小説置き場 | ナノ
「せーちゃん! 起きて!」

  幼くて、可愛らしいと感じれるような声が彼を呼ぶ。人の重みと目に眩しい光を感じてそっと目を開くと母親の親友の娘だと言う少女が自分の上で暴れていた。地味に痛い。

「おはよ!」

「おはよう、今日も元気だね」

「うん!」

  満面の笑みを見せてくれる彼女の頭を撫でてやる、こういうのは妹の対応で馴れていた。幸村がベッドから降りると次いで彼女もベッドから降りる。
幸村が着替える間は大人しく待ち、リビングに向かうと着いていく、その姿は宛ら犬のようだ。

「せーちゃん、せーちゃん、せーちゃん今日嬉しそうだね!」

「そうかな」

「うん!」

  それはそうだろう、今日は幸村の誕生日なのだから。家族と祝うのも良いが今年は真田達テニス部が祝ってくれるらしい。

「せーちゃん、もしかしてどこか行っちゃうの?」

「嫌?」

「いや、行かないで! せーちゃんいないとつまんない!」

  いやー! と叫ぶ少女に苦笑してしまう幸村。最初は警戒してばかりだったのに今はこうして傍にいてくれる、一緒に居るのが楽しくてしょうがない。

「おいで、だっこしてあげるから」

「うん!」

  ギュッと抱きつかれ嬉しい気分になる自分は少し危ない人間なのではないか、そう思えてくる。でも「せーちゃん!」と語りかけてくる彼女を見てると穏やかな気持ちになるのはたしかだ。

「精市、真田君達来たわよ」

「今行くよ母さん」

  彼女を降ろして玄関に向かうとそこには相変わらず騒がしい面々が立っていた。

「おはよーございます! 幸村部長!」

「赤也! 声がでかいぞ!」

「今日はでっけーケーキ作ってやるから楽しみにしてろよ、幸村君」

「半分は食う気でいるだろ、お前」

  真田に叱られて肩を竦めている赤也、それに対応に困っている柳生、呆れているジャッカルや丸井達を静観している柳。詐欺師はもちろん好例の一言。

「プリッ」

  見ていて飽きないメンバーについクスクスと笑ってしまう幸村。しかし背後からトテトテと歩く音が聞こえ振り向いた。レギュラー達もそれに気づいたのか騒ぐのを止める。
そこには案の定瞳に涙を溜めて泣き出しそうになっている彼女がいた。

「せーちゃん…取っちゃやだぁ…!」

「どうやら俺ら悪者みたいじゃのう」

  幸村に泣きつきながらもその背中に隠れる少女に幸村以外は困惑気味だ。幸村は名前の頭を撫でながら苦笑いを見せている。

「む、泣かせてしまったか…」

「妹…じゃないっすよ、ね?」

「母さんの親友の娘さんだよ、ほら泣き止んで挨拶して」

  幸村にそう言われひくっと嗚咽を漏らしながら真田達を見る。ゆらゆらと揺れる瞳が不安げで今にも再び泣き出してしまいそうだ。

「はじめまして」

「初めまして、精市と仲良くやっているようだな」

「うん! せーちゃんはね! 世界でいっちばんかっこいいの!」

  幼い子供の、幼く幼稚な言葉。それでも彼女のストレートな気持ちに幸村は徐々に頬を赤く染めていく。

「ほぉ、これはおもろい展開じゃのう」

「何が面白いのだ、仁王」

「察しろ、弦一郎」

  柳にそう言われるもむ?と意味がわかってなさそうな真田。幸村にはもちろんそんな一連の会話は聞こえていたがそれに厳しく言葉を発する事もできないでいる。

「と、とにかく…部屋に戻って」

「やだぁ、せーちゃんと一緒がいいもん!」

  我が儘を言う彼女に呆れてしまう。だが心臓は激しく脈打ち続けまともに顔を見れないし今はどうしてもこの顔の熱を冷ましたい。

「せーちゃん…」

「どうしても駄目、上に戻って」

「っ、せーちゃんのばかぁ!!」

  幸村に強く言われついには泣き出してしまう。駆け出してしまった彼女に手を伸ばしかけるがすぐに手を引っ込めた。

「幸村」

「大丈夫だよ、後で慰めに行くから」

  始まりは微妙だったがとにかく盛り上げようとする赤也達に釣られ笑ってしまう。
彼女の事を多少気にかけてはいたものの結局謝る事が出来ず時間だけが経っていった。













「ねぇ、丸井、このあまったケーキもらって良いかな?」

「いつもなら譲れねーけど今日は幸村君の誕生日だから特別って事で」

「でも部長、そんなに食べるんすか? 珍しいっすね」

「いや、俺の分じゃなくて彼女の分」

  きょとんとする赤也にそう言うと椅子から立ち上がった。真田や柳に後を託し階段を上っていく。

「起きてる?」

  一応ノックしてみたが反応はない、これは寝てるのだと推測し部屋入るとベッドの上で丸まりすやすやと寝ている姿が目に映る。
何と言うか、本当にわかりやすい子だ。

「ん…せ、ちゃ……」

「ケーキ、食べる? ああ、目は擦っちゃ駄目」

「うん…」

  どうやらまだ寝惚けているようで目はほとんど開いていない。フォークでケーキを切り分け口元に運ぶとペロリと食べてしまう。

「美味しい?」

「うん…」

  全て食べ終えた彼女は目を擦りながら幸村にくっついた。それに微笑みそっと頭を撫でてやると気持ち良さそうに身体を動かす。

「せーちゃん、せーちゃん」

「どうしたの?」

「私ね、あの人達よりせーちゃんの事好きだよ。大好き」

「うん」

「せーちゃんの良いとこ沢山知ってるもん」

  彼女の声だけが響く。シャンプーの匂いと風から春の匂いが少しだけ香る。

「せーちゃんは優しいし、強いし、かっこいいし、それからそれから」

「………」

「せーちゃんは私のお婿さんになるんだよ」

  満面の笑みが心を揺らす。それはまるで春のようで、また頬が熱くなるのがわかった。

「…俺も、良いとこ沢山知ってるよ。我が儘だし、可愛いし、明るくて、良い子だし、それからそれから」

「せーちゃん?」

「俺のお嫁さんになる事」

  チュッと軽いリップ音が響いた。それは、幸村から? それとも──

それからそれから。


神の掌で煌めいて様へ提出

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