月明かり射す城内を息を潜め音も無く歩む一つの影。
黒いシルエットが抱えた其れは月光の下銀色に煌めいた。

此処はとある王国の城内。
深夜という事もあり、時折巡回する見張りの兵の足音以外の全てが無音に等しいその空間に男は居た。

男の名はイヅル。
第二王子の側近である彼はその生真面目な性格と従順な態度、豊富な知識、長けた剣の腕を持つ事から王からも一目置かれ熱い信頼を受けていた。

そんな彼にある日、王直々の命を下された。

その内容は…第一王子ギンの暗殺。

王は己の命が長くない事を知っていた。
不治の病と謳われる其れに身を蝕まれ、最期の近い中思い浮かんだのは世継ぎの事…。
この国の法では王が亡くなれば第一王子が王として国を治めるよう定められていた。

しかしギンの母はギンが幼い内に病に倒れ他界した。
王にとって今一番可愛いのは現妃との間に産まれた第二王子。
第二王子の望むものは全て与えてきた、付き従う者も優れた者を選りすぐった。
それに比べギンには好きにしろと言わんばかりの適度な金をやり、付き従う者に優れた者が在れば全て第二王子の下へと引き抜かれていった。

…かく言うイヅルもギンの元から引き抜かれた一人。
恵まれぬ環境、どんな侮辱にも屈さぬギンを慕い支え抜こうと心に決め付き従ってきたイヅルも王の力には逆らえずギンを裏切るカタチで傍を離れざるおえなくなってしまったのだ。

悔しかった、強い力の前で抗えぬ弱い自分が。
悲しかった、離れて初めて気付いた憧れ以上の恋心が…。



――…カツン、と長い長い廊下に一つ靴音を響かせイヅルは第一王子ギンの寝室の前で足を止める。
音をたてぬよう細心の注意を払いつつ扉を開き寝室へと侵入すれば月明かり射す窓際のベッドに横たわり静かに寝息をたてる恋しい人。

短剣を持つ手は僅かに震え鼓動は高鳴り嫌な汗が背を伝う…今から行おうとしている己の行為に対する決意が揺らぐのを感じた……否、決意など端からありはしなかったのだが。


小さく息を吐き出し、眠るギンの傍らまで進む。
サラリとした銀髪、長い睫毛、色白くきめ細やかな肌…捨てるに捨てきれない感情に短剣を握った腕を振り上げてはみたもののその腕は力無く下げられた。

(――…僕は何をしてるんだ…殺せる訳、無いじゃないか…)

後悔の念に下ろした手中の柄を握り締め瞳を臥せる………刹那、下ろされた腕がキツく握られ強い力により前方へと引っ張られた。
脱力し油断していたイヅルはバランスを崩し視界が一転、気付けばその身はベッドへと沈んでおり、目の前には揺れる銀髪…。

「――……ッ、ギン王子…起きていらしたのですか…?」

「…イヅル、なん?…こんな夜中にこないなモン持ってコソコソと…何しに来たんや…」

驚きを隠せないイヅルに対し冷静に様子を探るギンはベッドに押し付けるように掴んだ腕から落ちた短剣に僅かに眉を潜めた。

「――…貴方を…貴方を殺めに来たのです…」

のしかかるギンに抗う事もなく、ただ後悔の念を浮かべた表情のイヅルは震える唇で小さく答えた。

「王子を亡きものにするなど重罪…どうか、僕を殺して下さい…そして出来る事ならお逃げ下さい…どうか、どうか遠くへ…」

次第に瞳を潤ませまるで懇願するように必死に言葉を紡ぐイヅル。
その様子にのしかかっていた体をゆっくりと起こしたギンはベッドに落ちた短剣を手にするとそっとその刃をイヅルの首筋に這わせる。

…この方に殺されるなら本望だ…。

ギンを殺める時には抱けなかった決意が自らの死を受け入れる時はまるで嘘のように簡単に受け入れられた。
そっと瞼を閉じ、死ぬその時を待つ…。

――……ザクッ…。

小さな音が室内に響いた。
音程痛みを感じないイヅルは不思議に思い瞼を開ける…と、其処には楽しそうに笑うギンの姿…。

「――…イヅルはエラい生真面目で馬鹿な子やね、王の考えるような事僕がわからん訳ないやん。」
先程までの重い空気が一変し笑うギンにきょとんとした表情を向けるイヅル。
「大方僕ん事が邪魔でイヅル差し向けて来たんやろ?王も大馬鹿者やね…イヅルが僕を殺せる訳ないやん」

手にしていた短剣を放り投げ再びイヅルに覆い被さるようにのしかかるギン。
「ずっとな、逃げる準備はしてたんよ…ただ最後に一つ、置いてけへんモンがあって出ていけんかっただけ…」

未だに状況を把握しきれていないイヅルに顔を近付け囁けば同時にイヅルの首に纏わりつく切り落とされた"第二王子の所有物"を表すチョーカーを外す。

「――…これでいつでも逃げれるわ」

ニンマリと口端を上げたギンはチョーカーを失った白く細い首もとに顔を埋め其処に吸い付くような口づけを落とす。
ゆっくりと唇を離された其処には新たな所有物を表す紅い痕…。

それを目にし満足げな表情で顔を上げれば茹で鮹さながらに真っ赤な顔をしたイヅルと目が合った。

「―――……イヅル、僕とおいで?金も要らん、富も名声も何にも要らん…ただお前が居らな僕あかんのよ…」

月明かりに照らされたギンの切なげな表情に全てを理解したイヅルの答えはただ一つに決まっていた…。




「――………仰せのままに」




ロマンチックな逃避行
翌朝、ギンを起こしに寝室へと召使いが訪れた時には既に部屋は蛻の殻であった。
(貴方と共に在れるなら、僕は全てを捨てよう)



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無駄に長い…。
突発的ストーリー、ぐだぐだ文にお付き合いさせてすいません(汗)



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