癇癪を起こした彼は手に負えない。


灯りの消された部屋に足を踏み入れたが最後、彼を支配する感情が止む迄只僕はひたすらに殴られ、蹴られ、刺され、千切られ。
壁に叩きつけられた体は重力に逆らえずズルリと床に崩れ、本来純白である筈の床の彼方此方に散らばる深紅の花弁の中に沈む。
抉れた肉を、更に抉る鋭く細長い彼の指はまるで愛撫の如く甘く激しく臓器をなぞる。

最早痛覚さえ麻痺する程の痛み。
生と死の狭間で、其れでもいつも死なないのは、きっと呆れる程の貴方への執着心の現れ…。

踏み潰された虫螻のように、横たわる僕の傍ら、漸く落ち着いたのであろう彼は、真っ赤な手を見つめ、真っ赤な僕を見つめ、小さな謝罪を口にした。

いつ、だろう。

虚ろな瞳にうなだれる彼を映し、朦朧とする意識の中、彼が癇癪を起こしたキッカケを手探る。



『お前の愛は狂っている』



『あの儘なら従属官はいつか死ぬ』



嗚呼、あの時か。


不意に浮かんだ言葉はそう、確か第4十刃である彼が部屋に訪れた際漏らした指摘とも警告ともとれる其れ。
藍染様からの指示を受ける最中背後から小さく響いたのは、苛立ちを感じた時爪を噛む彼の癖が発した微かな音。聞き漏らしたのは僕のミス。


まるで己を責めるように、他人になどけして吐かない謝罪を壊れた人形のように口にする姿が痛々しくて。
手を伸ばして優しく頬でも撫でてやれれば良いのに、痛みは其れを容易には許してくれない。


嗚呼、僕は彼を責めたりしないのに


伝えたい事は沢山あるのに


唇は終始酸素を取り込む事に一生懸命で、声を吐き出す余裕すら無くて





大丈夫です



大丈夫



僕は大丈夫なんです


貴方が死んでいい、と言う迄死ぬつもりはありません


ザエルアポロなんて、従属官を食べてしまうんですよ?


貴方は狂ってなんかいない


少なくとも僕からしたら正常だ


だからどうか





苦しまないで…




譫言のように繰り返し降り注ぐ謝罪の言葉。

絶望を求め、絶望に支配され、絶望しか感じられない、きっと辛いのは僕より、彼なのだ。

ならばせめて肉体だけは、貴方の痛みを感じたいから…。






サァ、僕ノ血ヲ啜ッテ

( 貴方の愛が異常だとするならば きっと僕の愛も異常、なんだ )







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