小説置き場 | ナノ
  自分の後輩はなかなかに電波だと思う。

「今日は何してるん?」

「空に風船を浮かべてるんですよー」

「意味はあるん?」

「さあ?」

  屋上で出会った電波ちゃん、別名不思議ちゃん。1つ年下で財前と同じクラス、しかし財前は不思議ちゃんの事が苦手らしい。以前一緒に居た時不思議ちゃんが近づいてきた時財前は苦い顔をし適当に理由をつけて逃げてしまった。

「エックシー先輩は本当はあんまり私と話したくないんじゃないかって思う時があるんですー」

「……そのエックシー先輩呼び止めてくれ言うとるやん」

  ちょっと焦る。正直自分もあんまりこの子と関わりたくない、関わったあとの疲労感が半端じゃないからだ。それでも関わってしまう理由は自分も知らない。

「エックシー先輩私の事好き、とかだったりして!」

「あるわけないやん」

  何アホな事を言うとるん、と彼女が膨らませていた風船を取り上げて空に浮かべた。それだけで彼女は泣きたそうに瞳を潤ませる。どうやら自分で浮かべたかったらしい。

「むぅー、私の風船ー」

「パンツ見えるで」

「むーらむーらします?」

「し、ま、せ、ん」

  なんちゅう面倒な子や、そう思い頭を掻いていると不意に顔を覗き込まれた。先程泣きかけたせいか涙が溜まっていてそれが陽に当てられてキラキラ光って綺麗だ。

「私知ってますよ、エックシー先輩の事」

「俺の何を知っとるんや?」

「ほっとけないの!」

  そういう無邪気な笑顔とか、素直に自分を出せるとことか、夢に見るくらい不思議ちゃんなとことか

「エックシー先輩は、誰かをほっとけないんです! 山嵐ちゃんとかピアス君とかスピード先輩とか、エックシー先輩は優しいからつい構っちゃうんですよ」

  そうやって何気なく核心を突くとことか、自分に向けてくれる笑顔とか、自分を見掛けたら抱きついてくる用心の無さとか

「だから、エックシー先輩に関わる人は幸せなんです」

  そうやって、俺を懐柔していくとことか

「ほんま、電波ちゃんやなぁ」

「…?」

  俺がどんな奴か知らずに、そんな風に無防備にして、男の子に襲われても知らんで?

「あ、チャイム…」

「ほな戻ろか?」

  話題を反らし逃げるように屋上の扉を開いた。彼女はそれに不満そうで上靴を踏まれる、地味に痛い。

「エックシー先輩のアホ毛!」

「意味わからへん」

  何でアホ毛なん? そう思っても声をかける暇なく彼女は階段降りてしまった。しばらくして教師の「廊下を走るんやない!」という声がして思わず身体全体で溜め息を漏らした。




  不思議ちゃんと初めて会ったのは1人で練習に打ち込んでいた時だった。彼女は、そう…テニスコートのベンチで寝ていて吃驚した記憶がある。
どうしてこんな所に、とか不健康だとか思ったが結局練習に集中する事にしたのだ。

『……ーっ』

『ふっ、はぁ!』

  無心のままサーブを打ち続けていく、テニスボールが自分の足元に転がって靴の爪先に当たった。汗だくになった自分の身体、だがそんな事気付かないくらいにテニスに夢中になっている自分がいる。

『んんーっ、エクスタシー!』

『エック……シー…?』

  聞こえてきたのは女の子の声、さっきの子だろう。振り向くと乱れた髪が猫の耳っぽくて第一印象は可愛らしい女の子だと思った。第一印象は。

『ふぁ…』

『ここで何しとるん?』

『今日は朝が気持ち良かったので…朝に外でお昼寝ですー…』

『(朝にお昼寝…?)』

  この時から既に電波ちゃんは電波ちゃんだったような気がする。うんと伸びをしたあと彼女は自分の足元に転がってきたテニスボールを広いあげた。

『………』

『テニスに興味あるん?』

『テニスボールっておにぎりになるんですか…?』

『……俺の経験上おにぎりにはならへんなぁ』

  第二の印象はちょっと変な子。でもまだ寝惚けてるからだろうくらいにしか思っていなかった。

『白石、おはようさん』

『おはようっす、部長』

『おお、謙也、財前、おはようさん』

『……げ、電波女…』

  彼女を見た瞬間苦虫を噛み潰したような表情を見せた財前。白石と謙也はそれに首を傾げたが彼女はただテニスボールを見つめている。

『知り合いなん?』

『同じクラスですわ、筋金入りの電波で毎日へらへらへらへら…』

『って、あの子おれへんで!?』

  謙也がそう声を上げる。白石と財前も彼女がいない事に気付き辺りを見渡した。

『おった』

『どこや?』

『木の上や、謙也さん』

  何故にいきなり木の上…。そう思うも彼女に問い掛ける事は出来ない、彼女の、いや電波ちゃんの一連の行動には驚かされた。

『おりてこんと危ないで?』

『うっきー!』

  殴りたい、白石は生まれて初めて女の子相手にそう思ったのだった。




「ー…ぃ、エッ……ク…シー、せん…ぱ……い」

「っ…」

「エックシー先輩!!」

  大きな声、耳にキーンと響いて──

「殺す気なん…?」

「生き返らせたんですよー」

「そういう意味やなくて」

  驚いて飛び起きるとそこは保健室だった、そう言えば眠たくなったから貸してもらっていたんだっけと思い返す。金ちゃんならともかく授業一回休んだくらいで成績は下がらないはず。

「で、どないしたん」

「エックシー先輩に会いに来たんですよー」

「それだけ?」

「それだけ」

  この笑顔を見てると何故か安堵出来た。また夢に出てきてくれそうだし、何よりこんなに距離が近いのだから。

「(温もりだけやない、この笑顔とかその素直なとことか、距離とか、どんどん欲しくなるんや)」

  案外細い腕を掴むとそっと抱き締めた。シーツの匂いと、薬品の匂いと、甘い匂い。甘い匂いは彼女のお菓子だろうか。

「エックシー先輩は欲張りですー、欲求不満?」

「ちゃう」

  「エックシー先輩」彼女が他人につける奇妙な呼び名。でもそれを訂正させるつもりなんてない、面倒だし何よりその呼び方は意外と気に入っているのだから。

「一緒に居ったら俺も電波やら何やら呼ばれるんか?」

「呼ばれてみて下さい」

「それは俺のプライドが許さへん、俺は電波やないから」

  暗に彼女が電波ちゃんと認めてしまった気がするけど。お菓子の甘い匂いに酔ってきてるのかまた眠気が襲ってきた。

「って、こっちは既に寝とるし」

  今更何を言ってもしょうがない、白石も自分の意識を沈めようと目を閉じた。もちろん彼女は離さない。

「“  ”…きや…で」

  素直じゃない一言。でも眠る電波ちゃんの口元を緩んだのを見た気がした。それを最後に白石の意識は閉じた。
好きになるつもりも構うつもりもなかった、でも構ってしまいたくなってしまったし好きになってしまったから。

一緒にいると疲れるし意味がわからないけど──欲張りで欲求不満な自分には、この疲れが堪らなかった。



不思議ちゃん到来
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