伝説の騎士―――ダイナボット達は、その強靭な脚力で大地を駆け抜けていった。アクリャは全身で風を感じながら空を仰ぎ見た。頭上には双頭の騎士―――翼竜の「ストレイフ」が宙を一回転したかと思うと、地を走る他のダイナボット達を導くように先頭を飛んでいった。
 アクリャはストレイフの姿を見送ると、自身を乗せて走行する角の騎士の鋼鉄の皮膚を再び掴んだ。搭乗した後にコネクタを通じて回路にアクセスしたところ、彼の名前は「スラッグ」で、かつて地球に存在していたトリケラトプスという生物をスキャンした結果現在の姿になったようであった。ちなみに、クロスヘアーズの乗る“トゲトゲ”は「スコーン」、オプティマスが従えているリーダー格の赤い目の騎士は「グリムロック」という名であった。

 スラッグは荒々しい性格で、アクリャの呼び掛けには基本的に無視をするか、唸り声を上げるかしかしなかったが、その体からは闘志が漲っていた。おそらくこれからの戦いに胸を高ぶらせているのであろう。

(獰猛だけど、味方になってくれるなら、これ以上に頼もしい戦力はないわね―――)

 ダイナボット達は既に谷底を上り切り、緑に覆われた山々を越えようとしていた。スラッグの頭上から香港市街を一望し、アクリャはハッと息を飲んだ。街のあちこちから煙や炎が立ち昇っており、かすかな銃声や爆発音が風に乗って聞こえてきたからだ。
 あそこで自分たちの仲間がたった2人で戦っていることを思い知らされ、アクリャのスパークは不安げに脈打った。最後のハウンドからの通信以降、戦闘の影響で混線してしまったためか、彼らとは連絡が付いていない状態であった。

(ビー、ハウンド……!)

 そんな彼女の心境を察したのか、背後から伸びてきた手が、アクリャの堅く握りしめられた拳を、覆うように包んだ。

「奴らなら大丈夫だ。位置は特定できた」
「本当?」
「ああ。バンブルビーの場所はストレイフに送っている。それ以前にあやつは戦士だ。この程度のことでくたばるような男ではない」
「貴方がビーのことをそういうだなんて、なんだか珍しいね」
「……これまでの経験を通して奴も成長したからな」

 ほんの少し照れの混じった声にアクリャは小さく笑った。こっそりとそうしたつもりだったが、ドリフトの聴覚センサーにはしっかりと届いていたらしい。気まずそうな咳ばらいが聞こえた。

「―――ドリフト」
「何だ」
「ありがとう。……今までのことも含めて、全部」
「フン、何を今更」

 言葉に反して、ドリフトの声は穏やかであった。それに安堵しながら、再びアクリャは正面にある香港市街を睨みつけた。
 グリムロックを先頭に、地を駆けるダイナボット達は戦場へと突撃していった。



******



 ケイドはロックダウンの船で強奪した銃を使いながら迫りくる人造トランスフォーマー達を次々と撃っていった。
 彼が潜んでいるのはガラスに覆われた雀荘で、爆風の影響か数秒間隔で周囲から透明な破片が降り注いできた。目をやられないように注意を配りながら、ケイドは銃を構え―――ふと、背後を見やった。ガラスの家の中には彼以外にも潜伏者はいた。この事態を招いた元凶の一人であるジョシュア、彼の部下であるダーシー、そして自身の娘であるテッサと、彼女の恋人であるシェーンは、各々体を縮みこませて次々と降り注ぐガラスや爆風から身を守っている。
 シェーンの手を握り締め、泣きそうな表情で彼を見つめているテッサを見、ケイドは再び正面を見据えると、こちらに向かってこようとしていた人造トランスフォーマーを撃った。


(私は、既に色々なものを背負い過ぎた。……彼女が存在する場所を守ることはできたとしても、彼女の心までを守リ続けることは、できない)


 いつか、オプティマスが自身に向けて語った言葉が、ケイドの脳裏をよぎった。
 オートボット達を巡る波乱に満ちた戦いに巻き込まれる以前、ケイドは自身の娘を、自分が一生をかけて守りきるということに対して、一度も迷いを感じたことがなかった。妻を亡くしたことから、それはより強固な決意となっていた。

 だが―――彼の強い思いはオプティマス達との出会いによって大きく変化を遂げようとしていた。
 自分の一生をテッサに捧げることは不可能ではない。しかし……自分がいなくなった後、誰が彼女を守るのだろうか。


(わかるか、ケイド?)


 ああ―――わかるよ、オプティマス。今の俺は、アンタの思いがよくわかる。

 テッサにはシェーンが必要なのだ―――いつか自分がいなくなった後、彼女を見つめ、支えてくれる存在が。
 彼らの未来を守るためにも、今自分は何としてでも戦わねばならない。ケイドは無我夢中で、自分たちを脅かす敵を打ち抜いていった。


 と、その時、前方で大きな音がした。そちらに目をやると、ケイド達を守るために八面六臂の戦いぶりをみせていたオートボットのハウンドが倒れていた。


「ハウンド!立て!立ってくれ!」
「ケイド……」


 ケイドはハウンドの元へと走り寄った。ハウンドは仰向けに横たわったまま、その青い目だけを動かしてケイドを見つめていた。

「お前が今倒れたらガルバトロンが勝ってしまうぞ!」
「駄目だ……燃料切れだよ……弾も策も尽きちまった」
「それでも戦うんだ!お前たちの未来の為にも、立ち上がるんだ!!」

 そうは言ったものの、ケイド自身も無茶を押し付けているという自覚は感じていた。なにしろハウンドは、バンブルビーとたった2人でこの修羅場を切り抜けていたのだ。疲弊しきってしまうのは無理もなかった。


 そう、ケイドが歯がゆい思いを抱きながら空を見上げた時―――獣の遠吠えが、彼の鼓膜を力強く震わせた。


 ハウンドがハッとしたように、遠吠えの方角にアイセンサーを向けた。


「オプティマス達だ!!」


 同じ方向にケイドも目をやった。双頭の竜がこちらに向かって飛んでくる。後ろには、地響きを起こしながら数体の異形の怪物が迫っていた。その背に、彼が今まで苦楽を共にしてきたオートボット達が跨っていた。



******



 アクリャは自身の弟分が、人造トランスフォーマー―――スティンガーに馬乗りにされている様を見、思わず声を上げた。

「ビー、ビー!!」

 彼女の悲痛な声に反応し、バンブルビーが顔を上げてこちらを見つめているのがわかった。更に、少し向こう側には、仰向けに倒れたハウンドとその傍らに立っているケイド達の姿が見えた。
 周囲には複数の人造トランスフォーマー達が迫っていた。

「2人を助けなきゃ」
「ああ。私が道を拓く。2人のところまで飛べるか」
「大丈夫」

 アクリャとドリフトは前進するスラッグから勢いをつけて飛び降りた。ドリフトが背中の刀を抜いてディセプティコン達を次々と切り倒していく様を後目にし、アクリャは自身も武器を構えた。右手をブラスターに変形させ、前方に向けて出力を上げた弾を放つと、狙い通り敵はバラバラに吹き飛んだ。
 彼女の頭上では、ストレイフが急降下を始めていた。バンブルビーを救助しようとしているのだろう。

「ビー、今空から助けがくる。彼に飛び乗って!」
『了解!!』

 バンブルビーはスティンガーを振り飛ばし、自身のブラスターで攻撃をしながら上を見た。ストレイフはビーの頭上まで舞い降りていた。

「ビー、飛べ!!」

 ハウンドの声に促されるようにバンブルビーはストレイフの足に向かってジャンプした。ストレイフは彼を掴むと、上昇を始めた―――が、ここで予定外のことが起こった。弾を受けて倒れたはずのスティンガーが、バンブルビーの足にしがみ付いていたのだ。

「ビー!スティンガーが!!」
『わかってるぜ、ハニー』『俺を信じろ』

 ストレイフはそのまま空高く飛び、バンブルビーがその背でスティンガーと攻防を繰り広げているのがアクリャのアイセンサーに捉えられた。不安で仕方がないが、今は彼を信じるしかない。アクリャは迷いを振り切り、ハウンドの元まで駆け寄ろうとした。

「ハウンド!今行くから!」
「アクリャ、あぶねえ!!」

 ハウンドの叫び声につられて振り返ると、背後に二つの頭をもった巨大なディセプティコンが至近距離まで迫っていた。バンブルビーの誘導をしている間の不意を突かれたのだ。


(ブラスターは間に合わない―――ならば、)


 アクリャは左腕を変形し、双方向チェーンソーにトランスフォームさせた。希少鉱石であるチュールレニウム製のそれを、高速で回転させながら、アクリャはディセプティコンの胸部に向けて刃を突き立てた。チェーンソーは一瞬で堅い装甲を貫くと、機体を上下に真っ二つにした。緑色の循環液を吹き上げながら、ディセプティコンはその場に崩れ落ちていく。
 敵を倒せたことにアクリャがホッと胸をなでおろしていると、起き上ったらしいハウンドとケイド達が彼女に向かって集まってきていた。


「アクリャ、お見事だったぞ」
「ハウンド、大丈夫なの?」
「お前さんがピンチだって時に倒れてられるかい―――まあ、俺の助けなんかいらなかったみてぇだけどな」
「そんな……」
「ラチェットと同じやつだな。形状は違うが」

 ハウンドの言葉に頷くと、アクリャは自身の右腕を見つめた。これは他の武器とは異なり、自身がラチェットの元で修業を始めるようになった時に付けたものであった。分厚い金属でも容易に貫く刃は、救助時にも、戦闘時にも活用できる頼もしい存在である。刀や銃とは違い、刃が回転するために時には自身にも危険が及ぶ可能性がある諸刃の剣でもあったが、アクリャはそれを自分に装着された武器の中でも特に気に入っていた。

「助かったよ、アクリャ」
「ケイド!テッサとシェーンも、大丈夫だった?」
「大丈夫も何も、ケイドの野郎は俺と一緒にディセプティコンの野郎どもを倒してたんだぞ。元気な奴だよ」
「そうか……テッサ、ごめんね。怖い思いをさせて」
「ううん。アクリャ、助けに来てくれてありがとう」

 そう言って微笑んだものの、テッサの顔は汗と涙で汚れている。それでもなお、彼女は美しかったが、アクリャはテッサを恐ろしい目に合わせた今の状況を、心から憎らしいと思った。

「さあ、司令官のところに行こう」

 アクリャはその場にいる皆を庇いながら、グリムロックに跨っているオプティマスのところまで誘導した。周辺に集まっていた人造トランスフォーマ―達は、オプティマス達によって既に全滅させられていた。
 オプティマスはグリムロックの上から下界を見下ろし、騎士の剣・ジャッジメントソードを、『シード』を抱えているジョシュアに向かって突きつけた。

「お前が発明したものの所為で、危うく地球が滅んでしまうところだったのだぞ」
「待て―――待ってくれ、君たちが生命と倫理の問題に敏感だということは―――その、よくわか……」
「そんなことじゃなくて、『発明しなきゃよかった』って言ってほしいんだと思うぞ」

 ジョシュアが弁解を言い終わる前に、呆れたような顔でケイドが彼を窘めた。更にグリムロックがジョシュアの目前まで顔を近づけ、その恐ろしい口を開いて咆哮を上げた。

「ぎゃああ!!わかった、すまない、この通りだ」
「―――それと、彼女にも謝ってもらおう。お前は彼女を傷つける発言をした。言わねばならぬことがあるはずだ」

 オプティマスはアクリャを示した。突如指名されたことにアクリャは驚いたが、オプティマスが自分のためを思ってそうしたことに気が付き、ジョシュアに目線を落とした。当のジョシュアはアクリャの方を見上げて、気まずそうに口をもぐもぐとさせている。プライドが高いが故に、こういう時に素直に気持ちを表すことができないのだろう。
 アクリャは、彼がそのような態度をとりつつも、『シード』の入った袋を外敵から守るようにしっかりと抱きかかえているのを見た。ジョシュア自身は怪我も負っており、高級そうなスーツはボロボロであったが、その袋は無傷であった。
 彼も自身の責任を果たそうと自分のやり方で戦ったのだろう―――そのことを察し、アクリャはジョシュアの前にしゃがみ込み、目線を合わせた。ジョシュアがびくりとしたのが分かった。
 おい、と背後でクロスヘアーズが何か言いたげに声をかけたのが聞こえたが、何も返さなかった。


「無理に何か言おうとしなくてもいい。今の貴方が貴方なりに、自分の使命を全うしようとしているのがわかる」


 ジョシュアの怯えた目が、眼鏡越しにアクリャの顔を見た。


「その代わり、これからは本当に世界を幸せにできる発明をして。誰かを悲しませたり、争いを起こしたり、命を奪ってしまうようなことはしないで。そうしてくれたら、私はもう何も言わない。貴方のことも、許す」
「……君に言われなくとも、無論、そのつもりだ」


 ジョシュアの口振りはいつもの通りではあったが、声には誠意が篭められていた。アクリャは頷くと立ち上がり、オプティマスに向き直った。彼の深く青い目が、温かな光を宿しながら自分を見つめていた。


「これでいいのだな?」
「はい」


 オプティマスは深く頷いた。時を同じくして、上空からストレイフの鳴き声と特徴的な電子音が聞こえてきた。


「ビー!」
『やあ、みんなー!!』


 バンブルビーはストレイフから転げ落ちるように着陸した。スティンガーの姿は見えない。どうやら勝負の結果はついたらしい。


 かくしてオートボット達は、誰一人として欠けることなく再会を果たすことに成功した。オプティマスは部下たちを見まわし、次の指示を出した。

「これからケイド達を護衛しながら、『シード』をガルバトロンから遠ざける。オートボットよ、『シード』を守るのだ」
「さあ、この車を使え」

 ドリフトに促され、ケイドらは小型バンに乗り込んだ。運転を請け負ったのは、レーサーであるシェーンだった。

 オプティマスはグリムロックから降りると、ビーグルモードに変形した。他のオートボットたちもそれに倣い、先頭を走る小型バンを守りながら走り始めた。ダイナボット達もそれに続く。
 オプティマス一行は、海沿いの道路を通り、香港市街から脱出するためのルートを走って行った。戦いの影響から、道中には逃げようとする多くの人々が集まっており、彼らをよけて進むのはやっかいではあったが、それ以外は特に問題はなく事は運ばれていた―――“はず”であった。


『皆、』『上を見て!』
『どうしたの、ビー』
『おいおい、あれってまさか、』


 バンブルビーからの通信に、オートボット達は外部カメラを動かして空を見上げた。

厚い雲の中から、禍々しい形状をした大型宇宙戦艦が、その姿を現していた。


『ロックダウンの船だ!』
『やべえぞボス!奴さんアンタがいないことに気が付いたらしいぜ!』
『全員宇宙船から距離を置くんだ!』


 オプティマスがオートボット達に指示を出している間に、ロックダウンの宇宙戦艦はその一部に巨大な穴を露出させて彼らに迫っていた。
 背後の自転車や自動車、船など、金属でできた物質たちが次々とその穴に向かって吸い上げられているのを見、オートボット達は絶句した。


『こりゃあ磁力だ!』


 クロスヘアーズの声が全員に届くと同時に、オートボット達は自身の体に違和感を覚えた。金属で構成されている彼らの体もまた、穴の磁力によって動きを封じられかけていた。


『全員逃げろ!逃げるんだ!』


 オプティマスの声に、オートボット達はビーグルモードを解いて全速力で走り出した。
 次の瞬間、彼らの体に纏わりついていた磁力が止んだが―――その代わりに、磁力が消えたことによって宙に浮きあがっていた金属の塊たちが浮力を失い、オプティマス達の頭上に雨あられのように降り注いできた。
 オートボット達は、無我夢中で鋼鉄のスコールをよけながら頭上に迫りくる脅威からの逃亡を開始した。
(了. 2014/09/25)
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