彼の存在で記憶に輝ける島
彼の存在で記憶に輝ける島





「トゲチック、“マジカルリーフ”!」

高らかな少女の掛け声と、鋭利な葉が空を裂く音。続いてごごう、と太く低い叫び声。
地面に倒れ伏して、長い体をくねらせるイワークからバックステップで距離をとったプラチナは、もう一度傍らの相棒と目を合わせる。
「いいよ!とどめのォ――」
振り上げた手は、しかし背後から優しく掴まれ止まった。
「プラチナちゃん、彼はもう戦闘不能だ」
「!ゲンさん!」
プラチナがぱっと振り返るとそこには青い帽子に青いジャケットを身に着け、ルカリオを従えた男――ゲンが、すらりと立っていた。
「そこまでにしてあげなさい」
「はいっ。トゲチック、おつかれさま!」
プラチナは元気良く答えてトゲチックにボールを向ける。住み家に戻ったトゲチックは別れを告げるように小さな羽をぱたぱたと動かした。
それを見届けると、ゲンはいつも通りの穏やかさで問いかけた。
「さてプラチナちゃん。丸3日ここにいたようだけど、修行の成果はどうだい?」
「いい感じです!ちょうど、このイワーク倒したらもう行こうかと」
「そうか」
プラチナは頷き、離れた場所にまとめてあった上着やバッグを集めながら言う。
「ゲンさんには本当にいっぱいお世話になりました。ありがとうございます」
「いや、私は何も」
「いいえ!たまに様子を見に来て、その笑顔をくれたってことが何よりの励みで」
「そんな…」
照れたように帽子のつばを引き下げるのを見て、プラチナがにへへと笑った。
「いいなあゲンさん。かわいいなあ、癒されるなあ」
「まったく、…大人をからかうものではないよ」
「よく言われます」
苦言を呈するのにけろりと言い返すと、ゲンは今度こそ苦笑を浮かべた。後ろのルカリオは、呆れたように肩をすくめていた。


「この後はいよいよミオジムに挑むのかい?」
「もっちろんです!勝ちますよォ」
「君ならきっと大丈夫。ただ油断はしないよう気を付けたまえ」
「はい!絶対負けませんから!」
ゲンの力強い後押しに快活に応えたプラチナは、しかしふと顔を曇らせる。
「…ゲンさんも。気を付けてくださいね」
「?……」
少女の(これまであまり見られなかった)真剣な表情にゲンは一瞬眉をひそめたが、それが3日前のギンガ団騒動を懸念したものだと察し、こちらも顔を引き締めた。
「ああ。解っているよ。…まあもう、何もないだろうけど」
「それはどうでしょう?あいつら本当におかしいんです。イカレてますよ」
「プラチナ、ちゃん」
「私、ギンガ団のボスに会ったんです。カンナギタウンで」
「!」
予期しなかった言葉に、ゲンはわずかに目を見開いた。プラチナは険しい表情を崩さず、吐き捨てるように続ける。
「なんか、世界が不完全だとか、世界を変えるとか、ぶつぶつ言って、私がそんなのおかしくない?って言ったら勝負仕掛けてきて」
「そんなことがあったのか?危ないことを…!」
「平気です、勝ちました!弱かったもん」
少し厳しい声音で割り込むと、さらに意固地な口調でプラチナが返す。
「それは…」
「わかってます。手を抜かれてたって言いたいんですよね?わかってます」
我知らずプラチナは唇をかんでいた。カンナギの遺跡で対峙したあの男。わけのわからないことをのたまい、自分のポケモンが傷つき倒れたことにも眉一つ動かさず、ひたすらに温度のない眼で見据えてきたあの男。
「…とにかく、マトモじゃない。ゲンさん、もしまた鋼鉄島に奴らが現れたら――ううん、ゲンさんの身に何かあったら、絶対に私を呼んでくださいね!」
「え、えぇ?」
突然、がしっと両手を握りしめて、高い身長差を背伸びと上目で補った少女がそう叫んだので、ゲンは思わず一歩下がってしまった。二人は気が付いていなかったが、ルカリオはこの時ぽかんと口を開けて目を丸くした。
「君を?」
「わたしを!私強いです、飛んできてゲンさんを守りますから!」
少なくとも一回りは年下の少女に、食って掛かるような勢いでそう断言されたゲンはもはや立場がない。ないが、ゲンはこっくりと頷いた。
「…じゃあその時、は、お願いしようかな」
「よしっ!!任せてください!」
えーと、まずジムを制覇してー、ギンガ団壊滅させてー、チャンピオンになってー、うん、強くなる理由には事欠かないって感じですね!
指を折り折りそう言ったプラチナは、顔を上げてゲンの何とも言えない表情を認め、
「…なんですかその顔」
と眉尻を下げる。
「いや…君といい先に来たジュン君といい、若者は元気で良いなと思って。眩しいくらいだ」
「いやだ、ゲンさんだって全然若いじゃないですか!そうだジュンのやつ、また先回りしてるんだろうな。ねえゲンさん、私ジュンより強いですよね?」
ご冗談を、というふうに笑いながらぺんとゲンの胸を叩いたプラチナが、若さ独特の発想転換で質問すると、ふたりの臨時師匠は小さく頷いた。
「そうだね。ここに来た時はジュン君よりすこしだけ強いくらいだったけど、今ではずいぶん差が付いたんじゃないかな」
「ゲンさんまで"すこしだけ"って…」
返された言葉が期待に添えなかったのか一度がくりと肩を落とすが、ぱっと明るく、「でも!でもでも!この3日間の差は大きいですよ!」と言うと、「あっちも大きく成長しているさ」との言葉に再び肩を落とした。


「そうだ、ゲンさん聞きたいんですけど」
「?」
「これ。きれいだったから拾ったんですけど、何かに使えるんでしょうか?」
ふと、思いついたように言ったプラチナは、コートのポケットを探って何かを取り出した。ゲンが覗き込むとその手のひらには、内から輝くように光を放つ石が乗せられていた。
「ああ、いいものを見つけたね」
「え!売れますか!?」
その即物的な物言いに苦笑し、首を振る。
「売るなんてもったいないことだ。これは"ひかりのいし"と言って、特定のポケモンを進化させる力がある。――君のトゲチックもそうだよ」
「……!!」
プラチナは叫びだしそうに口を開け、一瞬でゲンの顔、ひかりのいし、そしてトゲチックの入ったモンスターボールへと目を走らせた。暫くの無言の後、わー…、と小さく言う。
「私、全然知らなかった。トゲチック、あんたまだ進化するんだって。もっとかわいくなるの?…かっこよくなるのかな?」
「タイミングは君の自由だ。よく考えると良い」
「はーい…」
少女の表情はまだ見ぬ仲間の姿への期待で歌いだしそうに楽しげだ。ゲンはポケモントレーナーがポケモントレーナーにしか味わえないそういった感情をかみしめる表情が好きで、心が温かく灯るのを感じた。



「じゃあ、私行きます。本当にお世話になりました」
「こちらこそ。どうか元気で。ポケモンと、タマゴを大切に」
別れの波止場でぴしっと立って敬礼するプラチナに、ゲンも穏やかに返す。プラチナはにっと笑って頷いた。船乗りが「もう出すよ!」と声をかけるので、行きなさいと促す。
ゲンとルカリオが軽く手を振って見送ると、船上でマフラーをなびかせた少女が叫んだ。

「次会った時は、私チャンピオンですからー!!」

どんな少年少女も一度は言うであろうそんな言葉は、彼女が言うとどうにも無視できない真実味を帯びていて、

「期待しているよ!」

ゲンは柄にもなく、船に向かって叫んだのだった。



おわり





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ミオシティに入ってバトルしたライバル君が、「あいかわらずおれよりすこしだけつよいな!」って言ってたのがなんかかわいくて思いついたネタ。
途中のギンガ団絡みはノリでねじ込みましたが、書きながら一人でマジになってしまった。10やそこらの少女がさ、湖爆発とかさ、鎖でつなぎとめられたポケモンとかさ、ましてや宇宙がうんぬんやぶれた世界がうんぬんというどう見ても人間の及ぶところではない体験をするのはかなり厳しいと思うよ、強く生きてほしいね。っていうね。

♀主はなるべく当たり障りのない性格にしました。いや頼もしいか?
なんにせよゲンさんのもとで修行してえええええ








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