どうしよう隠しきれない

行き詰ってしまってしまった仕事を忘れたくて、現実逃避に立ち寄ったのは学校の外れに位置する図書館。何故か校舎から分離して建てられそこは、学校のあの独特の喧騒とは無縁の、静かな場所だ。
図書館と校舎をつなぐ唯一の渡り廊下を抜け、一端外に出る。といっても、数歩ほどだ。お情け程度に屋根はあるが、それ以外はまるっきり外に行くのと変わりない、図書館へとつながる道は、だから雨が降ると酷いことになる。雨で流された泥と水溜りでべちゃべちゃになる。かく言う今日も、昨日の夜に振った雨のせいでぬかるみ、あまり状態が良いとは言えなかった。大きな水溜りと泥を踏まないようにひょいひょい避けて(と、いってもそう歩きもしていないが)、図書館のドアを開ける。
日光の辺りにくい場所にわざわざ立てられた図書館は入った瞬間から、ひやりと冷える。何を読もうかと辺りを見渡していると、ふと後ろから肩を叩かれた。そして、一瞬で視界が真っ暗になる。
「だーれだっ!」
そして、そんな楽しそうな声。しかも誰だかわからないようにするためか、わざわざ妙な裏声だ。……誰だか知らないけ、ちょっと気持ち悪い。
一瞬、無理矢理振りほどこうかとも思ったが、ふと、顔を少し上向けた瞬間に、甘い香りを捉えた。甘くて、苦い、バニラのような、香り。
(これは……)
「つーくんっしょ」
答えて、振り返る。すると、やっぱり後ろには少し意外そうな顔をしている、語が居た。
「お、せーかい!なんで分かったん?」
屈託なく笑まれる。オレはにやりと笑って、自分の鼻を指した。
「匂い。さっき煙草吸ってただろう。オレの知ってる中でキャスター吸ってんのはつーくんだけだし」
「あ、まじ?今度からは気をつけよ」
語はからから笑った。
「珍しいな、図書館に来るなんて。調べ物?」
「いや、イキヌキ。仕事行き詰っちゃってさー。その本、面白い?」
オレがそう答えているうちに、語は手近な椅子を引き、そこにゆったりと腰掛けた。そして、ジャケットに入れていたのか薄い文庫本を開く。
「これ?いや、まだ読み終わってないな。さっき読もうと思ってたんだけど、ちょっと、ね。読めなかったから」
表紙を見れば、ファンシーな花のイラストを背景にして如何にも恋愛好きそうな少女の喜びそうなタイトルが描かれていた。今流行っている恋愛小説だ。いくら、語が乱読家の本の虫といえど、成人男子がこんな持ってるだけで頭ん中がお花畑になりそうな本を読んでいると、さすがに、引く。
ほんのちょっとだけ、語の座っている椅子から後ずさった。
「俺が何読もうと勝手だろ。いろんな本を読むのも仕事なの」
手持ち無沙汰に立っているだけのつもりだったが、考えていることが声に出ていたらしい。語の不満げな口調に、思わず苦笑する。
「郁も図書館にいるんならなんか読みなよ。どっかに生物関連の新書をまとめておいてるから」
「あー、うん。じゃ、ちょっと探してみる」
なんて、会話している間も、語は文庫に落とした視線を上げることはない。時折、ぱらりとページをめくっているから、多分喋りながら読みながらしているのだろう。語は長年の本の虫生活の果てに、本を読みながらでも上返事になったりせずにちゃんと会話が出来る、なんていう変態的な技を身に着けてしまったらしい。うん。やっぱり、引くな。
「だから、うるせっての!早く、本探しに行けよ!」
オレの暴言に耐えられなくなったのか、語が唐突に顔を上げ、ぎらとオレを睨んだ。
その剣幕に思わず失笑しながら、しかし怒られのはいやなので、とりあえず語の元から離れることにした。



図書館という本の海を彷徨うこと、数分。目ぼしい本を数冊を手に、そろそろどこで読もうかなんて考えていた頃。
「あれ?」
なにか見覚えのあるちんまりしたものを見つけた。
(くららじゃん)
身長が足りないんだろう。カズイは右手を目一杯伸ばしてぷるぷる震えている。その様子を見ていたら、むくむく悪戯心が湧き上がってきた。手にしていた本を適当な棚に置き、抜き足差し足でカズイの背後に回りこむ。さっき、語もこんな気分でオレの背後に回ったのだろうかと思うと、楽しくてたまらなくなる。すばやくカズイの顔に手をまわし、目を覆う。
「だーれだっ!」
と、尋ねるや否や。
「っひゃああああっ!」
死ぬほど驚いたのか。カズイがすさまじい大声を上げた。そして、ただでさえぎりぎりだったカズイのバランスが崩れて、ぐらりと彼の小柄な体が不安定に傾く。ふわり、と覚えのある甘い匂いがした。
「ちょ、うわあっ!」
次に叫んだのは、オレだ。バランスを失っ物体は後は重力に任せて倒れるだけで。カズイはすっかり油断しきっていたオレを巻き込んで、そのまま後ろに倒れこんだ。どっすん、と二人分の重量による鈍い音が静かな図書館に響く。……今日、学校が休みでよかった。
「あたたた……」
「えっえっ、郁くん?」
ちょっとした悪戯がこんなことになるとは思わなかった。二人分の体重を受け、痛む背中をさすりながら上体を起こす。カズイは状況把握ができてないのか、きょとんとしてオレをベッドにしたまま、こちらを見つめてきた。
「や、悪い悪い。こんあんなるとは思わなかった。……大丈夫か?」
「いや、俺はぜんぜん大丈夫です。郁くんがクッションになったから」
オレが立つついでにカズイも起こしてやる。
「く、くららも図書館に居たんだね」
「そうですね……」
二人で愛想笑いをしあう。き、気まずい。
語がしてたときはあんなにもうまくいってたのに、と思うと、どうしても彼を逆恨みしてしまう。
「……あっ、そういえばつーくんも来てたぜ。会った?」
苦し紛れに絞りだした言葉に、カズイは何故かびくりと体を硬直させた。
「えと、そうなんですか。ま、まだ会ってないですね。あとで、探しに行きます」
あからさまにしどろもどろになる、カズイ。
どう見てもなにやら怪しげだが、大して追求しないでおく。これ以上、彼になにやらするのは申し訳ないし。それよりも、
「な、さっきから首触ってるけど。もしかして、痛めた?」
カズイが不自然なまでに執拗に首を触っていること。
さっき変な転び方をして痛めてしまったのかもしれない。オレがそっと、首を押さえるカズイの手に触れる。すると、再びびくりとカズイは体を硬直させて、懸命にぶんぶん首を横に振った。
「……カズイ?」
「いえいえ!大丈夫ですから!」
頑なに首を振るカズイをいぶかしく思いつつも、とりあえず手を離す。すると、彼は目に見えてほっとした。……なーんか、あっやしいなあ。
今気づいたが、さっきからカズイから香る、甘い匂い。これ、キャスターだ。
暫く沈思して、ふとある結論に至った。
オレは棚に置いていた本を取る。
「オレさ、これ借りたら生物室に戻るから」
にっこりとカズイに笑いかければ、彼はオレの真意を測りかねたのかはてなと首をひねった。うーむ。どうも鈍いなあ。
オレはダメ押しで、彼の耳元に口を寄せ、
「お邪魔しました」
どうだ、という顔で彼を見やれば、
(うわ、カワイー反応するねー)
カズイは耳まで真っ赤にしていた。
「み、見ました!?」
やっぱり首を押さえ、涙目になりながらこっちを見上げる。オレはそんな彼に再び笑いかけて、「じゃね」と手を振った。
まあ、なんていうか。
見ては無いけど察しはつくよ。



―――――


以下、おまけの会話文です。
この話の後日談、というかカズイと郁くんの会話の後、図書館を出る前の語と郁の会話です。
生「な、つーくん。この本借りたいんだけど」
現「あー、勝手に貸出手続きしていいぜ。やり方は知ってるっしょ?」
生「あ、そう?ではでは。……あっ、そーだ。語ィ」
現「何?」
生「学校でいちゃついちゃだめだよー。したいならお家で好きなだけしなさい」
現「今日休みだったし……」
生「それでも。君、一応、指導者なんだぜ?」
現「……うう。以後気をつけます」
生「うむ。よろしい」
数(やっぱしばれちゃってましたかー)

お題:どうしよう隠しきれない



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