自分のことはあまり好きではない。

人より飛び抜けてできる何かがあるわけでもないし、自分に誇りを持てることだってひとつもない。
見た目を褒められることもなければ、その存在価値を見出してもらうことなんてなかった。いままで一度も。
可もなく不可もない人生。
いや、どちらかといえば不可のほうが多いかもしれない。それは、べつにどうでもいい。
おれに、もっと自信の持てる何かがあって、周りから認められたりすることがあれば、人生はもっときらきらして素晴らしいものになるのかもしれない。
「……はあーあ」
ありもしないことを考えるたびに、気持ちは萎えていく。
今日もつまらない教師の授業を適当に聞き流しながら、少し大きめのため息をついた。



転校生がやってきたのは、夏の終わりごろだった。新学期が始まる日。見慣れない生徒が担任教師の隣に立っていた。
「今日から、この学校に転校してきた、鳴瀬くんだ。皆仲良くするように」
鳴瀬、と呼ばれたその転校生は教師に紹介されたあと、小さく会釈した。
やたらと背が高い。あと、ついでに顔。男のおれが見てもわかる。たぶん、女受けのする顔だ。
すでにもう、クラスメイトの女子たちはざわざわとわかりやすく騒ぎ始めていた。
「あそこの席に座りなさい」と教師が指差した先は、偶然にもおれの隣の席だった。手足の長い転校生が歩いてくる。ぼうっと眺めていた。
「……」
「……」
座る直前に目が合った。
よろしくね、と笑ったその顔をおれはいまだに覚えている。





「ねえ、三崎くんはどこに住んでるの?今度おうち遊びに行ってもいい?」
「……」
「あれ?聞いてる?あ、ていうか、それおいしそう。ちょっとちょうだい」
「!あっ、」

せっかく最後まで取っておいたのに。
大好物の唐揚げを奪われて、無視しようと思っていたのに声を上げてしまった。目の前で、やつがしてやったりみたいな顔で笑っている。いらつく顔だ。


隣になったのが、運の尽きだった。
この、身長も態度もでかい転校生は最近、ことあるごとにおれに話しかけてくる。いつも、にこにことうっとうしいぐらいの笑顔で。
転校してきてから数日は、目を輝かせた女子たちに周りを取り囲まれて質問責めにあっていた。毎日、その様子を、隣から見ていた。気になったわけではなく、見えるから仕方ない。
こいつは思いのほか無愛想なやつで、聞いてるのか聞いてないのかわからないことがほとんどだった。話すのが苦手なのかな、となんとなく思っていた。
ところが、女子たちの、鳴瀬への関心が薄れたころ。隣から、妙に視線を感じるようになった。気になって振り向くと、無愛想なはずのやつがおれをみて、笑っていた。

名前を聞かれて、答えた。
下の名前は?と聞くので、しぶしぶ言うと「えっ、かわいいね」とにやにやされた。気持ち悪かった。
あんまり近づきたくなくて、できる限り無視していたのに、やつは懲りなかった。それどころか状況は悪化する一方。最近じゃ、昼飯を一緒に食べることまで強要されている。
こんな不気味なやつと食うぐらいなら、いままでみたいにひとりで食べてるほうがましだ。心のなかで思いながら、残りの弁当を取られないうちに完食した。


「三崎くーん、一緒に帰ろうよ」
「……いやだ」
「ええ、なんで?」
「……」

明確な理由なんてない。
あえて言うならおまえがちょっと気持ち悪いから。そんなことは言えない。言う度胸もない。自分のそういうところも好きじゃない。


「……」
「三崎くん、歩くの早いよー」
「……っ」
後ろからついてくる鳴瀬。
急ぎ足で階段を降りる。靴を履いて、校門を出てからもまだ後ろにいる。のんきに鼻唄が聞こえてきたりする。いい加減怖くなって、振り向いた。
「っ、おい!」
「ん?はは、三崎くんやっとこっち向いた」
「…っ」
(ぐ…っ)
いつもの調子で笑い返されて、押し黙る。何を言おうとしたのか忘れてしまった。
こいつは、顔は(悔しいけど)かっこいいのに中身がだめすぎる。いまも、「三崎くんってちっさくてかわいいよね」とまったく見当違いのことを口走ってる。

「あの…っ!もうついて来ないでほしいんだけど!」
言った。言ってやった。
これ以上一緒にいるのは危険な気がしていた。だって、ほぼ毎日、帰り道につきまとわれている。駅に着くまで、特に声をかけてくるわけでもなく、黙っておれの背後をついてくる。ときどきちらっと後ろを振り返ってみると、目が合ってしまう。さすがに怖い。そして気味が悪い。
この男が転校してきてから早数週間。おれのつまらない日常が変えられつつある。それも良くない方向に。
鳴瀬は、一瞬驚いたような顔をして、それからまた、いつもみたいにへらへらと笑った。
「え〜?だめ?」
「…っ、だめとかそういうんじゃなくて!」
「じゃあいいよね?」
「っ!」
「おれ、一緒に帰りたいんだよ。三崎くんと。ていうかさ……おれ三崎くんのこと好きになっちゃった」
「……」

「あ、どうしよう言っちゃった」と顔を赤らめている。もう何をどう突っ込んでいいのかもわからない。ただただ目の前の大きくて気持ちの悪いイケメンが、怖くて仕方なかった。


人から好かれる要素なんて、きっとひとつもないはずだ。
そりゃあいずれはおれだって、恋人ができて結婚とかもしたいなとは思う。でも、それもぼんやりと思っていただけ。まさか、初めて告白された相手が女の子じゃなくて、男で、しかもあんな気持ち悪いやつだなんて。ありえない。ひどすぎる。なぜ、こんなことに。

「……う、うぅ…」

なんとか、ストーカー野郎を振り切って全力で走って家に着いた。
走ったら、もう涼しくなったはずなのに、尋常じゃない汗をかいていた。
早めに風呂に入って、部屋に閉じこもる。なぜかさっきから身体の震えがとまらない。
「なんだ、なんなんだあいつ……」
突然告白してきたかと思ったら、あのあとじりじりと距離を詰められて、道のど真ん中でキスされた。
驚いて、身体を突き放したら、またあいつは笑ってた。「三崎くんのくちびる、やわらかい」とつぶやきながら。どこまでも意味不明で気持ち悪いやつだ。あんな人間、初めてだ。

男にかわいいなんて言われたって嬉しくもなんともない。
よく知りもしない人間のことを好きだなんて。ぜったい冗談に決まってる。
ああやっておれをからかって楽しんでるんだ。きっと。

「う、っ……」

頭では気持ち悪いって、ありえないって、もう危険だから近づかないほうが身のためだって、わかっている。
だけど、さっきの唇の感触とか、「三崎くん」と呼ばれる声の響きとかその他もろもろ。そのどれもが、思い出すと胸の奥の奥あたりが、ぎゅっと鷲掴みされるように苦しくなった。


(まさか、もしかして、これって……)

恋……とかいう、あれかもしれない。
そんなの、ますますありえない。



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