小説置き場 | ナノ
「わかちゃん、わかちゃん!」

「そんなに何回も呼ばなくても聞こえてる」

「だったら無視しないでよー!」

  本当に煩い奴だ。帰るだけなのに何でこんなに煩く騒ぐ。年下だからと思っていつまでも優しくしてもらえると思うなよ。そんな事を考えながら引っ付いてくる顔見知りの手を振り払えない俺。
だってこいつは──

「わかちゃんわかちゃん、今日何の日か知ってるー!?」

「っ、痛いだろ! 落ち着け!」

  強く引っ張られ痛む俺の腕、そう…こいつは俺の道場に通ってる謂わば兄弟弟子。そのせいかこいつの力はその背と矮躯に限らず物凄く強い、男3人を軽く吹き飛ばせるくらいに。

「…っ、で、今日が何だって?」

「わかちゃんってば鈍ちんねー」

「………」

「いだいいだい、ごめんなさいってばー…」

「ふん」

  引っ張られて赤くなった頬を擦りながらムスッとした表情を見せる、そんな表情が面白くてつい笑うと今度はきょとんとしたあいつ。

「わかちゃんは、何か欲しいものある?」

「別に、お前から貰えるものなんてない」

「すぐそういう事言う」

  「わかちゃんってば本当に意地悪」そう拗ねたように呟いて身体を伸ばす。……そう言えば中学生になってから変わったな、昔から一緒だったせいかあまり感じなかったが。
何と言ったら良いのかわからないが、可愛くなった?

「…っ(何を考えてるんだ俺は…)」

「日吉やないの、何してんねん」

「忍足先輩」

「何や、女の子連れとるんか」

  また面倒なタイプの先輩が現れた、忍足先輩は暢気に挨拶するあいつの頭を撫でていた。それに何故だか苛ついて忍足先輩の手を払うと眼鏡の奥の瞳が笑う。

「日吉は意外と嫉妬深いんやな」

「忍足先輩こそ随分と初対面の女子に対して馴れ馴れしいんですね」

「ほんま口が減らんな…」

  肩を竦める忍足先輩に意味がわからないと言う表情を見せて俺の制服の袖を引っ張るこいつ。何だか頭が痛くなり思わず頭を抑える。

「わかちゃん気分悪いの? 吐くの?」

「……お前、ホント空気読めないな」

  何で吐くんだ。呆れてものが言えなくなると忍足先輩が喉で笑っているのに気付いた。必ず下剋上してやる。

「ほなな、わかちゃんにお嬢ちゃん」

「………」

「先輩ばいばーい!」

  手を振るな、明日からしつこく構ってくるぞ。歩き出した俺を追い掛けてくるあいつはどこか嬉しそうで俺はますます意味がわからなくなってきた。
それからしばらくして俺の家、の道場についた。今日は休みだったが何故今日が休みかは聞いていない。

「誰もいないね」

「当たり前だろ、休みだ」

「わかってますー」

  べー、と舌を出して靴を脱ぎ道場に上がり込む。何故か機嫌が一気に悪くなった気がするが、元々こいつはこんなんだ。

「おい、久しぶりに手合わせでもするか」

「…うん……うん!」

  そう言ったらこいつは機嫌を良くする、単純な奴だ。取り敢えず着替えてこようと踵を返そうとする、しかしあいつの手が俺の制服の襟を掴む。

「なっ」

  声を上げようとした俺の唇と重なったのは柔らかい、あいつの唇──?

「っ、なっ、お前、な、んで!」

「わかちゃんの鈍ちん」

「キ、キス…する事の意味がわかってるのか?」

「わかってるもん!」

  だったら何でキスしたんだ、さっきの衝撃で膝の上に倒れ込んだこいつに俺がそう言うと瞳に涙を溜め強く抱きついてきた。

「知ってる! わかちゃんはわかってない! 私わかちゃんが好きなの! いつもわかちゃんの部活が終わるまで待って、わかちゃんに甘えて、わかちゃんにだけ私を見てもらいたいの!
今日だって! 今日だって……わかちゃん誕生日だから、何かしてあげたいのに……」

  何だ、今日はお菓子を持ってきてくれたり迎えに来てくれたり、そういう事だったのか。最初から言えば良いのに、本当に──

「馬鹿」

「わかちゃん…?」

「本当に馬鹿だな、お前」

  暖かい、こいつの身体。涙に濡れた目尻を拭って今度は俺からキスをした。こんなに優しくするのは今日だけだ。

「えへへ、わかちゃん誕生日おめでと!」

「遅い、12時ちょうどに言え」

「わかちゃんの意地悪、夜電話すると怒るくせに」

「静かにしてろ」

  さっきよりもっと強く抱き締めてやると嬉しそうに俺の背に腕を回す。だが俺は大事な事を忘れていた。

「わかちゃん、大好き!」

「っー…! 力、弱めろ! 死ぬだろ!」

  なんだかんだで、俺はきっとこいつの事が好きだ。小さな頃から一緒に居たせいで凍った恋心もきっとこの想いで熔けていくから──

愛してるより先に

君に言魂、若に愛様に提出

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