(…あ…また…)



雲一つない晴天の下、白い校舎にチャイムが鳴り響く。ほんの少し前までは人っ子一人見当たらなかった静かな廊下は一気にその表情を変え今は真っ直ぐ歩く事も困難なまでの賑わいをみせる。

弁当を手に校庭へと向かう者、気に入ったパンを買いに売店へと急ぐ者…多くの者が行き交い楽しげな笑い声や友を呼ぶ声が広がる廊下を金髪の青年が急ぎ足で歩いて行った、一つの目的の為…。




長い長い階段の先…ガチャリ、と開かれた白く重い鉄の扉の向こう。
白いコンクリートに黒いフェンス、校庭が一望出来る其処は今日のような日には柔らかな陽射しに照らされ昼寝には最適。其れ故入り浸る生徒も多く今は生徒会の管理下に置かれた場所……新校舎の屋上。


片手にパンと飲み物の入った買い物袋を持ったイヅルは"生徒立ち入り禁止"の貼り紙を気にする事なく屋上へ出ると静かに扉を閉め、丁度扉の裏側にあたる箇所へと足を進める……と、其処には壁に背を凭れ床に座り込む青年が一人。

黒いブレザーの前を開き、ネクタイは何処へやらカッターシャツの首もとを開いた銀髪の其れは何をやるでもなくただぼんやりと空を眺めながら風に紫煙を揺らしていた。




「――……いい加減にしないと本当に肺ガンで死にますよ?」

「…ん…また見つかってしもた」


まるで慣れたような呟きを漏らしつつイヅルは青年から煙草を奪うと其れを捨て隣に腰を下ろし、青年もまたその行動に慣れているのか口端をつり上げ悪びれる様子の無い笑みをイヅルに向ける。


「…ウチの風紀は鼻が良ぉて困るわ、また一本煙草無駄んなってしもた…」

「人をまるで犬か何かみたいな言い方しないで下さい、貴方が僕の視界に入る位置で煙草なんか吸うのが悪いんです………そもそも僕を風紀委員に推薦したのは貴方ですよ?市丸ギン生徒会長」


残念がる言葉とは裏腹にくっくっと愉しそうな笑みを浮かべるギンに嫌みを籠め言葉を返しながら持ってきたパンや飲み物を取り出し昼食の支度をしだすイヅル。

「…だいたい、授業もサボり過ぎです…三時限目の始めごろから此処に居たでしょ?藍染先生も心配してましたが、そろそろ真面目に授業受けなきゃ単位が…」

「…………なぁ、イヅル…」

教室の窓側の席、其処から見えた紫煙を思い出しイヅルは母親よろしく云々と説教を始める…と、不意に目の前に細長い指先が伸ばされたかと思えば其れは顎に添えられふわりと金糸を揺らされた。

引かれるままに顔を向ければ悪戯な笑みと触れ合う柔らかな唇。

「…なっ!…んんッ…っ…」

一瞬の動揺により出来た油断から口内へと無理矢理舌をねじ込まれ逃げようと頭を退けば後頭部を押さえられ其れも叶わず。
逃げ惑う舌を絡め取るようにしながら口内を犯す舌に相手を引き離そうと胸元を押し返すも見かけによらず力の差は激しく結局為すが儘、漸く唇が解放された時にはイヅルは酸欠により脳内に痺れを抱きぐったりしながらもその様子を愉しげに見つめるギンを睨みつけた。


「……ッ…はぁ…毎回ッ…いきなり、とか…卑怯って言って…っ…」

「しゃあないやん、煙草無くのぉたら口寂しゅうなるんやもん…それにイヅルいきなりせなヤらせてくれんし」

「……当たり前…です、煙草の味のするキスなんて…誰が好き好んでするんですかッ」

呼吸を整えながら、口内に移された煙草のほろ苦い風味に眉を顰める。
禁煙を強制すると毎回隙をついて行われる口付け…行為にも慣れないがこの苦味には何が起ころうと慣れないだろう、とイヅルは思う。

「……万が一僕が肺ガンで死んだら市丸さんのせいですからね?」

「エエやん、ボクと同じ病気で死ねるんイヅル本望やろ?」

嫌なんやったらわざわざボクんトコ来んとほっといたらエエねんもんなぁ、何かを悟るような笑みとその言い草に不満げな表情を浮かべたイヅルではあったが否定しきれない其れに僅かに押し黙る。




「……イヅルはボクん事好きで好きでしゃあないんやろ?なぁ?」




何も応えないイヅルをからかうように声を掛けるギン、その姿を不服に思いイヅルは唇を尖らせそっぽを向いた。


(…嗚呼、なんで僕はこんな人を…)




「イヅル分かり易うてホンマ可愛ェわぁ」




尚も愉しげな様子の相手をチラリと目尻で確認すれば不服の当てどころが無い事に用意したパンを1つ手に取り気分を変えようと袋を開ける。
開放され甘い香りを漂わす其れに一口かぶりつくと僅かに口内の苦味が緩和され嬉しい反面何処か物寂しさを感じている自分に気付く。

結局残ったのは募る悔しさ。




「――――――……自惚れも大概にして下さい、莫迦な事謂う人にはもうパンあげませんからね」







「………え……」




「……………」








「………ちょっ…い、イヅル様、冗談デス!ご免なさいっ、もう頭に乗らんから哀れなボクにそのメロンパン1つ恵んだってやーっ」












…………。



……………………。





何だかで昼食を終え、ぼんやり午後の陽射しの温もりに身を委ねる。
満腹感からの眠気とそよぐ風の心地良さに軽く瞼を閉じ小さく深呼吸していればふと右肩に感じるズッシリとした重み。
何かと思い顔を向けるとサラリと流れる銀髪を肩に預けスヤスヤという寝息を立てる狐の姿…。

先程からかわれた腹癒せに叩き起こしてやろうか、などと思いながらもあまりに心地良さそうな寝顔に其れも出来ず動けぬイヅルは背後の壁にぐったりと身を委ね晴天の空を見上げた。

静まり返った校舎に五時限目開始を知らせるチャイムが鳴り響く。

(…あ……サボっちゃったや…)

頭の片隅でぽつりと思いながらも、たまには…というように隣で眠るギンに寄りかかり金と銀を混ざり合わせながらイヅルはそっと瞼を閉じた。




もう口内から消えきった苦味。
それでも体に染みきったそれを払うのは容易な事ではない。

苦い苦いこの味に、いつの間にか依存してたのはきっと僕の方。




素直じゃない僕は未だこの気持ちを伝える術を知らないから…


(もう少し、貴方に触れ合う口実に)


見上げた空に浮かぶ紫煙に今日も僕は貴方を見つける。





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