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 壱

「おはようございます、サワさん」


 可愛らしい声とともに軽く体が揺らされる。
 目を開けると、おかっぱの黒髪に古風な赤い着物、林檎のような頬をした女の子がにこにこと笑っていた。

 テーブルの上には美味しそうな朝食が用意されている。ほかほかご飯にお味噌汁、焼き魚と小松菜のおひたしに茄子の揚げ浸し。
 一汁三菜の食事は、彼女が作ってくれたものだろう。

「朝ですよ。お食事もご用意致しましたから、どうぞ召し上がってください」

「うん……ありがとう、お琴ちゃん」


 手を伸ばして頭を撫でると、彼女は幸せそうに微笑んだ。

 お琴ちゃん、本名は河之江琴。

 彼女は座敷わらしである。

 最寄り駅から徒歩五分の学生マンション。作り付けのクローゼットを寝室にして、彼女は部屋の主人であるわたしの世話を焼いてくれる。
 座敷わらしというと古民家に現れるようなイメージを抱きがちだが、本人曰く彼女は変り者らしい。新しくて狭い家が好きで、このマンション(築五年)が建設された当初から厄介になっているそうだ。

 わたしはこの部屋の二人目の住人で、お琴ちゃんにとっては初めて声を掛けた人間だそうだ。料理だけじゃなくて家事のほとんどを行ってくれるから、家事の苦手なわたしにとってもありがたい限りだ。


「いただきます」

「どうぞ召し上がってください」


 朝ご飯は、毎日一緒に食べる。
 彼女にとって食事は栄養補給ではなくて、娯楽の一種らしい。座敷わらしは食べ物から栄養を摂る必要はない、のだそうだ。
 でもやっぱり、二人で食べた方が美味しいと思う。

 ずずっ、と味噌汁を啜る。きちんと鰹節からとった出汁が鼻腔へ香る。美味しい。


「やっぱり料理上手だね、お琴ちゃん」

「そうですか? そう言って頂けると座敷わらし冥利に尽きます」

「こんなに美味しいんだから、お琴ちゃんももっと食べたら良いのに」

「いえ、わたしが食べても栄養に出来ませんから、サワさんがいっぱい食べてください」


 にへー、と頬を緩めて彼女は笑う。

 ご飯もおかずも味噌汁も、彼女は少ししか、自分用によそっていない。いつも心配になるけれど、そこは座敷わらし、驚くほど省エネなのだ。


「あ、そうだ。今日の晩御飯は鯖の味噌煮を作ろうと思っているのですけど、よろしいですか?」

「もちろん。いつも悪いね」

「いえそんな、恐縮です」


 子どもらしい赤い頬を綻ばせて、お琴ちゃんは照れたように答えた。




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