▼ 狂いっぱなしのストーリー
「ハイリ、君に仲間ができたよ。ほら、入っておいでアルマ」
エドガー博士に促されて恥ずかしそうに入ってきたアルマという男の子は小さい声でよろしくと言った。私は嬉しくなって喜びのままにギュウギュウとアルマに抱きついた。
あったかい あったかいなあ
もう、寂しくなくなるかな
「わたし、私はね、ハイリっていうの。よろしくね……アルマ!」
一人じゃないって、こんなに嬉しいことだったんだ。知らなかった。
教えてくれてありがとう、アルマ
*****
「僕たち今日は任務なんて入ってませんよ」
一番に声をあげたのはアレンだった。神田とは犬猿の仲であることは周知の事実で、にもかかわらずエレナをはさんで神田と隣り合って座っている。いつもなら顔を合わせればすぐにしょうもない喧嘩が始まるはずなのだが、今自分が見ている限り喧嘩の痕跡は何もない。
「私が言っているのは昨日今日の話じゃないわよ。ここ数週間、任務に赴いた奴は手を挙げなさい」
そろりと手を挙げたのはこんだけ人数が集まっていながら十人にも満たなかった。その事実にくらりと眩暈がする。酷いのはここにいるエクソシスト、アレン、リナリー、ラビ、神田、チャオジー。その誰も手を挙げないことだ。五人ものエクソシストが任務を放棄していたことになる。少し会わない間に、この損害が如何ほどのものか分からないような能無しに成り下がってしまったとでもいうのか。
「でも、私達にだってやることはあったわ。エレナは入団したばっかりなんだから誰かが面倒みてあげないと!」
リナリーの言葉にラビがうんうんと同意する。神田も否定はしないのか先程から黙ったまんまだ。
嘘でしょう。アレンの入団時に、新人でも見殺しにしようとしたのはどこのどいつよ。使えない奴は切り捨てるって常日頃から言ってるのはどこのどいつよ。ねえ、神田。
そもそも、なんの面倒をみていたというのか。コムイの話ではこの少女はまだ一度も任務に出ていないという。発動がままならないのかといえばそうではなく、鍛錬場で見たイノセンスはある程度洗練されたもので、動きもそんなに悪くはなかったと聞いている。ならばいつまでも留まっていないで実践で鍛え上げるべきではないのだろうか。先程から追及すべき箇所が山積みでどこから捌いていけばいいのか分からない。
「…分かった、百歩譲ってリナリー達には新人の教育が必要だったとしよう。でも、ファインダーは?」
くるりと後ろを振り返り、大勢いる奴らに一人一人目線を合わせた。
「ファインダーがエクソシストに何を教育するって?あんたらの仕事は外に出てイノセンスを探索することでしょう。教団で駄弁っていることじゃないでしょう。ファインダーの言葉の意味、ちゃんと分かってるの?」
「そ、そんな言い方しないでください!!」
自分の仕事を放棄していた奴らにかける言葉が優しいはずもなく、淡々と追及していれば、件の少女から非難の声があがった。
「ファインダーの皆さんは戦場に行くことが怖いと言っている私を励ましてくれていたんです!皆さんは悪くないです!」
いけしゃあしゃあと涙ながらに訴える小娘に吐き気がした。しかし周りはそうではなかったらしく、何故か私に非難の目線が集まる。私は何か間違ったことを言っただろうか?
「…あなた、平和な世界からこの世界を救うために神様に遣わされたって、誇りをもって宣言したそうね」
「え、ええ!それがなに?」
「一度も戦場の悲惨さを経験したことのない小娘が、世界を救う?なのに最初とうってかわって怖いから仕事のある人間を侍らせて仲良く仲間ごっこ?笑わせないで」
「御代!エレナになんてこと言うんですか!!」
「私間違ったこと言ってる?食堂で喋っていれば世界は救われるの?怖いと震えてそれを慰めていれば伯爵は消えるの?答えなさいよ、アレン」
「そ、それは…」
口ごもるアレン。同じく何も言い返さない他の連中。我慢の限界だった。
「…アルトゥールが死んだわ」
一人の殉職者の名前を出せば、誰かがハッと息を呑んだ。アルトゥールは性格も申し分なく、あの神田でさえ任務に同行した際は仕事が捗るとこぼしていた程優秀だった。ファインダーにとってもエクソシストにとっても大切な団員だったのだ。
「彼は数週間前から足に怪我を負っていた、だから数人ファインダーの応援を送ってほしいと、私達は何回も何回も打診したわ。でも誰もこなかった。アルトゥールは、AKUMAに狙われたジークを動かない足を引きずりながら庇って死んだ…。」
ファインダーを睨み付ける。殺気も少し出てしまっているだろう、目の前にいる何人かが後ろにさがった。
「他の仕事で動けないのか、もしくはそれほど重傷者が多いのか、そう思った。でも見てる限り違うようね?あなた達は、怪我した仲間を戦場に放置したまま一人の女に群がっていたんだものね?」
サッと青ざめるファインダーに追撃してやろうと口を開こうとした時、エレナがリナリーにアルトゥールとは誰かを聞いた。リナリーは聞かれた問いに正しく答えた、ファインダーよ、と。
「なあんだ、ファインダーかあ」
聞き間違いだったと誰か言って欲しい。それを確かめたくて耳の良いマリを振りむけば、その顔は憤怒に染まっていた。ああ、やはり聞き間違いなどではなかったのか。
思わず衝動的に女の胸倉を掴み上げた。キャア、女の驚いた声も止めに入るラビやチャオジー達も知ったことではない。
「"なんだ、ファインダーか"?今そういったの?お前、自分が何言ってるか分かってんのか!!」
「ち、ちがっ!私はただ、死んだのがエクソシストじゃなくて良かったと思って…!」
「御代、エレナを離して!エクソシストは貴重だって教えたのは私達なのよ!だから彼女がそう思ってしまっても仕方ないの!」
そう叫ぶリナリーはもう私の知っているリナリーではなくなってしまったようだ。世界よりも仲間が大事だと涙を流す彼女は幻だったのだろうか。今までのリナリーだったら例え相手が仲間だろうと今の発言は咎めたはずだ。ファインダーだって自分達を支えてくれる立派な仲間だ、と。人間はこの短期間でこんなにも変わるのかと恐ろしくなった。
「てめぇが弱いから仲間を死なせた。そんだけだろ。エレナのせいにしてんじゃねぇよ」
聞こえてきたテノール。世界で一番落ち着く声のはずだったそれは、私の心に冷たく突き刺さった。
「…神田、いつから群れるのが好きになったの?」
「あ?」
「役立たずは切り捨てるんじゃなかったのかしら。この子が教団に貢献してると本気で思ってるの?」
「何が言いたい」
「ちょっと見ない間に随分丸くなったわねって言ってるのよ。コミュ力がマイナス方面にカンストしてる仏頂面男が」
「なんだとてめぇ。いい度胸じゃねえか表出ろ」
「お、おい御代、今は神田に喧嘩を売ってる場合じゃ…」
今にもお互いに武器を抜きそうな私達を見かねたのか、流石にマリが止めに入った。その時私は信じられないものを聞いた。
「ちょっとあなた、ユウに何てこと言うの!?」
「おいエレナ、下がってろ」
「だってユウ!ユウはこんなに優しいのに!あなた、ユウのこと何も知らないくせに勝手なこと言わないでよ、それでも仲間なの!?」
……… ユ ウ ?
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