Special | ナノ

 涙雨上がりて

 それは、ある雨の日のこと。
 突然降りだした雨に、近くにあった軒先を拝借し、いつも持参していた折り畳み傘を広げた時だった。

 その人は、いた。

 降り注ぐ雨に全身を濡らし、一切避けることなく立ち尽くしているその姿から、目が離せなかった。
 真黒な黒髪は雨にしっとりと濡れ、肌に張り付き、身に纏っているセーラー服もまた、ぐっしょりと濡れそぼっていた。

「―――え?」
 気付いた時には、彼女の前に行き、傘を差し出していた。
 俺を見返す瞳は大きく見開いている。
 突然の出来事に驚いているようだった。
「あー……、走ればすぐそこだからさ。俺んち」
 そう添えて傘をぐいと前に出す。
 すでにびしょ濡れの彼女に今から傘なんて、とも思ったが仕方がない。自然と体が動いてしまったのだから。
 彼女は戸惑っていた。
 当然だろう。見ず知らずの男から急に話しかけられ、あまつさえ傘を貸すと言うのだから。警戒するなという方が難しいに決まっている。
 彼女はまだ、躊躇しているようだった。
 そんな様子を眺めているのも、飽きてきた。
「―――ほらよ」
「え?わっ」
 差し出していた傘を、目の前に放り投げてやった。
 悩む暇もなく、傘は彼女の手の中に。
 未だ戸惑っている彼女を背に、俺は駆け出した。

 雨は降り続ける。
 全身を濡らし、体との境目も曖昧になるほどに。



・・・・・・・・・




「あの、ありがとうございました」
 次に会ったのは、よく晴れた日だった。
 俺の前に彼女は現れた。
 手に赤い傘を持って。
 俺の傘、こんな色だったか?
「ああ、別に……」
 受け取ろうとして、思わず手が止まった。
「あの……?」
「あー…、その傘さ、あんたにやるよ」
「え?」
「いや、そんな色の傘俺が持ってたって変だろ?あんたの方が似合ってる」
「えと…」
「うん、貰ってくれ。以上」
 戸惑う彼女を置き去りにし、一方的に話を終わらせ、その場を離れようとした。
が、それは意を決したような彼女からの一言で断たれた。
「――あの、私に協力してもらえませんか?」


・・・・・・・・・・・・


「――で、俺は何をすればいいって?」
 彼女――碓氷瑞希(ウスイ ミズキ)の話によると、数年前にこの河川敷で大きな水災害が起き、その時に流された少年がいたのだそうだ。結果だけを言えば、その少年は何者かによって助けてもらったようなのだが、それがいったい何処の誰なのかがわからず、せめてお礼だけでも言いたいと知人である彼女に探してくれるよう頼んだのだという。
 その少年自らが探せばいいのでは、と聞いてみたが今は身動きが取れないような状況らしく、仕方なく彼女が探すこととなったらしい。
「あんたも受験生なのに、大変だな。勉強は大丈夫なのか?」
「……あなたに言われたくありません」
「そーですか…」
 確かに俺の外見からすればそうなのかもしれない。茶髪、ピアス、身に着けたブレザーの制服は見事に着崩していて、全体的にいわゆるチャラい男だ。見た目からして真面目な女子中学生と、チャラい男子高生。どうみても不釣り合いな組み合わせに、道行く人は視線を合わせようとしない。
「つか、なんで俺なんだ?他にも手伝ってくれるような奴いなかったのか?」
「わざわざこんな時期に友人の手を煩わせるわけにはいかないし、私一人でもどうにかなるかと思って」
「じゃあ俺もいらないじゃん」
「あなたは…その、よくここで見かけたから。ここのことについて詳しいんじゃないかと思ったんです」
 帰ろうとした足を、再び彼女に止められる。振り向いて出会う瞳は真っ直ぐで逸らすことができない。
「あー、よくいるっつってもなあ、この河川敷が通学路ってだけだから、あんまり役には立てないと思うぞ?まあ、それでもいいってんなら、手伝ってやるけど」
「お願いします」
「おう」
 女子中学生からの頼みなぞ断ることもできず、とりあえず情報収集には図書館かと足をそちらに向ける。
 すると、
「あの、一つ、聞いてもいいですか?」
 足を止め、再び彼女に向き直る。
「あなたの名前、教えてください」
 そういえば、彼女の――碓氷の名前は聞いていたが、自分は名乗っていなかったか。
「鳴海透(ナルミ トオル)。高校二年生だ。よろしくな」
「ナルミトオル…。はい、よろしくお願いします」


・・・・・・・・・・



「……悪い」
「別に気にしてません」
 市立図書館に行ってみたものの、席に着いた途端、鳴海は寝てしまっていた。授業の記憶も曖昧だが、図書館独特の静けさや本に優しい気温と湿度にすっかり癒されてしまったようだ。気付いて起きた時には、碓氷は調べていた新聞類を全て片付け終えた後だった。
「……明日は、隣町の図書館に行ってみようかと思います」
「あ、ああ。今度こそ寝ないように気を付ける」
「…………」
「その目は信用してないな?!」
「あんなに豪快に寝ている姿を見てしまうと、信じようにも信じれませんよね」
「言い返せねえ!!」
 辛辣な彼女の正論にぐうの音も出なかった。頭をガシガシと掻き、横目で碓氷を見返すと驚いたことに彼女は小さく笑っていた。
 碓氷は極端に表情が少なく、初めて会った時の驚いた顔と戸惑った顔以外は常に無表情と言っても良いくらいだった。その二つの表情さえも、本当に僅かなもので、鳴海がそう感じたにすぎないのだが。
「なんだ、ちゃんと笑えんじゃねえか」
「?」
「笑ってた方がいいぜ?女の子はな」
「……軟派な人ですね」
「失礼な!」
 他愛のないやり取りをした後、碓氷とは明朝この河川敷で待ち合わせることにして別れた。


・・・・・・・・・・


 翌日も鳴海と碓氷は少年の「命の恩人」を探したが、手掛かりのようなものは見つからず、もはや八方塞がりの打つ手無しの状況になっていた。碓氷と別れてからも道行く人から情報収集を試みるが、碓氷と別れる夕暮れ時は河川敷の人もまばらで、行き交う人は忙しそうに通り過ぎて行ってしまう。
 考えてみれば、与えられている情報はその少年の名前と、数年前の河川敷の水災害のみ。たったこれだけの情報をもとに、本当に目的の人物を探すことなどできるのだろうか。
 穏やかに流れる川を眺めながら、鳴海は思った。
「――なあ、見つからなかったら、どうするんだ?」
 同じように川を眺めていた碓氷は振り返る。黒髪とセーラー服が風に揺れ、その顔が夕日に照らされる。
「見つけます」
 ごく当たり前のように碓氷は答えた。
 その返答に、鳴海は肩透かしを食らったような気分になる。
「いやだから、見つからなかったらの話。そいつはどうするんだよ。お前に頼んだ奴」
「あの子のためにも見つけてあげるんです。じゃないと、あの子は後悔したままになってしまうから」
「後悔?」
 鳴海の問いに碓氷は小さく、だが力強く頷く。
「命を助けてもらったのに、そのお礼が言えなかった。そのことをあの子はずっと後悔してる。だから、私はその願いを叶えてあげたいんです」
「…………。そういえば、俺も前に小さい子を助けたことがあったなー。うん。あいつ礼も言わないでどっかに行きやがった」
「…………」
「そうだな。礼を言われないのも癪だけど、言えないのもしんどいもんな」
 夕日が眩しいのだろう、彼女は目を細めて静かにほほ笑んだ。
「それじゃあ、また明日」
「ああ」
 手を振る。
 これまでも別れ際には手を振ってきたが、今まで碓氷は会釈を小さくするだけで、振り返してきたことはなかった。恥じらいでもあるのだろうかと思っていたが、単純に、碓氷の気質なだけなのだろう。この数日で、なんとなく彼女のことがわかってきたような気がする。
 そして今日も、碓氷は小さく会釈をして帰って行った。


・・・・・・・・


 その日は朝から雨が降っていた。
 約束通り河川敷に来てみたはいいが、雨は一向に止む気配はなく、むしろ雨脚を強めているように感じた。今日はやめといた方がいいのではないだろうか。そう考えもしたが、碓氷の連絡先を知らないため、今帰れば碓氷とすれ違いになってしまう恐れもあった。
「こんなことなら、番号聞いておけばよかったか…」
 今更な後悔がよぎったが、入れ違いになるわけにもいかず、このままここで彼女を待つことにした。
 雨は相変わらず降り続ける。
「――鳴海さん」
 声のした方向を振り返ると、赤い傘を差した碓氷瑞希がそこにいた。
 いつものようにセーラー服を身に着け、いつものような無表情に、今日はどこか悲しみの色を混ぜて――。
「……どうした?つか、お前、今日も制服なのか?って俺もだけどさ……なんか、調子でも悪いのか?」
 碓氷の表情はいつものように無表情ではあったが、視線は真っ直ぐに鳴海を射抜き、唇は固く引き結ばれている。そして、傘を握りしめている拳には力が入っているのだろうか、その手は白く小さく震えていた。
「おい―――」
「探していた人が、やっと見つかりました」
 雨の音に紛れてはいたが、その言葉ははっきりと鳴海の耳にも届いた。
「……見つかった?」
「はい」
 雨は容赦なく打ち付ける。
 傘にも、コンクリートの路面にも。
 雨で水量が増えた川の水が、いつもの穏やかな音から一変、激しさを増してきていた。
「よかったじゃねえか!これでお前も受験生に戻れるな!」
「そうですね」
「そっかそっか。じゃあ、俺とお前の関係もこれで終わりだな」
「そうですね」
「…あっけないな。ちょっとは寂しいとかないのかよ…」
 鳴海の声に、抑揚のない言葉で返す碓氷。
 この数日で少しは距離が近づいたかと思ったが、思い違いだったのだろうか。そう考えると、少しだけさみしいものがこみ上げてくる。
「…………気にならないんですか?」
 一切声音を変えることなく、黙っていた碓氷が問いかける。
「何が?」
「その人のこと」
「ああ、「恩人さん」?んー、気になるっちゃあ気になるけど、気にならないといえばそれほど気にもならな――」

「あなたです」

 鳴海の言葉を遮り、雨の音に紛れながらも、碓氷ははっきりと告げた。
 迷いのない黒瞳をまっすぐに鳴海に向ける。
 鳴海はその瞳から目を逸らすことができない。
 頭がぐらぐらする。
「――――、は、俺?」
「そう、あなた」
 続く沈黙。
 雨は、降り続ける。
「あなたが、その少年を助けた張本人」
「何言って……だって俺にはそんな記憶全くな――」

 轟々と音を立てて流れていく川。
 その記憶は、何だ?
 水底の砂を巻き上げて流れていく濁った水の中に、木々やごみ以外のものが混ざって流れている。
 それに見覚えはないか?
 轟音に微かに混ざったか弱い悲鳴は、確かに助けを求めているように聞こえる。
 その声に、その小さな姿に悪寒を感じなかったか?
濁流に飲み込まれたのが小さな少年とわかり、とっさに河川敷を駆け下りていく人物。
 あれは、誰だ?
 一瞬雨脚が穏やかになり、川の流れも僅かに緩やかになったように感じたその瞬間。伸ばした手が小さな手に触れ、必死に掴む。
 この手は、誰のものだ?
 持っていた力の限りに川を泳ぎ、左手で河川の雑草を掴み、右手で小さな手を引っ張り上げる。小さな体が水から上がり、くたりと横たわる。その口から小さな咳き込みがあったのを見て、安心する。
 その瞬間、上流からの濁流が一気に鉄砲水となり、まだ川の中にいた人物の体を飲み込んだ。

 その人物は一体、誰だ――?

「――記憶が無くて当然です。あなたがその記憶を自ら閉ざしてしまったんですから。自分の命の終わりを、自分で深い深い水の底に押し込めた」
 少女の真っ直ぐな瞳が見返してきた。
 その瞳に、その言葉に、嘘は見られない。

ドクン――、
  心臓は、……………鳴らなかった…。

 左胸に手を当てる。
 生きている証である、心臓の鼓動は感じなかった。
 すさまじい勢いで記憶が蘇る。
 そうだ、あの時俺は死んだんだ。
 溺れていた少年を助けようとして川に飛び込み、少年の腕をつかんでどうにか陸地に引っ張り上げたところまではよかった。だがその後、予想もしていなかった鉄砲水に襲われ俺はそのまま流された。
 その後の記憶は、ない。

「あの子は、あなたに礼をしなかったんじゃない。出来なかったんです」
 雨の音に紛れて少女の声が聞こえてくる。流れるように言葉を紡いでいく。
「あの子が気づいた時には、あなたはいなかった。だから、言えなかった」
「…………」
「言えなかっただけで、ちゃんと思ってます。ありがとうって」
「そ、か。……………………そうか…」
 雨の勢いが穏やかになる。
 雲の隙間からわずかに光が洩れ、雨上がりを告げ始めていた。
 それと同時に自分の気持ちも不思議と穏やかになっていくのを感じた。
 すがすがしい、とはこういうことなのか。
 動揺していたはずの自身も、なぜかすっきりとした心地だ。
「――お前は、最初から気づいていたのか?」
 静かに鳴海は尋ねた。問い詰めるのではなく、確かめるように。
 碓氷は小さく首を横に振る。
「あなたがこの世の人ではないことはすぐに気付いたけれど、あなたが私の探している人だとはわかりませんでした。でも、この河川敷周辺にいた霊はあなたくらいだったので。一か八かでした」
「なるほどね。だから確証が持てるまで一緒にいたわけだ」
「はい……黙っていてごめんなさい。……怒ってますか?」
 碓氷は最初に名前を聞き出した後、ありとあらゆる手段を使って鳴海が探している人物であることを突き止めた。その事実を伝えると、これまで揺るがなかった瞳に、申し訳なさそうな色が滲んだ。
 鳴海はそれを見て、苦笑する。
「いいや、全く。逆に感謝してる」
「そう、なんですか?」
「ああ。よく考えたら俺ずっと学校に行ってないし、このあたりから外に出たことないし、しばらく誰とも会話どころか目も合わせてなかったからな。今まで気にしてなかったけど、その理由にやっと気づけた。だから、ありがとな」
 困惑の感情があることは確かだが、感謝の気持ちがあることも真実だ。
 碓氷に出会えていなければ、おそらくこれから先もこの場に縛られ続けていたのだろう。
 その呪縛から解き放たれていくのを感じる。
「お前との――瑞希との数日間、楽しかったぜ」
「……私も、楽しかったです」
「生きてたら口説いてたかもなー」
「軽い人は遠慮します」
「ははっ――だろうな」
 憎まれ口を叩くのもきっと今日で終わりだろう。名残惜しさを感じながらも、鳴海は晴れ晴れとした気持ちで笑った。碓氷の向こうに見える真黒な雲の隙間から、青空が見え始める。
 まるで、鳴海の心情を表すかのように。
「最後に一つだけ確認させてくれ」
「?何ですか」
「あいつは、俺なんかに助けられて、よかったんだよな?」
 瑞希の差す傘から雨粒が落ちる。
 もう雨は降っていない。
 雲の隙間から漏れ出してきた太陽の光に、傘に付いた雨粒が反射してキラキラと輝いた。
「何度でも言います。あの子は、あなたに感謝しています。直接あなたに会って伝えられないことを後悔するくらい、何度も叫んでます。『ありがとう』って」
 嘘のない、真っ直ぐな瞳。
 凛とした声に乗せられた、言葉。
 それだけで、充分だ。
「そっか…。………………………………………………そっか…」

なら、いいや――

パシャン――
 水の弾ける音とともに、彼――鳴海透の姿は消えた。
 鳴海のいたところを見つめ、瑞希は傘を閉じる。
 赤い傘を見つめ、出会った時のことを思い出す。
 もともとこの傘は瑞希のものだった。だがあの日、傘を出すタイミングを逃した瑞希はびしょ濡れになってしまい、このまま濡れて帰宅してしまおうかと考えていた。だが、その時、河川敷にいる鳴海の姿が見えてしまった。土砂降りにも関わらず、その身を一切濡らしていない鳴海は明らかにこの世のモノではなかった。
 もしかしたら彼が探していた人かもしれない。そう考えた瑞希は鳴海への接触を試みようと思ったのだが、不思議なことに鳴海の方から話しかけてきたのだった。いつの間にか瑞希の傘を手に、まるで自分のものであるかのように差し出す鳴海の姿に、正直最初は驚いた。
 だがそれも、この数日でわかってきた。鳴海透という人物はあんな成りではあるが、その性根では困っている人を放っておけない性分なのだろう。いわゆるお人好し。あの時のアレは、びしょ濡れだった瑞希を見て、どうにか助けてあげたいと思った鳴海の起こしたミラクルだったのではないだろうか。
 鳴海の緩んだ笑顔を思い出すと、自然と笑みが零れた。
 そして、誰にともなく、呟く。
「……これで、やっと救われた?」

「――うん。ありがとう!」

 突然の返事にも、瑞希は一切動じない。
 まるで、初めからそこにいたかのように、瑞希の背後には幼い少年の姿がそこにはあった。
「君の幼いおぼろげな記憶から彼を探すのは大変でした」
「そうだね」
「特定の人物を探すには、その人の特徴、亡くなった日、名前がわからないといけないのに。あの人を探すの、特に苦労しました」
「ぼくも知らなかったからね。本当にありがとう、おねえさん」
「あの人は救われた。――君も、これで救われる?」
 振り返った瑞希の視線の先には、一人の少年。
年は5,6歳だろうか、今の季節には不釣り合いな半袖に短パンを身に着け、降り続けていた雨にもかかわらず、その体は一切濡れていない。瑞希の問いかけに、少年は晴れやかな笑みを浮かべて応える。
「約束通り、君のことは彼には伝えていない」
「うん」
「君も辛かったね。せっかく彼に助けてもらった命が、あのあとすぐになくなってしまって。――お礼が言えなかったのが君の後悔」
 瑞希は続ける。
「彼のことを誰も知らなかったのも、唯一知っている君が、彼のことを誰にも伝えられなかったから」
 鳴海透が助けたと信じていた少年は、実は鳴海が流された後に息を引き取っていた。
瑞希と少年が初めて出会ったのは一年程前、ちょうど今日のように雨の降る日のことだった。降り付ける雨に一切打たれることなく立ち尽くしている少年は、道行く人に一心に訴え続けていた。

「ぼくの命の恩人をさがしてください!」
 
 気付かれることなど無いことをわかっていながら、叫ばずには願わずにはいられないとでも言うかのように、少年は訴えていたのだった。その言葉に耳を傾け、足を止めたのが瑞希だ。
「ぼくを助けてくれた後に、おにいさんが流されていくのが見えた。でも誰もおにいさんのことを知らないし。ぼくも伝えることができなかった。だから、誰でもいいから、おにいさんを見つけてほしかった。そして伝えてほしかったんだ」
「ありがとう、って?」
「うん。だから、それをおねえさんがやってくれたから、ぼくも救われたと思う」
「そう」
「やっと、おにいさんのところに行くことができるね」
「そうなの?」
「わかんない!」
 少年は快活に笑い飛ばす。根拠はないが、自信はある、といったところか。
「わからないけど、絶対におにいさんを探してみせるよ!」
「……君になら、できるかもしれないね」
「でしょ?」
 だって、わずかな記憶だけを頼りに、見ず知らずの他人に必死に頼み込んできた君だから。きっと、次の場所でも叶えることができる。
 瑞希は少年の眩しい笑顔に、小さく微笑んだ。
 その表情に、少年は目を大きく見開く。
「おねえさん、笑ってる方がいいよ」
「え?」
「うん。笑ってる方がいい。女の子だもん!」
 少年の笑顔に、彼の人物が重なる。
 そのことに、わずかに目頭が熱くなった。
「じゃあ、ぼくもそろそろ行くね」
「そっか」
「うん、それじゃあおねえさん、バイバイ!――っと、そうだ、あと一つだけお願いきいてくれる?」
「それができるのが、私なら」
「おねえさんにしかお願いできないよ。あのね、実は僕おにいさんのことを見つけたんだ」
 満面の笑顔で手を振っていた少年だったが、最後のお願いとして唐突なことを話し出す。
 瑞希の表情にも困惑が浮かぶ。
「あのね―――」



・・・・・・・・・・・


 あれから数日後、瑞希は彼らと出会った川の下流に来ていた。
 都市の中を流れていたその川が、唯一都会の喧騒から離れ、周りをうっそうと生い茂る木々に遮られている。
 そこに、ソレはあった。
「―――魂としての鳴海透を見つけることはできなかったけれど、躯としての彼を見つけることはできた、ね」
 瑞希は目を細め、二人の姿を思い浮かべ、微笑む。

「――その場所に行けばすぐにわかるように目印もあるんだ」
「目印ってなに――」
「ああもう行かなきゃっ、おねえさん本当にありがとう!」
「ちょっと…」
「目印はぼく、日向葵(ヒナタ アオイ)だよ!」

 それだけを言い残すと、葵は消えてしまった。
 葵の言った意味をその後しばらく考えた末、瑞希はこの場へやってきた。
「……確かに、すぐにわかったよ。よく考えたね――」
 誰にでもなく向けられたその言葉は、風に溶けて消えた。
 この後は関係機関に連絡し、この事実を伝えなければならない。
まあ、十中八九面倒なことになるのだろうが、それはまた別の話だ。
 瑞希は小さく手を合わせ、その場を後にする。
 そこには白い骸に寄り添うようにして、小さな向日葵が花を太陽に向けて咲いていた。









 ―了―

・・・・・・・・・・

またまた逸那さんとのコラボが実現しました!!
「水」「骨」「盲目」を逸那さんからいただき、それに沿ったものをつくってみました。
本当の初めに構想していたのは、これとは真逆のホラーテイストのものだったのですが、うまい具合にお題が活かせなかったのと、ネタだしをしていて自分の中でしっくりこなかったのでやめました。いつか形にできる日が来たらそれはその時に・・。

いつも書くときはどこかで救いが欲しいなと思っているので、今回のも鳴海はもちろん葵くんも救われたと感じていただけると嬉しいです。瑞希だけはあのあと大変かもしれませんが。。。
裏設定で瑞希は警察とは顔見知りで、未解決事件とかに関わったりしていたりします。だから今回も「またか」とか言われてるかもしれませんね。

最後になりましたが、いつも素敵なイラストをありがとうございます!!
逸那さん、またやりましょう!!

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