小説置き場 | ナノ
「白蘭さん」

「ん?」


  名前を呼ぶと反応を返してくれる彼、白髪に紫色の瞳を持つ三白眼の青年は不思議そうにこちらを見たまま微笑んだ。病室の冷たい床に足をつけるとそのまま白い彼、白蘭さんに近付きその前にしゃがみ込む。


「こんなに毎日来なくても大丈夫だよ…仕事も大変だろうし」

「うん、でも僕が来たいだけだから」


  大学時代の知り合いである白蘭さんとはあまり接点がなかった気がする、留学生の入江正一と一緒にいつも話してばかりで話したのは2、3回だろうか。しかし自分がある病気にかかると知ると一番にここに来てくれた、白蘭さんは自分を哀れんでる瞳では見てこなかった。他の友達は哀れみ、同情、そんな瞳で見てくるのに彼だけはまるで「良かったね」と言うように笑いかけてくれる。
  それを他の友達は冷たいと言った、けれども私にはとてもそうは思えずただ自分に構う理由が知りたい、それだけだ。


「わからない」

「うん?」

「私、あなたが私に構う理由がわからない…だってあなたと私は──」


  唇にマシュマロを当てられ言うのを止められる、溜め息を漏らして仕方なく引き下がる。そのまま白蘭さんの隣に座ると彼がこの病室でどんな景色を、どんな私を見ていたのかわかる気がした。私は病気だ、それも治療が出来ない病気。
  私が病気になってからは友達も家族も毎日来てくれるようになった、だけどどこか物足りないそれは私の欲を納める事が出来ないでいる。そんな矢先、彼は時々顔を出しいつしか毎日来るようになった、彼は私を変な目で見る事もなく友情を取り繕うとする訳でもなくただ私に訳のわからない話を聞かせに来たのだ。


「マシマロ、食べないの?」

「ああ…そうじゃなくて! しかもマシマロじゃなくてマシュマロだよね」

「そうだったけ? マシマロじゃなかった?」

「そうに決まって…あれ? どうだっけ? ……マシマロ、でいっか」

「うんうん」


  マシュマロ…じゃなくてマシマロをフニフニと潰して戻すを繰り返す白蘭さん、そんな白蘭さんを観察しながら大学時代にはなかったそのタトゥーを見つめる。ああ、うん…大学の時もてたのがわかった気がする、でも入江正一とべったりだったからそっちかもと思ってたんだよね。
  ……わからないや、これじゃあまるで好きみたい。いつもこうしていられたら幸せ? どうして先に進みたくて仕方ないんだろう、近くて遠くて…嫌な距離感。だけど白蘭さんはきっとそれを知ってこうしてる、私を焦らしてる。


「あのさ…」

「何、どうしたの?」

「……何でもない、ただ眠いから寝ても良いって聞きたいだけ」


  私は無理矢理そう取り繕って白蘭さんの肩に頭を預ける、白蘭さんがいいよと言ったのを聞くと私はそっと瞳を閉じた。いつもは目を閉じると真っ暗なのに今日は違う、視界が全て白で彩られている。わからない、私は…白蘭さんは、私は、白蘭は、私は、白蘭様は──

ワ ス レ テ シ マ ッ タ ノ ?


「っ…!」


  嫌な感覚に襲われ目を開くとそこには少しだけ吃驚したように目を見開いた“白蘭”がいた。何もせずただ溢れ出てくる汗を拭うと白蘭が手を引っ張り額に唇を落としてくれる。──ああ、そうか…私は白蘭の彼女だ。だから毎日来てくれるのも当たり前……


「私、どれくらい寝てた?」

「30分くらいかな」

「そう…」


  そっけなく返す、だけど白蘭はそんな事で怒ったり愛想をつかしたりしない。冷めた関係、と言われればそうなのかもしれない、互いが温もりを欲しい時だけ互いを求めあい、そして互いの嫌な所には踏み込まない関係。


「あのさ…」

「何、どうしたの?」


  頭の中で何かが交差する、これがデジャヴ? だけどそれはまるで何かを思い出したくないと言うように私の頭を締め付けた。一瞬顔を顰めた私に白蘭は不思議そうな表情を見せた、だけどそれもすぐに消え去り私の頭に触れる。


「時間、もうないね」

「…うん」

「あーあ、まだやりたい事あったのに」

「どうせ下らない事でしょ」


  そう言われて思わず「あんたより下らなくない」と返してしまう、だけど白蘭は笑顔のまま。その笑顔、嫌いだ。何かわからないその笑顔…読めない、だけど白蘭は私の前では常にその笑顔だ。
  白蘭の真っ白な服に顔を埋めると微かに血の匂いがした気がした、だけど気がしただけで私は何も聞こうとはしない。今更知ったってしょうがないもの……


「さようなら」

「うん、バイバイ」


  まるでまた明日と言うように言葉を返す彼、そして私は白い世界に別れを告げた──

















「──ちゃん、起きて」

「ん…」


  ああ、誰だろう? 白い髪に三白眼の瞳は私を貫く、私? ああ、私…おはよう私、そしてあなたは誰?


「誰?」

「白蘭」

「知らない」

「うん」


  残酷なくらいに繰り返す、私が死ぬまで、彼が死ぬまで、あるいは私が記憶を取り戻すまで、それまたあるいは彼が私を見捨てるまで繰り返す永遠的ループ。

白い世界に別れを告げた

10/02/23 病躯提出

- ナノ -