――ゆらり、何度経験しても慣れる事の無い情事後の重怠い躰を引きずりながら浴室の扉を開いた僕はシャワーを手にすると思いっきりバルブを捻り、勢いよく溢れ出した冷水を、薄手ではあるも着流しを身に纏ったままの隊長目掛け躊躇う事無く一気に浴びせかけた。


「――ッ冷た…なに、すんねや。イヅル…」


「…臭いです」


いくら春とはいえ頭から冷水を被るには流石に早い季節。纏う衣服は冷たい水分を含み素肌に貼り付き、気持ち悪いのか寒いのか、眉を潜め頬に貼り付く銀糸を払う隊長にただ僕は淡々と応えた。

遠に陽も沈むころ、酷く鼻につく噎せかえるような甘ったるい女の香水をその身に纏ったまま、突然部屋を訪れた隊長は有無も訊かず半ば無理矢理に僕を抱いた。
幾度目かわからない行為の末吐き出された普段より随分透明に近い液体はだらしなく太腿を伝い水に混じり流れていく。


「なぁ…怒っとるん?」


ざぁざぁと床へ降り注ぐシャワーの音に紛れるように、ぽつりと浴室に響いた声はあまりにも悪意を感じられないもので。
ふと顔を向ければ同じく此方を見つめる朱い瞳が、まるで無邪気な子供のような表情を浮かべ小首を傾げていた。

出来る事ならばその憎たらしい顔を踏みつけてやりたいという程に腹が立つ……がしかし、今の隊長には触れたくない、どころか近づきたくもない…それ程に嫌な臭いがする。


「…怒ってなんかないです。ただ市丸隊長のその無神経さに呆れているだけです」


「…女の子の匂いつけて帰ってきたから?」


「嗚呼…わかっていていつもそういう事をなさってらしたんですね」


…隊長は綺麗な女性が好きだ。
容姿や肩書きからもとても好かれ、落とせなかった女性は居ない程、僕が知る限りでは遊びであれ本気であれ付き合う女性を切らした事など一度もない。


「浮気してても怒らへんぶァっ、やッめっ」


流れる水温を低いもので保ち、隊長の顔目掛けてこれでもかという程に冷水をぶちまける。普段冷静な相手とはいえ流石に水を掛けられ続ければたまらないのか懸命に手で水を防ぎながら顔を歪め、必死で息を吸い苦しそうにもがいている隊長が目に留まるものの、その行為をやめてやる気はさらさらない。


「僕の事をからかって面白いですか?」


震えた声が聞こえないように掛ける水音で誤魔化して。
いつの間にか僕を支配していたのは嫉妬よりもっともっと醜い感情だった。


「やめェ言っとるやろ、イヅルッ!」


漸く取り上げられたシャワーはどちらの手にも捕まる事なく、カタンッという大きな音を一つ立ててタイルの上に転がり落ちた。


「うっ…」


「…イヅル…?」


すっかり冷えてしまった躰、滑らかな頬を伝ったのは冷たい冷たい水ではなくほんのりと温もりを帯びた一筋の滴。
碧い瞳は遠の昔に歪んでいたが朱い瞳がそれを視界に捕らえた事が酷く悔しくて、唖然とした様子で伝い落ちた滴を見つめる隊長の頬を手の甲で思いっきり打った。


「女性の方が好きなのなら、わざわざ僕なんか抱かなければいいじゃないですかッ!ものに出来ない方なんていないくせにっ」


「…おるよ……一番好きな子ぉだけはどうしてもボクん事好いてくれんのやもん」


皮肉な言葉のひとつでも言ってやりたいのに感情のまま叫んでいたせいか、はたまた酷い嗚咽のせいか…声が詰まるようで上手く言葉が喋れない。


「好きや、言うても信じてくれへんし、どないに浮気しても本気で怒ってくれへん…ゆーて思っとった。せやけど、堪忍な…?」


「たい…ちょ?」


「こないに傷つけとったなんて知らんかったんよ…許してくれへん…?」


突然、抱き締められおさまった腕の中は幾度流そうとやはり嫌な臭いがし、更に冷水により熱を無くした其処は酷く冷たく居心地の良いものではなかったが今や押しのける気力も冷静さもなくなっていた僕はただその腕の中で情けない程に涙した。



「……嫌…です、嫌だッ…許しません。もう絶対、知らない女性とした後僕を抱かないって約束してくれないと…許しませんっ…」



「もうせぇへんよ。女の子も抱かん。セックスしたり、キスしたりするんはイヅルだけやから…」



「イヅルが誰より一番好きや」



「…愛しとる…」



ぽつり、ぽつり。
嗚咽を漏らしむせび泣く僕を宥めるように耳に囁かれる低く甘い言葉達。
仄かに香る女の匂いに紛れる、愛しい隊長の香りに僕は酷く安堵し、それに縋るように身を寄せその胸元に顔を埋めた。





嗚呼、きっと…貴方が想う以上に僕は…










――貴方依存症――

(どうか、僕だけの貴方でいて…)








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