?」
「……っ、」
唇にあたりそうな距離に、勃起した性器が差し出される。恐る恐る舌をだし、命令に従う。大きくて、硬くて、熱い。
ぼくはまだ、このひとのものしか知らない。
「ん、んぐ、う…っん、」
「っ、あー、いいよ、ユキ」
頭を押さえつけられると、喉の奥まで性器が入り込む。吐き気に耐えながら、舌を這わせる。吸って、舐めて、咥え込んで。ぜんぶこのひとに教わった。
激しく頭を揺らされたあと、口のなかに広がる、精液。満足した様子のあのひとが、口から出ていく。
吐きださずに、すべてを飲み干した。

「…っ、ぅ…ん、っ、…は、…」
「ちゃんと全部飲めたんだ。えらいえらい」
「…、は、……あ、ん…んぅ、」

必死で呼吸を整えようと思ったところで、唇を塞がれる。硬い性器のつぎは、熱くぬめった舌がくる。
もう慣れたことだった。
深いキスや、口でするのも挿入されるのも。繋がる回数と同じだけ、ぼくの心がすり減っていく。

隼人への「だいすき」の気持ちが削り取られてしまう。

「……ん、っん、はぁ、あ…」
「……ったく、やらしい顔しちゃって」
「っ、…」
「おまえ、もう佐原の前でそんな顔すんなよ」
「……、」

(どうして?)

それは口には出せなかった。
いつもの場所に、いつもの性器が押し入ってきて、身体が硬直する。圧迫感に息がしづらくなる。
でも、ぼくはもう知ってしまった。
痛いのも、苦しいのも最初だけだってこと。

「ん、ぁっ!あ、っ、…ぅうっ、う…」

容赦のない動きに、身体が揺れる。
頭のなかがふわふわする。
いまぼくを組み敷くこのひとは、恋人でも友達でもない。
隼人が、ぼくのつぎに大切だと言ったひと。「だから友紀も宮藤と友達になれるよ」とぼくに言った。
ぼくは友達なんていらない。
隼人だけでよかった。隼人さえ隣にいてくれるならそれでいいと思った。

ほんとうに、ずっとそう思ってきたんだ。


「あっ、ぁ、ん…っ、あ!く、くど、うく、…」
「光って呼べよ…っ、」
「う、…っ、ぅう、あ、あっ!」

(隼人、はやと……)

「や、ぁあっ!あ、…ひ、ひか、る……っ、」

違う名前を口にした瞬間。
ぼくのなかの、なにかが弾け飛んでしまった。

いま目の前にいる、隼人じゃない、このひとのことでいっぱいになる。
身体が、心がおかしくなっていく。
激しく打ちつけられる熱にもう恐怖は感じない。だいすきな隼人とすら、したことのないことばかりして、すべてを受け入れて。
ぼくは「いけないこと」に気がついてしまった。


(そうだ、ぼくはずっと……)

ずっと、こうしてだれかと深く繋がってみたかった。


「…ひっ、かる、光、あっ、あ、あぁあ!」
「…ユキ、っ…」

覚えたばかりの名前を何度も繰り返す。
身体の奥深くに、熱い飛沫を感じて、意識が遠のくさなか、ぼんやりと思った。


もう、もどれないかもしれない。



「……なあ、ユキ。今度は、佐原にも見てもらおうか。おれたちの繋がるところ」

きっとユキも、もっといっぱい気持ち良くなれるよ。


「……うん、」

ああ、ぼくはいったいだれを好きになって、だれを愛していたんだっけ。


end




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