※デンジ・オーバがそれぞれジムリと四天王になって1年目くらいの頃。つまり原作より前の話
※奇妙にアニメ・スペ設定が入り乱れている







エレベーターが止まり、するりと扉が開くと、ゲンは展望フロアへ踏み込んだ。
円形のフロアに人影はほとんどない。さもありなん、平日の真っ昼間である。普通なら学校なり仕事なりと社会の一部として動いている。景観のほかに特に何があるわけでもない、灯台の展望フロアへ来たりするのは展望窓脇のベンチで死んだように眠る夜間作業員か、ゲンのような流れの旅人か、――社会の一部としての役目を放棄している者ぐらいである。

ゲンは歩を進めた。フロアの窓沿いにいくつか並ぶ望遠鏡、その中央の一つを、だらしなく片膝を曲げて覗いている一人の男が居た。

「…そこ、次借りても?」

背後から静かに声をかけると、眩しく輝く金髪がふさりと揺れた。

「他のとこが空いてるだろ?」

若い声。感情の起伏に乏しい――と言うより、思考するのが面倒だと言うような。

「真ん中のそこが良い。リーグが正面に見えるでしょう。」

ゲンがそう答えると、男はゆっくりと望遠鏡から身を離した。怠そうに踵を返すと、どうぞ、と言ってゲンの横をすり抜けようとし、

「ありがとう。デンジ君」

不意に名前を呼ばれて顔を上げた。


***


「――…あんた…?」
順番待ちの男の真横で立ち止まって、デンジが不審さを隠しもせず呟くのにその男は小さく微笑む。
「どうも初めまして。ナギサのジムリーダー。」
「……」
青い変な形の帽子に青いジャケット。金の首飾り。黒い髪、人形じみて端正なツラ。
デンジは考える。
名前を言い当てられたことは、驚くに値しない。派手な外見をしているし、目立つことは大いに自覚している。だから普段ならこんな赤の他人に呼び止められて立ち止まるようなことはないが、ナニカが引っかかるのだ。
止まった足を動かす気になれず、向かい合う男も動かない。
(さっさとリーグでも何でも見ろよ。)
己の行動の意図が解らない気分の悪さにいらいらとしながら思う。ファンというわけでも無さそうだし、ならばトレーナー――

「――あ」

デンジは思い出した。そうだ、喋り好きの親友からか、はたまた世話焼きの親友の上司からか、聞いたことがあった。青い帽子、青い服、不思議な印象の――

「鋼鉄島の波導使い。アンタか」

「いかにも。こんな遠い町でも知られているなんて光栄だ」

ゲンは軽く口の端をつり上げて肯定した。光栄だ、と言う言葉には、有り難がるような響きなど少しも込められていなくて、デンジも敢えて感じの悪い笑みを返した。

(厭な、感じだ)

直感でそう思い、デンジは真っ正面から相対した。
「その有名人さんがオレに何か用か?はるばるこんな処まで?」
「いいや。ナギサシティには寄っただけだ。これからリーグに出向くのでね」
ゲンも気持ち姿勢を楽にし、会話をする態勢をとる。何故かデンジには解らないが、その暗色の瞳は穏やかではなかった。
「いつもは空を飛んで行くのだけど、たまたま私の空を飛べる手持ちが留守にしていてね。コトブキ、ヨスガ、トバリとを抜けて来たんだ」
「それはそれは、長旅お疲れさん」
デンジが肩を竦めて労うと、本当にね、と微笑を浮かべる。一見邪気のないそれにしかし、依然デンジの心中は「油断ならん」とざわめく。
「それでね、問題はここからだ。222番道路を抜けようとしたところ――どうだい、ナギサシティで大規模な停電が起こっていて、誰も通れないというじゃないか」
「ああ…」
「おかげで三日間の逗留を余儀なくされた。」
デンジはわずかに顔を仰向け嘆息した。
――誰かに空飛べるポケモン借りろよ、友達いないの?
どんなにかそう言ってやりたくて、実際口を開きかけたが、ゲンは明るく言い募る。
「できるだけ人のポケモンを借りることはしたくないのだけど、仕方ないね。4日目に入っても復旧していなようだったから、馴染みのトレーナーに頼んだよ」
「ふうん…良かったな」
「よかった?」
ぴり、と、男が纏う雰囲気が毛羽立った気がした。真冬の乾燥した日に、レントラーの体毛に顔を埋めるような危機感。怒っているのか。
――心の狭い奴だなァ。
「あそこは海岸線沿いだからな、電気系統が甘いんだ。ちょっとしたことですぐ供給が止まる」
「町に立ち入れなくなる程の停電に?嵐でもないのに?奇異な話だ」
「そういうこともあるさ。」
「………」
デンジはこりこりと頭を掻きながら言う。――が、ゲンの今やかけらも笑っていない視線に晒されること暫し、おもむろに両手を挙げた。ハンドアップ、降参。
「悪い悪い。そうだ、オレがちょーっと、ジム弄ってたからな。人災だ。」
デンジがそう謝ると、ようやくゲンは若干気を解いた。
「知っているよ。町の人が皆言っているから」
「うん。公認だからな。言ってただろ?やるこたァロクでもないが、頼りになるジムリーダーだって」
「言ってたね。就任してまだ一年経たないけど、一度も挑戦者に負けたことがないんだって?」
「そんなことも聞いたのか?自慢していたのか?」
「自慢というか、ね」
ゲンはにこにこと笑ったままわざとらしく言葉を切った。
――うわ。
デンジはこれまでになく嫌な予感に、一歩退く。
「そう、その自慢の、ジムを観に行ったのだよ。町の人が、トレーナーなら是非にと案内してくれた」
「…そうか、留守にしてて悪かったな。……んで?」
ゲンは、離れた分距離を詰めた。静かな、静かな圧迫感。
――ンだよ、本題はこっちかよ…
口の中で小さく舌打ちした時、波導の男が口を開く。

「強いジムリーダー、それはいい。挑戦者にリーグの厳しさを知らしめるのも良い。…だが」


「半年間挑戦すら受けていないだって?――それはないだろう」


鋼鉄島のゲンは、何故か凄く怒っていた。
デンジは目を細めてその顔を見る。
(自分ほどではないが)美形、と言っていいだろうその顔は端正さをそのままに、怒りを孕んだ眼でひたと見据えてくる。もっと鬼の形相とか、激して顔を朱くするとか、そういう変化が在れば、デンジはそれがどんな強面だって鼻で笑っていなすことが出来る自信がある。あるが、

「ナギサシティのジムリーダー、君は一体何がしたいんだ?」

――こいつは、駄目だ。

デンジは、知らず握っていた手が汗ばんでいることに気が付いて、情けなさに今度は盛大な舌打ちしたい気分になった。ペースを持って行かれるのは、何にせよ腹が立つ。そしてこの己の苛立ちも現実逃避だ。クソ。

「町を護らず、リーグに通さず、ジムを放り出し、それは一体何のジムリーダーだ?」

「…あんたに何の関係があるんだ、流れ者」

一気に冷えた空気に相対する。

「私に直接の関係はない。ただ、私は責任感のない者が甚だしく嫌いだ」
「で?」
「更に言えば、私にはジムリーダーをしている友人が二人いる。二人とも、町の人の信頼に応え、いつでも全力で勤めを果たしている。とても立派だ」
「そうかい。特定すっぞ」
「ご自由に。爪の垢でも煎じて飲むと良い。本当に、君のような男を見ているとね、我慢ならないんだ」

デンジはゲンを睨み付けていた。ゲンから得体の知れない圧迫感のようなものを感じるのに、負けじと威嚇する。この時ベンチで寝ていた作業員がぱちりと眼を醒ました。フロア中央でにらみ合う二人の男を見て、関わるまいと腰も低く退室したが、この作業員にデンジは毛を逆立て威嚇する電気ポケモンのように映った。
ゲンは顔色一つ替えず、しかし吐く言葉は毒を孕む。

「はっきり言おう。君はジムリーダーとしての責務を何一つ果たしていない。果たす気もないのだろう。ただ諾々と、町の人の優しさに乗っかって、形骸的な信頼に甘えて、役目を全うした気になっている。」


向いていない。
辞めてしまえ。


氷のように冷たく、鋼のように硬い、ゲンの言葉が凶器となってデンジを襲った時、
デンジは――

キレた。


「言わせておけば好き放題…オレの気持ちが解るか?来るトレーナー来るトレーナー、全然話にならない。オレを熱くさせられない!!」

吐き捨てるように叫ぶ台詞は、広がる窓にびりりと響く。

「オレに勝てない奴をリーグになんざ行かせられるか、馬ッ鹿馬鹿しい!ジムリーダーってのはもっと、もっと強い奴らと渡り合えるものだと思っていた…!」


「そこからまず勘違いだ。より強い相手と戦いたいのであれば、それこそリーグに君臨するが早いだろうに」
激し猛り、肩で息をするデンジを見て、ゲンは冷めたようだった。呆れかあるいは諭すような口調で言う。
「それでも君がジムリーダーを選んだのは、この町に愛着があるから、だと思ったのだけど」
「…うるせえな……あんたに何が…」
「わかるさ。君は満足いくバトルが出来なくてストレスが溜まっている、それだけだ。」
ゲンがさらりと言った言葉に、デンジは目を見開いた。収まらない感情に頭を抱えたくなっているところ、突然己の胸の内を看過されたのだ。己自身ですら、そうと気付かなかったものを。
「骨のある挑戦者なんて来ない。ジムを開けるのも無駄だ。でも何かをしなくては。そう思ってのジム改装かい?ああ、そういった意味では、少しは責任感があったのかな。斜め下だけど。少々前言撤回しよう」
何にしろ、まるで子供の思考回路だ。

「…うっるせえって……」
本当に、なんなんだ、あんた。


「デンジ、私と一勝負しよう」


「あ……?」


デンジは顔を上げる。陽光を背にしたゲンは、帽子のつばの深い影の下で笑んでいる。

「私は強いよ。君のストレス解消に役立てるだろう」

「…何で…」

「さあ、時間がない。それとも不要というのなら私は行くがね。その場合は、延々とここで腐っているがいい」

ゲンはそう言い、すっ、と足を前に出し、横をすり抜けようとする。デンジは何か考える間もなく、その腕を握っていた。
日を受けた白い顔に、デンジは真っ直ぐ問いかける。


「――オレを熱くさせられるのか」



薄い唇が緩やかに弧を描いたのが、応えだった。



***



ナギサシティの、細い路地にすら余すことなく陽光の差し込む道を駆け、浜辺に向かう男がいる。

「デンジ!ここに居やがったか」
新人四天王オーバは楽しげな頭をわっさわっさと揺らし、見覚えのある金髪の横で停止した。
浜辺でぼんやりと立ち尽くすデンジを不可解に思いつつも、無気力なのは今に始まったことでないので構わず続ける。
「シルベの灯台にもジムにもいないからどこ行ったかと思ったぜ。なあお前、いつ…」

「良い天気だな…」

「はっ?」

突然。

話の流れもまるで気にせず親友が発した言葉に、間の抜けた声を漏らす。

「天気が良いって?そうだけど……それがなんだよ?」

聞いても反応はなし。ぼうっと地平線――いや、海の先に地平線は見えない、あるのはポケモンリーグだ――を眺め、レントラーがぐるりと脚に体を擦り付けている。
つまらん、とオーバが肩をすくめた、その時、
デンジが叫んだ。

「っし――!!」

「ああ!!?」
「オーバぁ!!ナギサジム復活するぞーー!!」
「なに!?何で!?いや、良いけど!!」
「今だ!今行く!お前はあっちこっち行って、ナギサジム挑戦者募集!いくらでも来い!ッて触れ回れ!!」
「ちょ――おま――急すぎるだろう!テンションの差がッ!!」



うるせえ、と親友に蹴りを入れるデンジは、はた迷惑なほどにすっきりした顔で笑った。




終わり。




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ゲンさんがこんなに怒るとは思わなかった!
こんな妙にさわやかなオチになるとは思わなかった!

スペの「こうてつ島のゲンっていえば「波導」とともに超有名だ。」のセリフと、アニメデンジの「いい天気だな…」→「帰ってくれ」の流れ、この二つのネタから膨らみました。デンジのこの流れはホント笑った…私と友人の間では鉄板ネタです。
あ、あとゲンさんって責任感ない人嫌いそう、っていう。アーロン様の最期があんなんだから、責任をまっとうしない人とかホント嫌なんじゃないかな…生理的に…そうだと萌えるな……


これたぶん、ゲンさんはシロナさんに依頼されたんじゃあないですかね。「彼ねー困るのよねーやっぱし働いてもらわないと」とか言って。「ねっ貴方ちょっと言ってやってくれない?お願いねっ」とかって。で、ゲンさんもまあリーグに行きがてらってんで寄ってみたら思いのほかクzいやいや腹立っちゃったもんで、熱が入ってしまったと。言うことです。
あとゲンさん、会話の間若干波導使ってますね。使ってる。

ゲンさんはちょう強いよ…たぶん本気出せばぜんぜんデンジくんとも互角にやりあえるよ!特にこの話なんかはね、デンジ君ぐったぐたですから。喝入れるのは訳なかったよ!ゲンさんカッコいい!!←結論


色々書きましたが、今後私が書くデンジくんとゲンさんの話がこの設定に準じているかというとそんなことはないとおもう。