朝、枕元にある携帯電話が鳴る。

毎日同じ人物からの着信で目が覚める。
いまとなっては、完全に目覚まし時計代わりになっている。
眠い目をこすりながら、電話に出れば、「おはよう」と落ち着いた低い声が聞こえてくる。

「さとる、寝てた?」
「うん……」
「いま家の前にいるよ。用意できるまで待ってるから」

適当に返事をして電話を切った。
二階の自室の窓から外を覗くと、そこにいつものようにあいつが手を振っている。

(ほんとに、あいつは早起きだなあ)

あいつは、まさきはおれの、恋人。



おれとまさきは中学のときに知り合って以来、ずっと仲の良い友人だった。
性格はまるで正反対みたいで、周りの人間からはよく「おまえら何でそんなに仲良いんだ?」と不思議がられていた。
同じ高校に進学し、入学してすぐのころだった。
珍しく、まさきの方から電話がかかってきた。もうすぐ寝ようかという時間だったと思う。「いますぐ会いたいんだけど」と電話口で言ったまさきを、おれは心配していた。こんな急に電話をしてきて会いたいだなんて。きっと何かあったに違いない。
焦りながら、自転車を漕いで、まさきの家まで急いだ。

ドアが開いて、出てきたまさきに抱きつかれたその瞬間から、おれたちの関係は一変した。

「すき、好きだよ、さとる。お願いだ、おれだけのものになって」
「……」
耳元で切羽詰まったような、まさきの声がする。
こんな、まさきは知らない。

あのときおれが、全力で拒否していたら、どうなっていたのだろうとときどき考えてみる。
後悔しているわけではない。
だけど、これでよかったのかと聞かれれば、答えはあまりにもぼんやりしていて曖昧だった。



「さとる、じゃあ気をつけてね」
「うん」

教室の前でまさきと別れる。まさきとは違うクラスだった。
「じゃあ」と言ったわりには、いつまでも手を握られたままだった。
「まさき?」
「……ぜったい、だめだよ」
「…なにが」
「おれ以外のひとのこと、好きになったりしたらぜったいだめだからね」
「……」
(またこれか)

毎日毎日、同じ忠告をされ続けていい加減慣れてきてしまった。
まさきがじっとおれを見下ろしてくる。「大丈夫だよ」とおれが笑うと、安心したような表情で自分の教室へと向かった。



まさきと恋人になるまで、おれは、友人も多くわりと交友関係は広かった。
人付き合いは嫌いじゃないし、大勢でわいわいと楽しく過ごすのは魅力的だとも感じていた。もちろん、まさきと過ごす時間も同じぐらい大切だった。

だけど、まさきは違った。
自分だけが特別じゃないと嫌だという。おれがほかのやつと話すのも、つるむのもだめで、目を合わせるなと横暴なことも言われた。
「そんなこと言うなら、おまえとはもう絶交だ」と怒ったら、まさきは次の日から学校に来なくなった。電話しても、メールしてもつながらない。
家に行っても出てきてくれない。
数日後、メールが届いた。やっと連絡が取れたことに安心したのもつかの間。
『さとるにきらわれたらもう生きていけません。さようならさとる。いままでどうもありがとう』
あまりにも不吉な内容のメールに、顔面蒼白となった。慌てて電話したら、まさきが泣いていた。
おれに好きだと言ってからのまさきは、まるで人が変わったみたいだった。



早く、はやくさとるの顔が見たい。
早くそばにいきたいよ。
どうして同じクラスじゃなかったんだろう?
同じ教室にいれば、さとるのこと、ずっと、ずーっと見ていられるのに。
残念だよ。ねえ、さとる。
好きだよ。あいしてる。


「…はあ……」
休み時間になるたびに、携帯電話を見ると毎回数件のメールが届いていた。
どれも同じ人間から。
メールするぐらいなら会いに来ればいいのにと言ったことがある。まさきからは「さとるがほかの人間に囲まれてるところは見たくないから」と理解しがたい答えが返ってきた。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
こうやって、ひそかにクラスメイトと会話しているところでさえ、あいつに見られたら、恐ろしいことになる。
どうにかして、まさきとの関係を断ち切ってしまえばいいのに、おれは何もしなかった。毎日、不自由な生活を強いられても、おとなしく従っている。
まさきのことが好きなのか、そうじゃないのかは自分ですらわからなかった。


「さとる、お疲れさま」
「お疲れ」
ホームルームが終わり、教室を出ると廊下でまさきが待っていた。
「今日も大丈夫だった?だれにも何もされなかった?」
「されないよ」
不必要な心配をされ、苦笑いする。
「よかった……。さとる今日も家来てくれるよね」
「……うん」

「さとるの身体、ちゃんと綺麗にしないとね」とまさきが言う。
今日もまた、なかなか帰らせてもらそうにない。



「っん、ん……」
「は、…さとる、さとるっ」

家に着くやいなや、床に押し倒されて、唇を塞がれた。
余裕のない表情をしたまさきがおれにのしかかる。気がつくと、おれは全裸にされて、足を開いていた。

「あ、う……まさ、き…」
「ああ、さとる、今日もすごくかわいい。大好きだよ、さとる」

うっとりとした声で囁かれながら、身体の一番奥にまさきの熱い塊を受け入れる。初めてのころに比べれば、そこは徐々にまさきの形に変えられつつあった。
「あ、っあ!んん…っ!」
「ねえ、さとる、今日もだれとも話してないよね?」
「ん、んぅっ…あ、ん…」
身体を揺さぶられるなか、こくこくと首を動かして頷く。本当のことは言わない。
「そうだよね、だってさとるの声はおれだけが聞いてればいいんだもんね」
「…っ、ん、あぁっ」
「ああ、かわいい。かわいくてたまらない。ねえ、さとる、どうして学校なんてあるのかなあ」
「ん、んっ、あ……そ、んなの、知らない…っ」
「あんなに人が大勢いるところにさとるを放っておくなんて……おれ毎日不安でたまらないんだよ…」

腰の動きは止まらない。
揺すられるたびに、口からは自分のものじゃないような声ばかりが漏れてしまう。
痛みはなかった。どうせなら痛いほうがいいかもしれないなあ、とぼんやりと思う。こんなに、気持ちいいことばかりされたら、身体も、心までもおかしくなりそうで少しだけ怖くなった。

「ん、さとるっ、今日もちゃんと中に出してあげるから、全部受け取ってね、」
「あ、ぁん!……っ、ま、まさき……」
快感に飲み込まれて、意識がもうろうとする。
目の前のまさきにしがみつくと、「さとる、」と名前を呼ばれ、中に熱い精を放たれた。
「ん…っ」
「は、あぁっはあ……、ん…」
「さとる、あいしてるよ……」

まさきの愛を囁く声も、奥に流れ込む精液も、全部がおれの思考を鈍らせていく。
このまま、おれのすべてはまさきのものになってしまうかのようにさえ思われた。




「さとるをね、だれにも見られない場所に閉じ込めるのがおれの夢なんだ」


身体を動かすのが億劫で、まさきの腕のなかに包まれていた。
まさきがおれの髪をいじりながら、ひとりごとのように呟く。

「……へえ」
「無人島とかどうかなあ。いつか行きたいね。ずっとさとるとふたりっきりでいられるよ。いいなあ」
「おれは嫌だ」
「え、何で!」
「無人島なんて、食べるものもないし、飢え死にして終わりだよ」
おれが言うと、まさきは、少し考えたあと「それでもいいかな」と言った。
「さとるとふたりっきりで、死ねるなら幸せだよ」
「……」


ばかだな。
まさきは、やっぱりばかだ。

「……まさきのばか」
「えっ、ひどいな…」
本気なのに、と少し沈んだ声でまさきが呟いた。
目の前にある身体に腕を回す。
肌と肌が擦れる感触がした。
「さとる?どうしたの」
「……」
身体を動かしすぎたせいで、睡魔が襲ってきた。まぶたが重い。頭を撫でられながら、そっと目を閉じる。


「死んじゃったら、まさきとくっつけない。そんなのおれ、嫌だよ」

おれも、もうずっとむかしから、まさきにくるわされているのかもしれない。

end


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