ぽつり、ぽつり。
突然降り出した大粒の雨にイヅルは天を仰ぎ見る。先程、ほんの数分前まで晴れ渡っていた空はその表情を一転させ今はどんよりと灰色を纏っていた。
通り雨だろう、しかし…短時間とはいえ次第に強まる雨足にそのまま身を委ねる訳にもいかず少しでも雨を避けようと頭上に手を翳しつつ辺りを見渡せば丁度道の脇に生える大樹を見つけ雨宿りすべく駆け寄り其処に腰を降ろした。

いくら春とはいえまだ肌寒さの残る季節。
僅かに濡れた死覇装はひんやりとし、少しでも暖をとろうと身を縮こめる。

頬を伝う雫をサッと拭えば、くしゃり。
人通りも無く雨の音ばかり響く其処に小さく音を漏らした手中の紙袋。
急に仕事を投げ出し「干し柿が食べたい」などと駄々をこねだした上司の命令によりわざわざ自身の好みとはかけ離れた其れを買いに街まで出掛けた結果がこれだ。
(だから僕は干し柿なんて嫌いなんだ…)
降り止む様子のない空をぼんやり見上げ悪態を…小さく胸の内に吐く。


雨の中、独りきり。
じわりじわりと生まれる孤独感。


「――……隊長…」


ふと、無意識に。
唇から溢れ出た言葉に気付き苦笑が漏れる。
自分はいつからこんなにもあの人に縋りつくようになったのだろうか、と。

いつも、背を見つめ追っていた。
それは憧れであり、尊敬であり。
いくら追っても掴めぬ其れに、いつか自分もあぁ成れたらという想いを抱き付き従ってきた…。
そして、日々を共にするにつれその憧れの中にいつしか芽生えた小さな小さな感情。


降り続く水滴は帰還の足を邪魔し、孤独に揺れる心には次第に恋しさが募る。
座り込み抱えた膝に顔を埋め溜まった想いを吐き出すように深い溜め息を一つ漏らした瞬間……――












「――……イヅル、何しとるん」




「…へ…?」




不意に頭上から降りかかった、あまりにも聞き慣れ過ぎたその声に酷く間の抜けた声を漏らし見上げれば…傘をさし、此方を見下ろす銀色の姿…。


「…た、いちょう…?どうして此処に…?」

「干し柿がな、なかなか帰ってこぉへんから迎えに来たったんよ」


その存在を確かめるように立ち上がると手にしていたもう一本の傘を渡し「寒いなァ」などと漏らしながら隊舎へと踵を返して歩きだすギンに何時もならば迷わず後ろに付き従うイヅルは、しかしながら己のおかれた状況が理解出来ずその後ろ姿をポカンと見つめ立ち止まる。


「…どないしたん、早よせな置いてってまうよ?」


さらり、掛けられた言葉。
何故迎えに来てくれたのか、何故僕なんかを気に掛けてくれたのか、本当に干し柿の為だけなのか…訊きたい事は山積みで。

でも今の僕はそんな疑問以上にその事実が嬉し過ぎて。

「…あ…待って下さいッ」

降りしきる雨を凌ぎさした傘の下、柄にもなくにやけてしまった僕を待つ貴方にまた少し…恋しさが募った。






雨と僕と干し柿と
(追う背に向かって なけなしの勇気で小さく囁いた 愛してる、、、)







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