記者見習い、CEOに取材を申し込む

「ほほう、2人ともとっても決まってるじゃないか。良いね、イケてるよ」

 そう言いながらも、ヴァーンさんの視線がエイプリルさんだけに釘づけになっていることを、私は見逃さなかった。それはいかにも仕事で来たという雰囲気のスーツ姿の私とは真逆に、エイプリルさんが胸元が上品に開いた黒いミニの「イケてる」ワンピースを着ていたというのもあるけれども、もっと至極単純に、彼がエイプリルさんに異性として思いを寄せているからだ。ヴァーンさんの彼女に対する熱い恋心は常々聞かされている。

「お嬢さん方と合流したところでそろそろ出発だ。さあ乗って乗って」

 せかされながら、私たちは車に駆け寄った。いつも通り、運転席にヴァーンさん、助手席にはエイプリルさんが乗る。私は後ろで機材と一緒に座る。下っ端だからというのもあるが、そうじゃなくてもヴァーンさんの為に譲ったと思う。
 行先は『サックス社』。フット軍団の魔の手に頭を悩ますニューヨーク市と契約し、その高度な技術で世間の防犯に一役買っている大企業だ。先日市との契約が更新され、今夜はその件について言及する記者会見が行われる。その模様を取材するために、私たちは向かっていた。
 会見をするのはCEOであるエリック・サックス氏。細身ではあるがハンサムで、しかし威厳に満ちた人だという印象がある。
 取材陣以外にも市有数の大企業から招かれた関係者もいると聞いている。こんなスペシャルな所へ行くのは初めてで緊張が絶えないが、エイプリルさんがいるから大丈夫だろう。何より自分の為にも多くの経験を積まねば。
 ヴァーンさんがエイプリルさんを口説く様(恐らく、エイプリルさんはただのおしゃべりだと思ってかわしているけれど)をBGMに、私は何度も深呼吸をした。


******


 サックス氏の声に耳を傾けながら、私とエイプリルさんは会場の隅に立っていた。
 ふと、エイプリルさんの顔を隣から伺うと、実に真剣な表情で演説に聞き入っていた。慌てて私も前に向き直る。確かに、サックス氏の語る言葉は素晴らしかった。
 彼と企業がここまで上り詰めるまでの間には相当な苦労があったようだ。若かりし頃、氏が所属していた研究施設で大規模な火災があった。フット軍団の手によるもので、それによって多数の優秀な研究者が死亡したのだ。
 この事件は技術的にも精神的にも、彼にとっては相当のダメージを与えた出来事であっただろう。しかし彼は屈することなく、現在の地位を築き上げたのだ。

「この街で何かが起こった時、その時は―――私が絶対に喰い止めてみせます。皆さん、私を信じて下さい」

 彼がマイクを置くと同時に、盛大な拍手が沸き起こった。私とエイプリルさんもそれに続いた。

「素晴らしいわ」
「はい。いいニュースが伝えられそうですね……ちょっと、エイプリルさん?」

 エイプリルさんは拍手を止めるや否や、すたすたと歩き出した。

「どこへ行くんですか」
「サックス氏へ直接取材を申し込むのよ」
「えっ、ちょ……今ですか!?」
「そう。ほら、マナもきて」
「は、はい」

 エイプリルさんの後に続くと、演説を終えたサックス氏が秘書やガードマンと共に歩いていた。彼らは近づいてくる私達を見て訝しげな表情を浮かべたが、エイプリルさんの顔を見て何者であるかを察したようだった。というのも彼女はチャンネル6の美人キャスターとして、ニューヨークではそこそこ顔の知れた存在だからだ。
 エイプリルさんは微笑を浮かべながら、サックス氏に向かって手を差し出した。

「サックスさん、チャンネル6のエイプリル・オニールです。演説を拝聴しましたが、深い感銘を受けました」
「ありがとう。君のことはテレビでよく見ているよ」

 サックス氏は見た目に違わず穏やかで気さくな人物らしく、エイプリルさんの手を強く握り返した。ほっ、とりあえず第一関門は突破。あとは取材の許可を貰うだけだけど、エイプリルさんなら簡単に約束を取り付けてくれるだろう―――と思った矢先だった。エイプリルさんが、ちらりと視線を私に動かしたのだ。え、これはもしかして、私にやれってこと?
 いやいや無理です、と首を振りそうになったが、寸でのところで思い直した。恐らくエイプリルさんは、後輩である私の為にチャンスを与えてくれているんだ。好意を無碍にできないし、なによりいつまでもエイプリルさんの後ろをくっついてたら記者として全然成長できない。
 よし。私は意を決して、サックス氏に向かって口を開いた。

「あの、サックスさん。同じくチャンネル6で記者をしています、マナ・クサナギです。実はサックスさんに今回の契約更新の件について―――」
「……クサナギ?」

 サックス氏は不思議そうに私の名字を呟きながら、こちらを見下ろした。思いもよらなかった反応に私が戸惑っていると、サックス氏は眉をひそめながら私に向かって問いかけた。

「君は、日本人かい?」
「は、はい、そうです」
「お父上のご職業は?もしかして……研究職ではないかい?」

 私は目を丸くした。確かに、私の父は理系の研究員だった。

「ええ、そうですが」
「……やはりそうか!では君は、あのクサナギ氏の娘さんなんだね?」
「えっ……」
「マナのお父様とお知り合いなんですか?」

 エイプリルさんの問いに、サックス氏は力強く頷く。

「ああ。ミスター・クサナギには、我が社の開発事業で何度か協力をしていただいたことがあるんだ。お陰で研究が捗ったよ。本当に助かった」
「そんなことが……」

 恥ずかしい話だが、私は父の職業について詳しいことを何も知らない。父は元来、多くを語らない人であったし、殊に仕事の話は意識的にしないようにしていたような覚えがある。そして何より―――

「お父上は今は何を?」
「その……私が小さいころに、事故で」
「なんと……」

 サックス氏の眉が八の字に曲げられる。「申し訳ない。存じ上げなかった」

「いえそんな。父の事を覚えて下さっていただけでも嬉しいです」
「でも、娘さんである君に出会えてよかった。チャンネル6の記者だなんて凄いじゃないか」
「まだまだ勉強中の身です。今日だって、エイプリルさんの―――あっ、そうだ」

 私は当初の目的を思い出した。突然の出来事に驚いてしまったけれども、やるべきことをこなさなければ。

「サックスさん、その―――今回の契約更新の件について、取材させていただけませんか?ニューヨーク市民に、よりサックスさんの情熱と誠意が伝わるようなお話をお聞きしたいんです」
「勿論いいとも。スケジュールを確認して、明日中にそちらに連絡を送らせてもらうよ。それで大丈夫かい?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「はは。ミスター・クサナギの娘さんの頼みなら断れないよ」

 そういうと、サックス氏は軽く片手を上げ、その場を去って行った。彼と、彼の付き人たちが会場を出ていく様を見送っていると、隣に立っていたエイプリルさんががばりと抱きついてきて、私はまたまた体をびくんと硬直させる羽目になった。

「ちょっ、エイプリルさんここ外っ……!」
「すごいじゃないのマナ!お手柄よ!」
「エ、エイプリルさんが促してくれたお陰ですよ……」
「でも、マナのお父さんの件が無かったらOKしてもらえなかったかも。今をときめくサックス氏の独占インタビューだなんて、他の局が聞いたら地団太踏んで悔しがるわ」

 こんなに褒められるだなんていつ振りだろう、と思いながら、私はエイプリルさんの腕の中でガチガチに堅くなっていた。羞恥心で心臓は破裂しそうだが、悪い心地ではなかった。何より―――死んだ父が、こんなところで手助けになってくれたことが嬉しかった。

(お父さん、ごめんね。こんな時ばかり……)

 普段は、「出来れば思い出したくない思い出」として記憶の奥底に仕舞っている父に、心の中で詫びながら、私は軽く瞼を閉じた。
(了. 2014/02/13)
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