(…ここは……天国…?)

どれくらい眠っていたのだろう、少し離れた箇所にある窓にかかるシンプルなカーテン越しに射すぼんやりとした薄明かりにより僅かに確認出来る天井をイヅルは見つめた。
家具も壁紙も見える限り白と黒のみで統一された室内を、時折窓の外を通る車のライトが照らしあげる。

カチッ、カチッという一定リズムを刻む秒針の音だけが響く見知らぬ部屋でイヅルは自分の状況を把握しようと一旦瞼を閉じた。



何処までも真っ暗な世界。
欲しい物は何を犯そうと奪い取り、逆らう者は例え神であろうと皆殺す、欲望と殺戮を繰り返す種族……悪魔。
幻想だ・迷信だといわれる其れは実在しており、イヅルもまたその悪魔と呼ばれる者の一人だった。

悪魔には生まれつき備わった力の大きさにより上級、中級、下級という階級がありイヅルが備わった力は下級悪魔の中でも最下級のレベル…どんなに他の者より努力しようともその力を上げる事は困難を要した。

その上イヅルは悪魔とは呼べぬ程に純粋だった。他人を苦しめる事が悪魔の証であるにも関わらず其れが出来ず、何故こんな酷い事をしなければならないのかと思い悩む事もあった。

そうしているうちにイヅルは上級レベルの悪魔に目をつけられる。

悪魔にはあるまじき心を持つイヅルに周りは冷たく、いつしか其れは悪魔界に波紋を呼び、そして……イヅルは試練と称され地上へと堕とされたのだった。




漸く己に起きた状況を把握しだしたイヅルはここが地上世界だと認識する。
…しかし地上には空があり、大地があるもの…目覚めた早々柔らかなベッドや屋根がある筈がない。
イヅルに新たな悩みの種が生まれかけた瞬間、ギシリとベッドが軋む音が聞こえイヅルは再び瞼を開けた。


「――…………ん…起きたん…?」


再び開いた視界に先程見上げた天井は無くなっていた。
目の前にあるのはサラリと揺れる美しい銀色と薄明かりに浮かび上がる色の白い端麗な表情…。

「……ッ」

突然の事に驚いたイヅルは慌てたように身を動かすも思いの他ベッドの端にいたのかベッドが狭かったのかバランスを崩し床へと落下した。
その様子にくっくっと笑みを漏らしながらも「大丈夫か?」などと腕を伸ばしてくる男に怯えを含んだ青い瞳を向ける。

「……?…そない怯えんでもなぁんにもせぇへんよ、早よ上がらな其処寒いやろ?」

差し伸べた手を取る事をせず冷たい床の上で不安げな眼差しを向けるイヅルに警戒心を解こうと声をかけながら男は再びギシリとベッドを軋ませ立ち上がり、其のまま床から離れないイヅルに近付いてベッドへ戻そうとその華奢な身体を抱え上げる。

優しい言葉をかけられたとはいえ警戒心が解けきれた訳でないイヅルは若干の抵抗を見せはしたものの男の力が強いのか、地上に堕ちた事で尚力が低下したのかアッサリ抱え上げられれば再びベッドの上へと降ろされた。

「…君、ボクん家の前に倒れててん…こない寒い夜に服も着んと。あちこち怪我もしとるみたいやし…流石に家の前で野垂れ死にされても困る思て連れて入ったんよ」

イヅルをベッドに横たわし、その横に腰掛けた男は思い出すように言葉を紡ぎながらも安心させようと優しく金色の髪を撫でてくる。

幾分か冷静さを取り戻したイヅルは己の姿を見る。所々にガーゼや包帯が付けられ、不健康で華奢な身体には己より僅かに大きいサイズの真っ白なシャツが一枚着せられていた。

「何があったんかは知らん…せやけどきっと親心配しとるやろし気分落ち着いたら連絡取……「無い、です…」

柔らかな金髪を撫で時折指に絡めたりして弄りながらも流石に家族が心配するだろうと思い男は言葉を続ける…も、不意に呟かれた掠れ声に男は手を止めた。


「…家、も…家族も…無い…です…」


全てに捨てられた。


帰る場所も受け入れてくれる場所もない。


身体に負った傷。白い肌は裂かれ、所々に残る紫色や黄色の痕…全て今まで信じてきた者から与えられた痛み…。


ギュッとシーツを握り締め表情を曇らせながら辿々しく呟くイヅルの言葉に詳しくは解らずも何かを理解した男は暫く何か考えるように黙っていたものの、何かを決意した表情になれば唇を開いた。


「……なぁ、自分名前何て謂うん?」


「………イ、ヅル…です」


「イヅルか…ボクは市丸ギンや。イヅル帰るトコ無いんやったら…ボクんトコ居る?」


「……え…」


突拍子も無く掛けられた言葉にイヅルは暫くきょとんとした表情を浮かべた。
悪魔界から堕とされた時、悪魔の証たる羽根を千切られ見た目こそ人の姿をしているとはいえ得体の知れない者に対し初めから警戒心を全く見せず、その上その得体の知れない者を家に置こうと言うのだからイヅルには理解の域を超えていた。

そんなイヅルを知ってか知らずかニンマリ笑いながら「なぁんもないつまらんトコやけど」などと謂う目の前の男…ギン。


「…僕、役に…立たない…ですよ?」


「うん、エエよ…まぁ家事くらいは手伝ってもらうやろけど」


「……お金もないし…」


「わかっとるわ、そんなん取ろうとか思おてへんよ」


「……でも僕…」


「……帰るトコあらせんのやろ?だだっ広い家にボク一人っちゅうんも何や寂しかったんよ…せやからボクの為に此処居ってや」


唇を開けば否定的な言葉を並べるイヅルではあったものの"ボクの為"と言われては浮かぶ否定も無くなりギンを暫く見つめる。
悪魔の眼に映る人の纏うオーラ…ギンの其れは複雑ではあったが彼の言う通り"寂しい"という感情は見受けられた。

悪い人では無さそう、最初こそ怯え不信感を抱いていたイヅルも終始笑みを絶やさぬ優しい様子のギンに今まで育った環境に無い温もりを感じだしていた。


「……なぁ、エエやろ?」


暫くし再び訊ねられた問いにイヅルは小さく首を縦に振った。







(神様、こんな僕でも…少しくらい幸せになってもいいですか?)



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