アメリカ某所。赤土が舞い、山のような岩が点在するその地に、一台のスポーツカーが走っていた。
お世辞にも清潔で快適とは言い難い赤い大地を進むには不適当な銀の輸入車は、駆動音を響かせて進んでいた。熱い日光がフロントガラスを突き抜け、運転席に降り注いだ―――そこに人の姿は見られなかった。助手席にも、後部座席にも誰もいない。乗車している人間は1人もいないのだ。


無人車は赤土を固めながら一際大きな岩山を通り過ぎようとした……次の瞬間、地響きが起こった。「何か」が通せん坊をするかのように、銀の車の前に降り立ち、砂煙で視界が不明瞭になった。


「おい、止まれ、止まれったら!」


 指示に応じるように銀の車が停止すると同時に、銃を構える金属音が峡谷に響いた。突風によって砂煙が晴れ、「何か」の姿がはっきりと表れた。
 鮮やかなグリーンを基調にした装飾を身にまとった―――いや、これは不適切な表現であろう。なぜなら、この装飾は体の一部であったからだ。文字通りの。
 正確に言えば、27フィート近くはあるであろう巨大な男の身体。その大きさからして尋常ならざる者であることは確実だ。更に驚くべきことに、男の皮膚は全て金属で出来ていた。眼孔と思しき部分にはめ込まれているのは青く輝く、人工的な光であった。


 しいて言うならばロボットに近い。しかしながら、これ程巨大で滑らかに起動する自立型ロボットを作る技術は、まだこの星には存在しない。どう控えめに見ても、彼は地球上で生まれたモノには思えなかった。


「お前、”俺たち”を探していたんだろう?」
『”俺たち”? 貴方以外にもいるということ?』


緑の巨人の言葉に反応した銀の無人車が、音声を発した。巨人のそれよりも幾分か高いトーンの、女性的なヴォイスだった。
車の質問に対し、巨人の顔の皮膚がゆがんだ。金属とは思えぬほどに柔軟な動きを作り、「余計なことを言ってしまった」とでも言いたげな表情に読み取れるほどになった。


「……お前、”どっち”だ」
『そっちこそ』


 次の瞬間、緑の巨人が構えていた大ぶりのブラスターを銀の車の眼前に向けて放った。弾丸の破裂音が赤い峡谷に反響し、先ほどとは比べ物にならないほどの砂煙が立ち上がった。
 素早くバックしたために車は被弾しなかった。わずかに赤土を被っただけの”彼女”を視認し、緑の巨人は舌打ちをした。巨人が2発目を撃つ前に”彼女”は車から素早く”変形”を遂げた。

 緑の巨人よりはやや小柄で全体的に細身の体躯をしていたが、人間の感覚で測れば彼女もまた巨人であった。体色は車の時と同様に明るいシルバーである。


「フン、素早いな」
「ちょっと!いきなり撃つとか何考えてっ……」
「敵に『ハイ撃ちますよ』っていう馬鹿がどこにいるんだよ」
「は、敵? これで分かったでしょう、私たち同族だよ」
「アイカラーやマークで敵味方を識別するのはご法度だ。中には見た目で騙して攻撃してくる奴もいるからな。常識だろ?」


 ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら緑の巨人は銃をしまい、距離を詰めてくる。反射的に銀の車……いや”彼女”は後ずさりをするが、すぐ背後に岩肌があった。”彼女”はハッとして背後を見、再び緑の巨人を憎々しげに睨み付けた。


「わざと追い込んだな」
「なんだそりゃ? なんの事だ? 俺にはわからんね」


 ”彼女”は脱出しようと右に動いたが、それよりも巨人の腕の動きの方が早い。”彼女”の頭部の真横に、大きな掌が押しつけられた。左側も同じようにされ、”彼女”は赤い岩肌と緑の巨人の腕に囲われる形でその場に拘束された。


「さてと、身体検査といくか」
「!?」


 巨人の意地悪い笑い顔が、”彼女”の唖然とした顔を見下ろした、その時―――



ズコ―――――――ン!!!



 金属が思い切りぶつかり合う音がした。
 「おうっ!?」という間の抜けた声を上げながら、緑の巨人は”彼女”から見て左から右に、流れるように横へ吹っ飛んでいく。脇から思い切り「何者か」に体当たりされたのだ。


『ハァイ、ハニー』『ご無事で何よりです!』
「……ビー!!」


 「何者か」の存在を目の当たりにし、”彼女”のアイスブルーのアイセンサーが一瞬だけ瞬いた。
 ”ビー”と呼ばれた新たな黄色の巨人は丸い瞳が印象的な顔を縦に振ると、すぐに駆け出してゆき、起き上がるところであった緑色の巨人に掴みかかっていった。


『この変態野郎が!!』『彼女に』『なにをしたんだっ!?』
「痛ってえな!まだ何もしちゃあいねえよっ……グオッ」
『まだ』『とは』『どういう意味だ!!』


 様々な音声をツギハギにして作られた暴言と詰問を浴びせながら、ビーは巨人に拳を振り下ろす。お互いに金属の塊のようなものなのでぶつかり合うたびにゴインゴインと鈍い音が生まれた。
 ”彼女”はというと、しばらくの間茫然と2人の取っ組み合いを眺めていたが、金属同士の摩擦によって生まれた火花を見てふっと我に返ったらしい、弾けたように走り出した。何度目か分からない拳骨を握りしめ、ビーが緑の巨人ににじり寄る直前に二人の間に割って入る。


「ビー、ビー! もういいから! 止めよう!」
『破廉恥!』『色情狂!』『この糞野郎が!』
「そ、そんな言葉どこで覚えたの! …あっ、また深夜のラジオドラマ聞いたね? あれは聞いちゃダメだって何度も……」
「オイねえちゃんよぉ!まずはこいつを止めちゃあくれねえか!マジで殴ってきやがる!」
『自業自得』『頭を冷やせ!!』


 ”彼女”の脇をすり抜け、またしてもビーは巨人に向かっていく。巨人はというと、チッと舌打ちをして、腰に下げていたブラスターを素早く抜き取った。

 ああ、まずい。このままでは。


「やめて、ビー!」


 再び、”彼女”は2人の間に割って入ろうとした―――が、それは「新たな」巨人の出現によって阻まれた。


「下がっていろ」
「え、誰、貴方―――」


 濃紺と金を基調としたボディの男が、”彼女”の前に立ちはだかった。


「奴に任せていろ」
「奴?」


 ”彼女”が男の顔を見ながらクエスチョンマークを飛ばした次の瞬間、地響きとともに今までで一番大きな砂煙が立ち上がった。


「うわっ……」


 足場を崩しそうになったところを、濃紺の男が支える。腕を借りて何とか自立できるようになった”彼女”は、男の肩越しに今起こった事態を確認した。

 ビーと緑の巨人は各々頭を抑えてしゃがみ込んでいた。成程、先ほどの地響きの間に何か2人のダメージになるような事があったらしい。
 そして2人の他に、新たな巨人が登場していた。こちらは唯一起立している。おそらくこの場にいる巨人たちの中でも一際たくましい体躯をしているであろう彼は、呻き声を上げるビー達を見下ろしながら腕を組んでいる。


「ったく、これだから若ぇモンは」


 その声に”彼女”は聞き覚えがあった。アイセンサーが見開かれ、驚きの表情が顔に形作られた。


「ハウンド!?」
「おうっ、アクリャ!! 歓迎するぜ」


 ハウンドと呼ばれた深緑の巨人は、”彼女”―――アクリャに向かって気さくな笑顔を投げかけた。


「オレ達の隠れ家へようこそ」

(了. 2014/08/24)
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